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『最長政権』の行方~新型コロナと政局~

伊藤 雅之  解説委員長

安倍総理大臣の連続の在任期間は、24日で、2799日。佐藤栄作元総理大臣を抜き、歴代最長となりました。第2次政権の発足から7年8か月、「1強」といわれる政権は、新型コロナウイルスの影響で、厳しい局面を迎えています。安倍総理大臣の自民党総裁としての任期はあと1年あまり。「最長政権」の行方を考えます。

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安倍政権が、「最長政権」となった要因として、「経済の安定」と「外交での存在感」、そして「高い内閣支持率」の3点があげられると思います。この3点のいずれもが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、揺らいでいます。

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まず、経済です。
「経済再生」を最優先に「アベノミクス」を推進し、1万円を割り込んでいた日経平均株価は2万円台を回復しました。ところが、ことし4月から6月のGDP=国内総生産は、リーマンショック後を超える最大の落ち込みとなり、回復には相当の時間がかかると指摘されています。
また、政権が大きく改善させたと成果を誇る雇用情勢も厳しく、むしろ、これから先の悪化が強く懸念されています。

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一方、外交の分野では、長期政権の経験や人脈を活かして、存在感を示してきましたが、G7=主要7か国首脳会議などが軒並み延期。首脳外交が展開できない状況です。トランプ大統領との信頼関係を軸にしたアメリカとの関係は、11月の大統領選挙の結果次第で再構築が必要だという見方もあります。さらに、拉致問題や核・ミサイル開発を抱える北朝鮮情勢、北方領土問題の解決を目指すロシアとの交渉には、大きな進展は見られません。中国の習近平国家主席の日本訪問も見通しが立たず、外交は足踏みの状態です。

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さらに内閣支持率。NHKの世論調査で、不支持が支持を上回る状況が5月から続き、今月の支持率は34%で、第2次政権発足後で最低の水準です。政府のコロナ対応を評価しない人が58%、内閣を支持しない理由では、政策に期待できないが最も多く37%でした。

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安倍政権の特徴として、総理大臣官邸がリーダーシップを発揮する「官邸主導」があげられます。その意思決定の面でも、変化が見られます。政権が打ち出した政策の撤回や変更が相次いでいることです。例えば、10万円の一律給付、「GOTOトラベルキャンペーン」の実施時期や東京の除外などです。10万円の一律給付への変更は、与党側の意向が大きく作用しました。これが感染状況などの変化があまりに早すぎるためなのか、政権が状況判断を誤ったためなのか、あるいは国民や与党内の声が伝わっていないためなのか、いくつか理由は考えられます。
こうした政権の対応について、安倍総理のより積極的な説明を求める声が与党内から出ていることは見逃せません。

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ここに来て、安倍総理の健康不安もささやかれています。安倍総理が、連続在任期間が最長となった24日、最初に向かったのは、大学病院でした。安倍総理は、先週の検査の説明と追加的検査を受けたと説明したうえで、「体調管理に万全を期して、これからまた仕事を頑張りたい」と述べました。政治家、とりわけ総理大臣の健康状態は、本当のことは、なかなか分かりません。ただ、健康不安がささやかれ、憶測や一定の思惑をもって広がっていけば、政権の求心力に、じわりじわりと影響が出てくる可能性も否定できません。

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一方で、「1強」が変わらない面もあります。それが政党支持率です。今月のNHKの世論調査で、自民は35.5%。これに対して、野党では最も高い立憲民主党が4.2%と、大きく水をあけられています。安倍政権に取って代わる野党勢力が支持を広げられなかったことが、「最長政権」を可能にした要因の一つです。

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では、立憲民主党と国民民主党の合流が、「自民党1強」を転換することになるのでしょうか。玉木代表など新党に参加しないと表明している議員もいます。立憲民主党の幹部は、新党は国会議員150人規模になるという見通しを示しています。
この合流については、「参加しない議員がいることで数合わせという批判をかわし、自民党と対抗できる勢力が結集できる」という意見と、「ゴタゴタが続いたうえ、幹部の面々に新味はなく、規模も与党を脅かすほどでないない」という見方もあり、評価は分かれています。
新党結成後、新党に参加しない議員や、共産党など他の野党勢力との選挙協力が、どこまで進むのか。日本維新の会のように、与野党の二大勢力とは一線を画し、政権に是々非々の立場を取る「第3極」が再び勢力を増していくのか。野党が、局面を転換できるかどうかは、安倍政権への批判や攻勢と、新型コロナ対策のより具体的な政策提言のバランスをどう取り、国民がそれをどう評価するかにかかっています。

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さて、今後の政局で焦点となるのが、衆議院の解散・総選挙です。
これまで安倍政権は、衆参の国政選挙で6連勝という「選挙の強さ」が政権の大きな推進力になってきました。これが「ポスト安倍」の動きや野党側の「取って代わる勢力」を抑え込んできた形です。衆議院議員の任期満了は、来年10月。新型コロナウイルスの感染収束が、見通せないこともあって、解散・総選挙のタイミングは不透明になっています。

政界で取りざたされていたのが、年内、早ければ9月解散・10月総選挙という日程です。
しかし、感染拡大が続き、経済が大きな打撃を受けています。臨時国会で追加の経済対策を求める意見も出てきそうで、年内は、難しいという見方が広がっています。

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一方、年明け以降は、どうでしょうか。
通常国会で来年度予算案を早期に可決、成立させなければなりません。安倍総理は、自民党総裁の4選や任期延長に否定的です。その通りであれば、残り少ない任期で、何のために解散し、何を国民に判断してもらうのか、その大義が問われます。1年延期された東京オリンピック・パラリンピックが開催できるかどうか、治療薬やワクチンの開発状況なども影響することになりそうです。

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そこで、出てきているのが、安倍総理は解散せず、次の総理・総裁に委ねるという考え方です。党内には、総裁選挙を早めに行って、国民の関心と注目を集めた勢いで衆議院選挙に臨むのが得策だという声もあります。ただ、安倍総理のもとで解散がないことがはっきりしてしまえば、「ポスト安倍」をめぐる動きが一気に加速し、総理の求心力が削がれる恐れもあります。

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私は、今後の政治の流れを考える上で、安倍総理が、解散という政治的な切り札ともいえるカードを、どれだけ現実感をもって温存できるかが重要なポイントと見ています。その意味で、当面、注目すべきは、来月末に任期を迎える自民党役員の人事と内閣改造です。政権の骨格を維持するのか、意中の「ポスト安倍」候補を絞り込むような人事になるのか。また、その規模と顔触れが「選挙をにらんだ」といえるような布陣になるのか。そもそも、この状況で人事はできないのではないかという指摘もあり、今後の政局の流れを占うものになりそうです。

新型コロナウイルスは、国民の健康や暮らし、経済に深刻な打撃を与えています。
これを克服することが、かつて誰も経験したことがない新型コロナ対策に取り組む政権の最大の課題です。東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けた環境を整え、相次ぐ自然災害や、人口減少・少子高齢化に対応できる社会への道筋をつけることは、政権の総仕上げに値する課題であることは衆目の一致するところでしょう。一方で、「最長政権」であるからこそ、強い意欲を示してきた憲法改正や外交課題などを何とか決着させたいという思いも強いでしょう。新型コロナ対策を進めながら、自らがやり遂げたい課題に、政治的な力を、どれだけ振り分けることができるのか、安倍総理大臣にとって、難しい政権運営が続きそうです。

(伊藤 雅之 解説委員)


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