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日本経済『最大の落ち込み』 懸念される雇用への影響と対策

櫻井 玲子  解説委員

日本の4月から6月までのGDP=国内総生産は、新型コロナウィルスの影響で、過去最大の落ち込みとなりました。
そして世界的な感染拡大が今も、続く中、日本経済が以前の水準に戻るまでには、相当な時間がかかるという見方が強まっています。
そこで今夜は「長期の低迷が予想される日本経済」、「懸念される雇用面への影響」、そして「ポストコロナも見据えた対応策」について考えたいと思います。

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まずは、最新の数字から読み解く、日本経済の現状と見通しです。

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けさ発表された、ことし4月から6月までのGDPは、物価の変動を除いた実質の伸び率が、年率に換算して、マイナス27.8パーセントとなりました。
リーマンショックのときのマイナス17.8パーセントを超える、過去最大の、落ち込みです。
▼このうち、GDPの半分以上を占める個人消費は、前期比マイナス8.2パーセント。
▼これまで景気を支えてきた設備投資も、マイナス1.5パーセントとなりました。
新型コロナウィルスによる影響の大きさ、緊急事態宣言に伴う外出の自粛や、企業の休業による、傷跡の深さを、示しています。

また今後の見通しも依然、不透明です。
7月以降、いくぶんの持ち直しはあるものの、宿泊や観光といったサービス消費を中心とする低迷が続き、元の水準に戻るような「V字回復」は難しい、とみられています。
政府は2020年度の経済成長が過去最悪のマイナス4.5パーセントになる、と予測しています。
企業の業績も、在宅勤務が増えた影響で、ITや食品業界など増収増益を見込む会社も、一部には、あるものの、航空・自動車・宿泊など、大半が、来年3月期は、赤字または減益の見通しです。
世界的な感染拡大で、輸出や外国人観光客からの収益を期待できないことも背景に日本経済が新型コロナウィルス以前の水準に回復するには、少なくとも、2、3年はかかるのではないかという見方が強まっています。

さて、このように日本経済の長期低迷が心配される中、私が特に注目しているのは、今後の雇用への影響です。

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たとえば、最新の6月の完全失業率は、2.8パーセントにとどまり、前の月にくらべて0.1ポイントながら改善をみせています。

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しかし、数字を詳しくみると、すでに見かけより厳しい実態がうかがえます。
たとえば、就業者数はわずかながら増加しているものの、増えているのは「自営業で、労働時間が週14時間以下の人」です。
これは週5日働いたとすると、一日3時間以下しか仕事をしていないので、収入がコロナ前に戻ったわけではないとも考えられます。
しかしこうした人は失業者の数には、含まれていません。
また、新型コロナウィルスの感染拡大以降、失業が増えているのは、雇用形態別では、非正規雇用の人たち。年齢・男女別では、20代の若者、3―40代の女性、それに50歳以上です。
契約社員やアルバイト、それにシニア層など、いわゆる「経済弱者」に、まっさきに、しわ寄せがいっていることになります。

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この先についても、体力が失われた企業の倒産で、失業する人が来年にかけて増えることが予想されています。日本の中小・零細企業は、経営者の高齢化にも直面しており、廃業も増えるとみられています。
そしてコストカットの一環として、非正規雇用の契約更新の見送りや早期希望退職の実施に踏み切る企業も出てきました。日本総研の山田久副理事長は、「リーマンショックのときは120万人をこえる雇用が失われたが、それ以上の雇用が来年末までに失われるリスクもある」と警告しています。

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さらに、新規採用への影響も心配されます。
リクルートワークス研究所の調べでは、来年度の大卒の求人数は前の年より15パーセント減るということです。
再来年度・2022年度はもっと、厳しくなるのではという見方も強まっています。
雇用情勢の悪化が長期化し、「第二の就職氷河期世代」を生まないような工夫が必要になってきます。

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そして大手企業につとめる人の多くも、職は失わないまでも、残業代やボーナスの削減で、収入が、減ることが予想されます。これが消費を冷え込ませて、企業の売り上げをさらに悪化させ、それが雇用情勢をより厳しくするという悪循環が懸念されます。

では、この危機を乗りきるにはどうすればいいのでしょうか。
国も、企業も、雇用対策の処方箋を、短期と中長期とにわけた対策を、準備することが重要ではないかと思います。

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まずは、雇用調整助成金の特例の延長です。
来月いっぱいで制度の拡充の期限が切れるのにあたり、年末までの延長が検討されていますが、人々の生活を守るということでは必要な措置だといえるでしょう。失業率の急激な悪化を防ぐという点で、一定の成果もあげてきたといえます。
ただ雇用情勢の低迷が長くなると、それだけでは、足りないかもしれません。
新型コロナウィルスの感染拡大によってもたらされた「新しい生活様式」が、社会や産業構造の転換を余儀なくし、失業や休業をしている人が、そのまま、元の仕事に戻れないケースも出てくると予想されます。

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となると、「失業なきゆるやかな職業転換」をはかれるかも、大きな課題になってくるのではないでしょうか。
そこで、次に、新型コロナウィルスの影響で休業、または事業を縮小している企業と、人手不足に悩む企業を、マッチングする試みがあります。
すでに一部の企業では行われている取り組みで、仕事が減っている観光バスの運転手が、人手の足りない宅配会社に出向する。あるいは、宿泊施設で働く人をスーパーに派遣する。ポイントとなるのは企業同士のマッチングですが、受け入れ側の企業を探すのがなかなか難しいとの声もききます。
この危機のときに採用を増やそう、という企業に対するサポートや、仲介機能の強化など、国の支援で、こうした取り組みを、より積極的に促す方法もあると思います。

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そしてもう一歩、こういうときだからこそ、人への思いきった投資、人材教育の強化をすすめていくことも必要だと考えます。企業も今後、新しい生活様式やデジタル化の波にあわせ、柱となる事業が変わる会社も、あるかもしれません。そうした事業を担う人材の育成を、責任をもって、行なう。さらには、今後、成長が見込まれる産業や人手不足に悩む業種への転職に道を開くことも重要ではないでしょうか。
「雇用調整助成金」のように今の仕事を失わないための生活防衛の政策に加え、ポストコロナ時代も見据えた職種・職業転換を支援する、攻めの雇用対策もあわせて検討すべきだと思います。
就職の機会に恵まれなかった新卒の学生、企業の希望退職に応じた会社員、転職のための職業訓練を受けたい高齢者を支援する。同時に、日本で不足しているデジタル人材や、農業の担い手などを育てていく。積極的な雇用対策で一石二鳥を狙うことはできないでしょうか。
一方、これまでの職業訓練プログラムは、必ずしも目ぼしい成果をあげてこなかったとも指摘されています。勉強ばかりで実地の訓練が足りないことや、プログラムを終えても実際の就職先がないといった問題です。
政府・企業・労働組合・専門家が集まり、これからの産業構造の変化にあわせた、人材育成のための知恵を出しあうことが求められています。

未曾有の危機に直面する今、人々の暮らしを支えるための柔軟な対策が必要です。新型コロナウィルスによる試練をバネに、日本経済が生まれ変わった。あとから振り返ると、あのときが転機だったと思える対応をとれるかが、今、問われています。

(櫻井 玲子 解説委員)


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