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「習近平主席訪日延期から半年 今後の日中関係は」(時論公論)

梶原 崇幹  解説委員

春に予定されていた中国の習近平国家主席の国賓としての日本訪問が延期されてから、(9月)5日で半年を迎えます。日中関係の改善に取り組んできた安倍総理大臣は、8月28日、辞任の意向を表明しました。日中関係の冷え込みが指摘される中、次の総理大臣は、事態をどう打開し、習主席の訪日に取り組んでいくのでしょうか。今後の日中関係を考えてみたいと思います。

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(さまざまな波が押しよせる日中関係)

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中国の習近平国家主席の国賓としての日本訪問は、ことし4月の実現に向けて調整が進んでいました。中国の国家主席の国賓訪問は、これまでは、およそ10年に一度、行われ、その際には、政治文書が交わされ、その後の日中関係を方向づけてきただけに、ことし最大の外交行事に位置付けられていました。しかし、日中両国で新型コロナウイルスの感染が拡大したことから、3月5日、政府は延期を発表しました。

その後、日中間にはさまざまな波が押し寄せ、日本国内の対中感情は悪化の一途をたどっています。

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延期の直接的な原因となった新型コロナウイルスをめぐって、当初、日本国内では、市民レベルで中国への支援の輪が広がったものの、その後、感染が広がる初期の段階で習指導部の言論統制によって情報が隠蔽され、感染の拡大を招いたとの指摘が出されました。
さらに、沖縄県の尖閣諸島の周辺海域で、中国公船の活発な活動が続いています。接続水域では、先月(8月)までに、これまでで最長となる111日間連続で、中国公船が確認されています。5月には尖閣諸島の沖合で、中国公船が、付近の海域で操業していた日本の漁船を追尾する事案が発生しました。これを受けて、自民党内では、有志の議員が、政府に対抗措置を求める議員立法の検討を行っています。
また、中国は、6月、香港での反政府的な動きを取り締まる「香港国家安全維持法」を成立させました。日本を含む国際社会から強い批判の声が上がり、国会でも、超党派の議員連盟が、習主席の訪日の中止を求める要望書をまとめ、政府に提出しました。
政府は、訪日日程について、感染収束が見えないことを理由に調整する段階にないとしていますが、与党内からも国賓として招くのに適切な時期ではないとの声が出るなど、中国への視線が急速に厳しくなっていることも大きな要因となっています。

(これまでの日中関係)
安倍総理大臣が、習主席の訪日を重視してきたのは、みずからが取り組んできた関係改善の流れを示す大きな成果だと位置づけていたからです。

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日中関係は、第2次安倍内閣が発足する直前の、2012年9月に日本政府が尖閣諸島を国有化したことなどを受けて、国交正常化以降、最悪と言われるまで悪化しました。
中国国内の100を超える都市で反日デモが発生し、日系のスーパーや工場が略奪や放火の被害を受けました。中国は、日本に対し、沖縄県の尖閣諸島をめぐって、領有権問題が存在することを認めることなどを求め、およそ2年にわたって首脳会談を拒否していましたが、安倍総理大臣は、中国との間で「異なる見解を有していると認識する」という文書をまとめたうえで、2014年北京で、習主席と初めての会談を行いました。

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その後、関係改善を求める日本の財界の期待や、中国側としては、安倍政権の基盤が安定し長期化するという見方が出ていたこと、さらに米中が対立する中、外交的な孤立を避ける中国側の思惑もあり、2017年以降、日中関係は改善に向かいます。
両政府は去年、日中関係は正常な軌道に戻ったとの認識を共有していて、関係改善は、安倍総理大臣が任期を通して取り組んだ外交課題の1つでした。

菅官房長官は、会見で、「中国との間には、さまざまな懸案が存在しているが、首脳会談の機会などを活用して、主張すべきは主張し、中国側の前向きな対応を強く求めていく」と述べ、意思疎通を続けていく考えを示しています。

(訪日実現に必要なこと)

