新型コロナウイルスの感染拡大はとどまるところを知らず、世界の感染者は、ついに2000万人を超えました。感染拡大による影響は、民主主義の基本である選挙にも及んでいます。この時間は、感染拡大による各国の選挙への影響と、パンデミック=感染拡大期の選挙はどうあるべきかについてお伝えします。
【最近の動き】
先月31日、香港政府トップの林鄭月娥(りんていげつが)行政長官は、感染拡大を理由に、来月6日に予定していた立法会議員選挙を1年延期すると発表しました。
立法会は香港の議会にあたるもので、国家安全維持法の施行に反発する多くの民主派の活動家らが立候補を表明していました。アメリカのポンペイオ国務長官は「こんなに長い期間、延期する正当な理由はない。選挙は香港の人々の意思と願いを反映した形で実施されるべきだ」と香港政府の決定を強く非難しました。
そのアメリカでも11月の大統領選挙をめぐって混乱が起きています。
トランプ大統領は先月30日、感染の拡大を防ぐため多くの州で導入されることになっている郵便投票について「2020年の大統領選挙は歴史上、もっとも不確かで不正に満ちた選挙になるだろう。人々が安心して投票できるようになるまで選挙を延期すべきだろうか?」とツイッターに投稿しました。大統領選挙の投票日は憲法と連邦法で決まっており、大統領に日程を変更する権限はありません。これには与党・共和党からも批判が相次ぎ、トランプ大統領は「選挙を遅らせたいわけではない。投票用紙がどこかにいってしまったり、集計が何か月もかかったりして勝敗が分からなくなるのを避けたいからだ」と釈明に追い込まれました。背景には、郵便投票が広がれば投票率が上がって自らが不利になることへの警戒感があると指摘されています。このままでは、選挙結果をめぐって両陣営が1か月あまりも争った2000年の大統領選挙の二の舞になるのではないかと危惧する声すら出始めています。
【選挙への影響】
選挙と民主主義についての調査研究を行っている国際的な研究機関によりますと、新型コロナウイルスの感染が深刻化した2月下旬(21日)以降、今月9日までに、選挙の日程を延期したのは、フランス、イラン、ポーランドなど少なくとも69の国と地域にのぼっています。
一方、日本、韓国、シンガポールなど51の国と地域では、予定通りの日程で選挙が行われました。
感染者の数や選挙制度は国によって異なりますので一概には言えませんが、ここからはパンデミック下での選挙を考えていくうえで参考になるいくつかの例を見ていきたいと思います。
まずポーランドです。選挙の日程をめぐって混乱が続きました。
ポーランドでは、大統領の権限を強めるなど強権的な政策を推し進めていた現職のドゥダ大統領が再選を目指していました。政権与党は、今、選挙をした方が有利とみて予定通り5月10日に選挙を強行しようとしました。投票日の1か月前になって選挙法の改正案を議会に提出、感染防止を理由にすべての投票を郵便だけで行おうとしたのです。何の準備もなく短期間ですべての有権者に投票用紙を配布できるのか、現場は大混乱に陥りました。選挙の延期を求める野党側はボイコットをチラつかせるなど批判を強め、投票日のわずか4日前になって選挙は6月(28日)に延期されることが決まりました。
最終的には、有権者は投票所で投票するか郵便で投票するかを選択できる形に改められ、7月(12日)に行われた決戦投票の末、ドゥダ大統領が僅差で勝利を収めました。
表向きは感染の拡大を理由としながらも、政治的な思惑によって選挙の日程が左右され混乱を招いてしまったのです。
パンデミック下の選挙で、もうひとつ懸念されるのが投票率の低下です。
3月に行われたフランスの統一地方選挙の1回目の投票では、投票率が44.7%と6年前の前回より20ポイント近くも下がり、6月に延期された2回目の投票でも41.6%と、こちらは前回よりも20ポイント以上も低くなりました。
一方、4月に行われた韓国の総選挙では、感染者にも郵便による投票が認められたほか、投票所を事前に消毒するなど徹底した感染防止策が取られ、投票率は66.2%と1992年以降、もっとも高くなりました。
投票率があまり下がってしまいますと、有権者の意思がどこまで反映されたのか疑問が残ってしまいます。感染防止策に加えて、投票所に行けない人も投票できるよう配慮が必要でしょう。
次に早い段階から周到な備えを行っているニュージーランドの例をご紹介します。
来月19日に総選挙を控えているニュージーランドの選挙管理委員会では、春のうちから不測の事態に備えた対応策の検討を行ない、その結果をホームページ上で公開しています。
具体的には、
▽入院などで投票所に行くことができない人のためにスタッフがベットサイドまで出向いて投票を受け付ける「テイクアウェイ投票」の導入。
▽電話による「口述投票」の対象を新型コロナウイルスの感染者にも拡大する。
▽さらに期日前投票の期間を2日間延長し、期日前投票所の数も前回より3倍以上増やすとしています。
最後に日本です。この間、日本でも衆議院静岡4区の補欠選挙や東京都知事選挙など数多くの選挙が行われました。筆記用具の消毒やソーシャルディスタンスの確保など感染防止策がとられました。
しかし現在の公職選挙法では、郵便による投票は身体障害者手帳を持った人や「要介護5」の人などに限られていて、感染者や濃厚接触者は対象になっていません。
これについて総務省選挙課では「郵便などによる不在者投票は、かつて不正に悪用された経緯もあり対象者を限定している。投票の機会を確保することと、選挙の公正・公平を確保することの両面から検討しなければならないと考えている」と話しています。
パンデミックに備えた選挙はどうあるべきなのか。選挙と民主主義についての研究を行っている海外の専門家に話を伺いました。
(民主主義・選挙支援国際研究所 ローラ・ソーントン局長)
「選挙を行うかどうかの判断は、感染状況がどうなっているのか、選挙運動や投票を行える程度までウイルスが抑え込まれているかどうかなど、データに基づいて行われなければなりません。こうした決定が恣意的に行われると、選挙プロセスの信頼が損なわれ正当性も失われてしまいます」
【まとめ】
新型コロナウイルスの感染拡大による選挙への様々な影響について見てきました。
私達は、公正で公平な選挙によって私達の意見を政治に反映させていかねばなりません。そのためには、感染の拡大が続く中でも誰もが平等に安心して投票できる環境を確保することが何よりも求められます。投票に行く人や投票所のスタッフの安全を守ることはもちろん、選挙の日程が政治的な思惑に利用されないよう目を光らせておくことも必要でしょう。新型コロナウイルスは、私達の生命や生活だけではなく、ひとつ間違えば、私達の自由な社会を支えている民主主義をも脅かしかねないことを強調しておきたいと思います。
(出石 直 解説委員)
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