先週末6月20日は世界難民の日でした。第二次世界大戦後最悪と言われる難民が置かれている状況はさらに悪化し、国内避難民も合わせるとその数はおよそ8千万人に上っていることが明らかになりました。新型コロナウイルスの新たな感染者がきのう、1日では最も多い18万人をこえ、WHOは危険な局面を迎えたと警告しましたが、その影響を最も受けているのが難民をはじめとするいわゆる弱者と呼ばれる人たちです。
多くの難民がひしめき合う難民キャンプは感染が一気に広がるリスクを抱えています。また入国や外出の制限により難民たちは行き場を失い、支援も減っています。今夜はコロナ禍の難民支援策について考えます。
解説のポイントは、このほど発表された世界の難民の最新状況と、新型コロナウイルスが蔓延する中での難民支援の現状と課題、そして求められる支援策の3点です。
まず、最新の難民の状況です。
難民は人種や宗教、国籍、それに政治的な意見などを理由に迫害を受ける恐れがあり国家の保護を得られず国外に逃れた人と定義され、家を追われ国内にとどまっている人を国内避難民と呼んでいます。UNHCR・国連難民高等弁務官事務所によれば、難民と国内避難民は去年末時点で世界全体で7950万人で、前の年より900万人近く増えました。1年間で大阪府の人口とほぼ同じ数増えた計算です。この10年では2倍にもなっています。
このうち難民は2600万人です。紛争が10年目に突入したシリア、イスラエル建国と中東戦争で故郷を追われたパレスチナ難民に次いで多いのが南米ベネズエラから逃れた人々です。世界有数の産油国で美しい自然に恵まれたベネズエラは、かつては中南米でもっとも豊かな国の一つでしたが、政情不安や経済の混乱などによって急速に治安が悪化し、多くの国民が次々と国を離れました。370万人の難民以外に近隣の国々に逃れて保護を受けている人が360万人います。この他、世界には国内避難民は4570万人、難民の認定を待っている人が420万人います。
なぜこれほど難民や国内避難民が増えているのか、それは紛争や政治的な混乱が長期化し、元の場所に戻ることのできない人が増えているからです。UNHCRによればこの10年で新たに2000万人が難民となったのに対し、国に戻ることができたのは400万人足らずでした。
このように難民を取り巻く状況が年々悪化していたところに新型コロナウイルスが追い打ちをかけたかたちです。100万人近いミャンマーの少数派のイスラム教徒ロヒンギャの人たちが逃げ込んでいるバングラデシュ東部の難民キャンプは、1平方キロメートルに4万人が暮らす密集状態で、雨期に入り住環境はさらに悪化しています。手洗いの水や石鹸をはじめマスクや消毒液は十分ではありません。感染が確認された難民は今のところ40人ほどで、心配された爆発的な感染は今のところ起きていませんが、先月末初めて死者が出るなど脅威はじわりじわりと広がっています。
ここで医療活動を行っている「国境なき医師団」によれば、難民たちは祖国から逃げる際のトラウマに加えて新型コロナウイルスによるストレスで精神疾患を発症する可能性が高く、心理的なケアも必要だということです。しかし、医療体制が縮小されたために住民が診察を受ける機会が減り、隔離をいやがって検査を受けず重症化するケースもあるということです。
内戦が続くイエメンでは、先月病院に入院した患者の4割が命を落としたということです。マスクや防御服、人工呼吸器など医療機器が極度に不足しています。
感染の拡大と渡航制限によって医療活動に必要な医師や看護師が現地に向かえず、資金も不足しています。国境なき医師団が世界に展開するスタッフは、去年と比べて半減し、交代もままならない状態が続いているということです。
難民の生活を支える支援団体も活動が制限されています。世界各地で支援活動を続けてきた日本のNGO「難民を助ける会」は、難民への支援もオンラインで行っています。トルコではシリアから逃れてきた難民の多くが仕事を失い、収入が絶たれてしまったということです。また、難民たちはインターネットにアクセスできないため感染に関する詳しい状況を知ることができず、体調が悪化してもどうしてよいのかわからない人が大勢いるということです。
難民たちが直面するもう一つの問題は、新型コロナウイルスの感染拡大で移動が制限され、行き場を失っていることです。EUは域外との国境を来月1日まで閉じたままで、ギリシャの国境地帯に足止めされている数万人の難民たちは感染の危険にさらされながら身動きできない状態です。保護主義や自国第一主義の広がりに加えて新型コロナウイルスによって難民たちはこれまで以上に厳しい状況に置かれています。
では、難民たちを守るために何が求められているでしょうか。1つは、過酷な環境にある難民キャンプの感染対策の強化です。3蜜状態の難民キャンプでいったん感染が始まれば、一気に広がる可能性が否定できません。また、世界の難民の8割はキャンプ以外の街中の空き家や倉庫、空き地に設けられた粗末な小屋などで暮らしており、感染症に関する情報や必要物資の入手は容易でありません。感染予防のための物資と情報の提供、それに現地で活動する医療や援助関係者への支援が今すぐにも必要です。それには国際機関と国、地域社会の連携が欠かせず、各国が財政的な負担と責任を公平にわかちあうことが求められています。もちろん難民を生む原因である紛争や迫害の終結に国際社会が結束して取り組まねばならないことは言うまでもありません。
次に、各国それぞれ国内に抱える難民や難民認定を待つ人たちの保護と支援の強化です。日本で去年難民認定された人は44人。認定を受けられなかった人のうち人道的な配慮により滞在を認められた人は37人でした。他の先進国よりケタが3つ、あるいは4つ少ない数です。難民認定を待つ人たちは、日々の生活を支援団体に頼らざるを得ませんが、新型コロナウイルスの感染拡大後寄付や財政支援が減り生活が極度に悪化した人が少なくありません。また、難民認定が得られず国外への退去を求められている人の中には4年も5年も入管施設に収容されている人もいます。法務省は出国を拒む人に刑事罰を科したり、再度の難民申請に一定要件を設けたりするなど、より厳しく臨む方向で検討を進めており、国際的な批判がまきおこることも予想されます。
最後に私たち一人一人の行動です。日本でも当面は自分たちの身を守ることで精いっぱいというのが多くの人の思いでしょう。ただ、祖国を追われ危機的な状況に置かれている人たちに連帯の気持ちを送ることはできるのではないでしょうか。世界難民の日には東京や札幌、陸前高田、京都、長崎など全国25か所で難民支援の輪を広げようと青くライトアップされました。自宅にいながら難民を励まそうという音楽や映画のイベントもオンラインで行われています。皆が苦しい時こそ、人のために何ができるか、自分なりのやり方を考え行動することも重要ではないでしょうか。
(二村 伸 解説委員)
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