11月のアメリカ大統領選挙まであす(14日)で残すところ80日。トランプ大統領が再選を果たすのか?それとも民主党のバイデン前副大統領が政権を奪還するのか?新型コロナウイルスの影響で、情勢はいつにも増して流動的です。現状を分析し、今後の選挙戦の見通しを探ります。
ポイントは3つ。
▼まず、民主党のバイデン氏はなぜハリス上院議員を副大統領候補に選んだか?
▼次に、激戦州の争奪から見える“トランプ苦戦”の構図。
▼そのトランプ大統領にはどのような巻き返し戦略があるのかです。
この日(12日)バイデン氏が地元デラウェア州で開いた政権奪還をめざすいわば“出陣会見”。注目の副大統領候補に選んだのは、ともに大統領候補への指名獲得を争ったかつてのライバル、カマラ・ハリス上院議員でした。
副大統領候補には大統領候補に足りない要素を補う人物を選ぶのが定石です。カリフォルニア州選出のハリス上院議員は55歳。父がジャマイカ、母がインドからの移民で、黒人としても南アジア系としても初めてとなる女性副大統領を目指します。もし当選したら史上最高齢78歳で大統領に就任するバイデン氏は、再選を目指さない公算が大きいため、ハリス氏は将来の民主党を担う後継候補のトップランナーに躍り出たことも意味します。検察官出身の実務能力と、民主党が支持基盤とする女性・若者・マイノリティーへの浸透を期待しての起用でしょう。
バイデン氏に近い中道寄りの穏健派ですが、人種問題や環境問題を重視する姿勢は党内の左派からも好意的に評価されています。トランプ大統領は「民主党は過激な左派に乗っ取られた」と攻撃し、警戒感を隠しません。
バイデン陣営の事実上の選挙公約となる政策綱領は、来週、新型コロナ感染防止のため異例のバーチャル形式で開かれる民主党大会で採択されます。その中で「感染拡大に歯止めがかからず経済が落ち込んだのは、トランプ大統領にリーダーシップが欠如しているからだ」と断罪し、雇用回復を最優先課題のひとつに掲げます。
外交は国際協調に回帰するとしながらも、中国には知的財産権侵害や不公正な貿易慣行、香港やウイグル問題など人権と民主化については、厳しい姿勢で臨むとアピール。内政は党内左派の主張に配慮して、医療保険制度改革や脱炭素化社会の早期実現なども盛り込まれる見込みです。
しかし、法人税率の引き上げや富裕層への課税強化など、議会で共和党との協力が必要なものも多く、総花的で実現の見通しが不透明な印象も拭えません。バイデン政権がどんな政策を進めるかと言うよりも、政権奪還がいわば自己目的化しているかたちです。
バイデン氏の支持率は、各種の世論調査の平均値で見てみると、トランプ大統領を数ポイント上まわっています。ただ、大統領選挙は、各州の人口に応じて割り振られた選挙人538人の過半数を獲得した候補が勝つ仕組みです。いまトランプ大統領が選挙人を総獲りできそうな州を赤色で、バイデン氏が総獲りできそうな州を青色で示すとこうなります。
バイデン氏がトランプ大統領をリードしているのは確かですが、当選に必要な270人には届きません。残り14の激戦州をどちらが制するかによって、勝敗は分かれるのです。
その激戦州の情勢はどうなっているのか?前回4年前の大統領選挙との比較で、3つに分類してみましょう。
まず“前回トランプ候補が僅か1ポイント前後の差で競り勝った接戦州”は4つありますが、現在はバイデン氏がいずれもリードしています。トランプ大統領が再選されるためには、この4つの州を逆転しなければなりません。
“前回民主党クリントン候補が勝った州”は4つありますが、ここでも今バイデン氏がトランプ大統領を引き離しているのです。
しかも“前回トランプ候補が3ポイントから9ポイントあまりの大差で勝った州”は6つありますが、その中でバイデン氏に追いつかれ、追い抜かれたところがあります。
「新型コロナ対策を軽視した大統領が、経済活動の再開をゴリ押ししたため、感染拡大に歯止めがかからなくなっている」そうした民主党からの批判が無党派層にも浸透し、“トランプ苦戦”の構図が浮かび上がっているのです。
では、大統領がここから逆転勝利をつかむため、どのような巻き返しが可能でしょうか?トランプ陣営は主に4つの戦略を検討しているようです。
ひとつは、現職の強みを最大限活かすこと。トランプ大統領は、劣勢が誰の目にも明らかになってから、選挙対策の責任者を交代させ、一時は途絶えていたホワイトハウスでの記者会見を再開しています。現職大統領の発言はメディアが必ず報じることを利用して、選挙戦の主導権を奪い返そうと言うのです。
ふたつ目は雇用と経済の急回復です。先月(7月)アメリカの失業率は10.2%と依然として厳しい水準にありますが、3か月連続で緩やかに改善傾向にあるのも確かです。新型コロナによるアメリカ国内の死者数はすでに16万人を超え、11月の投票日の前後には20万人を超える可能性があると予測する専門家もいますが、トランプ大統領は「すでに最悪の時期は脱した」「経済の完全復活も近い」とアピールしているのです。
3つ目は世論調査の優劣にとらわれすぎないこと。トランプ大統領は「大手メディアによる世論調査は偏向している」として、「実際は激戦州のほとんどで自分が優勢に戦いを進めている」と主張します。その主張は額面どおり受け取ることは出来ませんが、調査データには精度の誤差や歪みが付きものです。
そして、4つ目にトランプ陣営が狙うのは、バイデン氏による致命的な失言です。民主党側も、バイデン氏の発言の軽さを強く懸念して、公の場で発言する機会では極力原稿を用意する作戦です。しかし、そうした台本のないテレビ討論の直接対決が来月から3回予定されているため、そこが攻め時とトランプ陣営は考えているのでしょう。
今度の選挙は、新型コロナの影響で郵便投票が急増し、大混乱が起きる可能性も指摘されています。懸念されているのは大量の無効票です。州ごとに仕組みは異なりますが、予め有権者登録をした人のもとに投票用紙が送られ返送する郵便投票は、前回は投票総数のほぼ4分の1を占め、感染リスクを避けるため今回さらに増えるのは確実です。しかし、前回は郵便投票のおよそ1%が、署名に不備があったり、消印が定められた期日に間に合わなかったりして無効と判断されました。
“投票回収”と呼ばれ、有権者本人に代わって運動員らが戸別訪問で投票用紙を集めてまわることが問題となったこともありますが、そうしたケースを今も規制していない州が多く、トランプ陣営は「不正の温床になりかねない」として、郵便投票そのものを批判しています。
これに対してバイデン陣営は、民主党が支持基盤とするマイノリティーの投票率を下げようと意図的に手続きを煩雑にするなどの“投票妨害”が横行してきたとして、「投票権の行使という民主主義の根幹を守るため、郵便投票はむしろ積極的に奨励するべきだ」と反論しています。
仮に両者の得票数が僅差で接戦となった場合、投票後ただちに結果が判明せず、双方が勝利を主張したり、あるいは票の集計をめぐり長期間の法廷闘争にもつれ込んだりする事態も心配されています。
近年のアメリカ大統領選挙は候補者も有権者も自国の利益追求ばかりを関心の的として、自由で公正なデモクラシーを世界に示す意義が語られる機会はめっきり少なくなりました。新型コロナウイルスが世界で猛威をふるう中、アメリカの威信回復への道筋を拓くことが出来るのか?残り80日間の選挙戦は、かつてない波乱含みで本格化しています。
(髙橋 祐介 解説委員)
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