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「緊張高まる南シナ海 米中対立で揺れる東南アジア」(時論公論)

藤下 超  解説委員

アメリカと中国の対立で、南シナ海の軍事的な緊張が高まっています。
この問題は、米中両国も参加して、9日から始まるASEAN=東南アジア諸国連合の一連の外相会議の中でも主要な議題になる見通しです。
南シナ海は、世界の貿易のおよそ3分の1が行き来するとされ、日本にとっては、とくに中東からの原油を輸送する重要な海上交通路です。
漁業資源のほか、石油や天然ガスといった地下資源も豊富で、中国をはじめ、6つの国と地域が、領有権を主張しています。

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(攻勢に出る中国と関与強める米国)
この南シナ海で、今年前半、中国の活動が活発化しました。

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1月には、中国海警局の船といっしょに、およそ60隻の中国漁船が、インドネシアの排他的経済水域に入って操業し、インドネシア海軍が艦艇を派遣する事態になりました。
4月には、中国が南シナ海に「南沙区」と「西沙区」という新しい行政区を設置したと発表。
おなじ4月、ベトナム漁船に中国海警局の船が衝突し、漁船が沈没しました。
各国が新型コロナ対策に追われる中、中国は、実効支配を強化する動きを見せたのです。

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これに対し、アメリカが動いたのは7月です。
南シナ海で中国が軍事演習を行っているのとちょうど同じ時期に、空母2隻を派遣するという異例の対応をとり、中国を強くけん制しました。
そして、ポンペイオ国務長官が、「中国の南シナ海での海洋権益の主張は完全に違法だ」とする声明を発表しました。
領有権の争いについて、当事国同士の平和的な解決を促してきたこれまでの中立的な立場から一歩踏み込み、中国に対抗する姿勢を鮮明にしたのです。
これに中国は、「南シナ海の主権の問題で特定の立場をとらないという約束に反し、地域の平和と安定を破壊するものだ」(趙立堅報道官)と強く反発しました。
その後、米中双方は軍事演習を繰り返し、8月26日には、中国軍が、本土から南シナ海に向けて中距離弾道ミサイル4発を発射しました。
アメリカ軍の艦船や米軍基地のあるグアム島を攻撃できるミサイルだったと、香港の新聞は伝えています。
対するアメリカは、南シナ海の人口島の造成などに関わったとして、あわせて24の中国企業に制裁を科すと発表し、経済面での圧力も強めています。
攻勢に出る中国と、関与を強めるアメリカ。両国の激しい対立によって、南シナ海は新たな緊張状態に入ったといえます。

中国と周辺国の領有権をめぐる争いは、いまどうなっているのでしょうか。

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領有権を主張しているのは、中国、ベトナム、フィリピンなど6つの国と地域で、南沙諸島・英語名スプラトリー諸島と、西沙諸島・英語名パラセル諸島の領有権が争われています。
とくに中国は、独自に定めた「九段線」と呼ばれる境界線の内側、南シナ海のほぼ全域に権益があると主張しています。
習近平政権発足以降は、南沙諸島の7か所で人工島の造成を急ピッチで進めてきました。
人工島には、3000メートル級の滑走路や大規模なレーダー施設などがつくられ、2年前からは対艦ミサイルなどが配備されて軍事拠点化が進んでいるものとみられています。
中国は、自国の領域内の造成で、主権の範囲内だとしていますが、その主張は国際的には認められていません。
フィリピンが申し立てた国際的な仲裁裁判で、4年前、中国による権益の主張に法的な根拠はない、という判断が出ているのです。
ポンペイオ長官の7月の声明は、この仲裁裁判の判断をアメリカとして支持することを明確にしたもので、中国に、国際ルールにのっとった対応を強く迫った形です。

(2者択一を避けたい東南アジア諸国)
こうした最近の動きを、周辺の国々は、どう受け止めているのでしょうか。

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アメリカと同盟関係にあるオーストラリアは「中国の主張には法的根拠がない」とする書簡を国連に送り、アメリカに同調する姿勢を示しました。
また、日本も、ポンペイオ長官の声明について「アメリカのゆるぎないコミットメントを示すものであり、支持したい」と表明しました。
一方、中国と領有権を争っている当事者である東南アジアの各国はどうでしょうか。
ポンペイオ長官は、先月3日から6日にかけて、東南アジア6か国の外相と相次いで電話会談し、アメリカの立場を説明しました。
反応は国によって違いますが、「中国の主張は違法」という立場に理解を示しつつも、明確な支持を表明することはせず、距離を置く国が多いように見受けられます。
背景には、東南アジアでの中国の影響力の増大があります。
とくに、新型コロナの影響で景気が落ち込み、中国からの投資や支援に頼らざるを得ない国が多くなっているのです。

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フィリピンは、当初、ポンペイオ長官の声明を歓迎する姿勢を見せていました。
しかし、その後、ドゥテルテ大統領が「中国と戦争する余裕はない」と述べ、新型コロナウイルスのワクチンの供給と引き換えに、中国に歩み寄る姿勢を見せました。
また、各国には、米中どちらを選ぶのか2者択一を迫られることへの懸念もあります。
東南アジアには、冷戦時代、東西両陣営に分かれて戦った、苦い経験があります。
冷戦終結後、各国は、ASEANの傘の下でまとまることで、経済成長を続けてきましたが、米中の新たな冷戦に直面し、再び分断されることを警戒しているのです。
一方で、ASEANは、まとまりを重視するあまり、重要な問題で明確な態度を示すことができないとも指摘されてきました。
9日からはじまる一連の外相会議では、ASEANが、中国の弾道ミサイルの発射などを受け、どこまで踏み込んだ姿勢を打ち出せるのかにも注目したいと思います。

(開かれた海上交通路の維持を)

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南シナ海をめぐっては、この海域での紛争を防止するためのルール、「行動規範」と呼ばれる文書の策定に向けて、中国とASEANの間で交渉が続いています。
中国は、国際ルールを無視する形で、実効支配の既成事実を積み重ねてきましたが、この「行動規範」の策定は、中国も参加した形でルールをつくり、現在の無秩序な状態を終わらせることで、紛争を防止しようというものです。
しかし、交渉の中身は一切公表されておらず、ASEAN側が押し切られる形で、中国の行為を正当化するような内容になるのでは、という懸念も出ています。
日本やアメリカなど域外の国の活動を排除する内容を中国が求めているという報道もあり、今後は、関係国が連携して交渉の透明性を求めることが必要になるかもしれません。
南シナ海を開かれた海上交通路として維持していくことは、国際社会の利益につながります。
そのためには、領有権を争う当事国だけなく、日米を含む域外の関係国が、この問題に積極的に関与し、国際ルールに基づいた対応の重要性を訴え続けることが、必要だと思います。

(藤下 超 解説委員)

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