NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「再び激化 イラン核合意をめぐる攻防」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■アメリカのトランプ大統領がやり玉に挙げる「イラン核合意」をめぐって、関係国の対立が激しさを増しています。先週始まった国連総会でも、首脳どうしの激しいやりとりが交わされました。11月のアメリカ大統領選挙を前に、事態が一気に緊迫化する恐れもはらんでいます。対立の背景と関係国の思惑を考えます。

j200929_1.jpg

■解説のポイントは、▼イランに対する制裁強化に躍起になるトランプ政権。▼イランのロウハニ政権の思惑と戦略。▼アメリカ大統領選挙を前に懸念されること。以上3点です。

■最初のポイントから見てゆきます。

j200929_2.jpg

「イラン核合意」は、5年前の2015年、核開発を進めるイランと、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国の主要6か国との間で結ばれました。イランが、ウラン濃縮活動など核開発を大幅に制限する代わりに、主要国が、イランに対する制裁を段階的に解除する内容です。国連安保理決議のお墨付きも得た国際合意ですが、トランプ政権は、「オバマ前政権が結んだ史上最悪の合意だ」とこき下ろし、2年前、核合意から一方的に離脱し、各国にイラン産原油の取引を禁止するなどの厳しい経済制裁を科してきました。これに対し、イランは、去年以降、核合意で定められた義務を一部守らない対抗措置を段階的に打ち出し、ウランの濃縮度や貯蔵量を制限以上に引き上げています。さらに、去年5月以降、イランとアメリカとの間で軍事的緊張も続いてきました。

▼トランプ政権は、イランに対する制裁強化策を、矢継ぎ早に出しています。

j200929_3.jpg

先月(8月14日)、国連安全保障理事会に、イランに対する武器の禁輸措置を延長するよう求める決議案を提出しました。しかしながら、採決では、理事国15か国のうち、賛成は、アメリカと中米のドミニカの2か国だけで、否決となりました。

j200929_4.jpg

「イラン核合意」は、その発効から5年後の来月(10月)18日に、イランに対する武器の禁輸措置を解除すると定めており、トランプ政権は、これを何としても阻止する構えです。イランが、ロシアや中国などから最新鋭の武器を購入することや、影響下にある中東各国の武装組織に武器を与えるのを防ぎたいと考えているのです。

j200929_5.jpg

▼国連安保理決議が否決されたことを受けて、トランプ政権は、核合意の規定を利用して、イランに対する武器の禁輸を含む全ての国連制裁を復活させようとしましたが、これも失敗に終わりました。この規定は、核合意の参加国が、イランが「重大な違反」を侵したと判断した場合、国連安保理に申し立てを行い、核合意によって解除された国連制裁を復活させることができるというものです。しかし、ほとんどの理事国が、「核合意から離脱したアメリカには、申し立てる権限はない」として、これを却下したのです。

j200929_6.jpg

▼このように、国連安保理で孤立したトランプ政権は、なりふり構わず、アメリカ単独でも、対イラン制裁を強化する姿勢です。今月19日、ポンペイオ国務長官が、「イランに対するすべての国連制裁が復活した」と一方的に宣言しました。そして、すべての国連加盟国に対し、核合意の成立前に存在していた国連制裁を再開し、守るよう要求したのです。

▼2日後の21日には、トランプ大統領が大統領令に署名し、今後、イランとの武器の取引や供給、輸送に関わった国や企業、個人に対し、厳しい制裁を科す方針を、内外に示しました。そして、イランの国防軍需省や、イランと関係を深める南米のベネズエラのマドゥーロ大統領など、合わせて27の団体と個人を制裁の対象に指定しました。

■トランプ政権はなぜ、イランに対する制裁強化にこれほど躍起になるのでしょうか。

j200929_7.jpg

トランプ大統領は、41年前のイラン革命とアメリカ大使館占拠事件以降、国民の多くが抱く反イラン感情やイラン脅威論に訴えることで、4年前の大統領選挙に勝利しました。コロナ禍で苦戦する今回の選挙でも、支持基盤である保守層の票を固めようと、イランに対する強硬策を次々と打ち出していると見られます。就任以来、一貫して強硬な姿勢で臨んできましたが、最大限の制裁圧力をかけ続けることで、イラン側を交渉のテーブルに引きずり出し、現在の核合意よりも厳しい内容の「新たな合意」をのませることを目指しています。具体的には、イランによるウラン濃縮活動を完全に停止させ、弾道ミサイルの開発も停止させることなどを盛り込みたい考えです。
トランプ大統領は、22日の国連総会でのビデオ演説でも、「アメリカは、あのひどいイラン核合意から離脱し、世界一のテロ支援国家に壊滅的な制裁を科した」と自らの支持者を意識した発言をしています。

■これに対するイランのロウハニ政権の思惑と戦略です。

j200929_8.jpg

ロウハニ大統領は、同じ日に行われた国連総会のビデオ演説で、「アメリカは、イランに交渉を強要することも、戦争を仕掛けることもできない。イランは、アメリカの選挙のための道具ではない」と述べ、いかなる圧力にも屈しない姿勢を強調しました。

ロウハニ政権は、11月のアメリカ大統領選挙で、トランプ氏が敗れ、核合意に復帰する考えを示している民主党のバイデン前副大統領が勝利することを、強く願っています。政権交代後、できるだけ速やかに、アメリカが核合意に復帰し、制裁を全面解除してもらうことを期待しているのです。このため、今はひたすら、トランプ政権の制裁圧力に耐え、国際社会からの支持をつなぎとめることに、全力を傾けていると見られます。

j200929_9.jpg

■一方、核合意に参加しているアメリカ以外の主要国、すなわち、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国は、核合意は中東や世界の安全保障に貢献しているとして、今後も維持する方針を確認し、トランプ政権による国連制裁の復活にも協力しない姿勢です。また、イランに対しては、核合意の義務を完全に守るよう求めています。

■ここから3つ目のポイントです。

j200929_10.jpg

11月のアメリカ大統領選挙で、トランプ氏、バイデン氏のどちらが当選するかが、核合意が崩壊するか、存続するかの重大な分岐点となります。
そして、今、世界の中東専門家の間では、アメリカ大統領選挙までの1か月間で、いわゆる「オクトーバー・サプライズ」と呼ばれる出来事が、イランに関連して起きるのではないかという見方がささやかれています。各種世論調査で劣勢が伝えられるトランプ大統領が、選挙直前の形勢逆転を狙って、イランに対する一層の強硬手段に出るのではないか。軍事的緊張を意図的に作り出し、国民を自らへの支持に引き寄せようとするのではないかという見方です。
専門家の間で考えられているのは、たとえば、イランの船舶に対し、原油や武器を積んでいると疑いをかけて、急な臨検捜索で積み荷を没収するなど、イラン側を挑発する行動を仕掛けることです。トランプ政権がイランに対する国連制裁の復活を一方的に宣言したのは、その布石ではないかという観測もあります。
そして、今年1月、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が、トランプ大統領の指示で殺害され、両国の全面衝突の一歩手前まで事態が緊迫化したのは、記憶に新しいところです。
仮に、こうした出来事が今後起きた場合、革命防衛隊などイラン国内の反米強硬派の反撃を招き、軍事衝突に発展する危険性があります。国際社会は、こうした事態を回避するため、アメリカ、イラン双方の行動や発言を注意深く監視し、折に触れて、自制を働きかける必要があると考えます。

(出川 展恒 解説委員)

キーワード

関連記事