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では、感染拡大が収束すれば、訪日は実現可能なのでしょうか。
日本政府は、国民の対中感情が改善する必要があり、そのためには、尖閣諸島周辺での中国公船の活動が活発化しないことが不可欠だとしています。
各国が領有権を主張している南シナ海で、中国は、ことし4月、ベトナムの漁船を沈めたとされるほか、先月(8月)には、中国軍が本土から中距離弾道ミサイルを発射するなど、みずからの主張を強める動きを見せています。
日本政府は、東シナ海の状況は、必ずしも中国が攻勢を強める南シナ海と同様だとは見ていません。中国公船の活動が100日以上も続いたものの、中国船舶の大型化や周辺海域の天候が比較的穏やかだった影響もあるとしています。
中国海警局は、2018年の機構改革で、軍の最高指導機関である、党の「中央軍事委員会」の指揮を受けることになり、中央軍事委員会主席である習主席が掌握する体制となりました。それまでは、政府である国務院に所属していたことから、党中央の指示を得ることなく挑発的な行動に出る恐れもあったとされています。訪日という外交課題を抱える習主席の指揮を受け、中国海警局も、東シナ海で動きをエスカレートさせにくい事情があるとの見方もあり、日本政府は、中国側の活動を注意深く分析しています。
そして、香港情勢の改善も欠かせないとしています。民主活動家への締め付けが強まる中、それを主導している指導者を、国賓として歓待することはふさわしくないとの声が強いからです。
政府関係者によりますと、このところ中国政府から日本政府への連絡がなくなったということで、中国側も、香港情勢が落ち着くまでは、訪日は難しいとみているのではないかとしています。
政府内では、香港政府が、来年9月まで、1年間延期した、立法会の議員選挙が民主的に行われるか、状況を見極める必要があるとの声も強く、習主席の訪日は、今後、1年程度は見通しが立たないとの見方があります。

(アメリカの対中政策の影響)
こうした条件に加えて、政府関係者は、ことし11月のアメリカ大統領選挙の結果を見る必要があるとしています。

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トランプ政権の対中政策をめぐり、ポンペイオ国務長官は、7月、習主席を名指しして、「全体主義のイデオロギーの信奉者だ」と強く批判し、中国に対抗するため、民主主義国家による新たな同盟の構築を訴えました。
一方、民主党の大統領候補に指名されたバイデン前副大統領は、地球温暖化対策などでは中国と協力するとしながら、雑誌に寄稿した論文では、「中国の敵対的な振る舞いや人権問題では、同盟国と共同戦線を張る」と述べていて、日本にも同調を求めてくる可能性があります。
2人の主張を考えれば、大統領選挙の結果いかんにかかわらず、アメリカは、中国に強い姿勢で臨むとみられ、新しい総理大臣は、まずは日米関係を固め、その対中政策を見極める必要があります。そのため、政府は、日中間では、感染状況を見ながら、閣僚や政府高官レベルの交流を再開し、当面、意思疎通を続けるものとみられます。

(米中対立の中で難しくなる日中関係)

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ことし7月、アメリカの有力なシンクタンクが、国務省の関係機関の支援を受けてまとめた1本のリポートが、日本政府内で話題になりました。「日本における中国の影響」と題されたもので、その中に、中国との経済的な関係を重視する、日本国内の政界や官界の有力者が、親中国的な存在として、実名で挙げられていたからです。アメリカが、日本で中国の影響力が増すことに神経をとがらせていることがうかがえます。
米中間の対立が激しくなる中で、政府内でも、隣国・中国との経済的な結びつきを重視するのか、それとも、中国の覇権主義的振る舞いに対峙していくのか、軸足の置き場所で揺れています。
外務省幹部の1人は、「地域の安定のためには、きわめて細い道だが、戦略的に独自の関係を探すしかない」と話しています。中国としても、アメリカとの対抗上、日本との関係を維持する戦略上の利点があり、両政府が、習主席の訪日のカードを降ろさないのは、そうした思惑が一致しているからでもあります。
米中関係が「新冷戦」と言われるほど悪化する中、日本は、中国との間合いをどこに定めるのか。習主席の訪日の取り扱いは、その課題を象徴するものであり、次の総理大臣の判断が問われることになります。

(梶原 崇幹 解説委員)

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