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緊迫化する朝鮮半島情勢

出石 直  解説委員

朝鮮半島情勢が再び緊迫の度を強めています。
北朝鮮は16日、南北融和の象徴だった共同連絡事務所の爆破に踏み切りました。
おととしのピョンチャン冬季オリンピックへの選手団の派遣以来続いていた南北の蜜月関係は、この建物同様、微塵もなく吹き飛んでしまったようにも思えます。

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解説のポイントです。
▽南北の融和、「雪解け期間」はあまりに短いものでした。
▽「北朝鮮の意図」はどこにあるのでしょうか。
▽そして「これからの朝鮮半島情勢」はどうなっていくのでしょうか。

【短かった雪解け】
この映像をご記憶の方も多いと思います。キム委員長の妹のキム・ヨジョン氏です。おととしの2月、ピョンチャンオリンピックの開会式に出席するため韓国を訪れました。
ムン・ジェイン大統領と笑顔で握手を交わし南北の融和を強く印象づけました。
この年の4月、パンムンジョムで行われた南北首脳会談での共同宣言です。

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「年内に朝鮮戦争の終戦を宣言する」
「休戦協定を平和協定に転換して恒久的な平和体制を構築する」
「ビラの散布を含む敵対行為の中止」や「南北共同連絡事務所の設置」も
この時の合意に盛り込まれました。

6月には、シンガポールで史上初めての米朝首脳会談が行われ「永続的で安定的な平和体制の構築」と「朝鮮半島の完全な非核化」に向けて共同で取り組むことを確認しました。

私はこの2つの首脳会談、ともに現地で取材しましたが、歴史的な瞬間に立ち会っているという興奮を覚えたのを今でもはっきりと記憶しています。
唐突に始まったキム委員長の“ほほえみ外交”。しかし去年2月のハノイでの米朝首脳会談が物別れに終わって以降、実質的な進展はなく足踏み状態が続いていました。

韓国の脱北者団体がキム委員長を非難する内容の宣伝ビラを飛ばしたのをきっかけに、北朝鮮は猛然と韓国攻撃を開始します。
その先頭に立ったのが、ピョンチャンで笑顔を振りまいていたキム・ヨジョン第1副部長です。脱北者を口汚く罵り「南朝鮮の連中と決別する時が来た」として、共同連絡事務所の爆破に踏み切ったのです。

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北朝鮮はさらに、軍事境界線の近くに部隊を展開させると警告、軍事的措置までチラつかせています。2年前の“ほほえみ外交は”何だったのかと思わざるを得ない豹変ぶりです。

【北朝鮮の意図は?】
北朝鮮が強硬策に出た意図はどこにあるのでしょうか?
それを知るためには、まず、なぜ北朝鮮が対話路線に転じたのかを見ていく必要があるように思います。

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2016年から17年にかけての「強硬路線」。北朝鮮は弾道ミサイルの発射や核実験を繰り返していました。17年9月には6回目の核実験を強行、11月には「ICBM級の弾道ミサイルの発射実験に成功した」と発表しました。
2018年の元日に放送されたキム委員長の演説では、
「アメリカ本土全域が我々の核攻撃の射程圏内にある」
「アメリカは、我が国を相手に戦争を仕掛けることはできない」とまで言い切りました。

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しかしこの演説を境に、北朝鮮は「積極外交」に転じます。核を放棄する意思をチラつかせながら、「制裁の解除」「敵視政策の撤回」そして「体制の保証」を求めてきたのです。
この年の4月には、核実験とICBMの発射実験の中止を宣言します。どこまで本気で核兵器を放棄するつもりだったのか、その真意はわかりません。しかし、核・ミサイル開発が一定の成果をあげたのを機に、核を少しずつ切り売りすることで制裁の解除などの要求をかなえていく。積極外交に出た背景にはこんな思惑があったのではないでしょうか。

南北の融和に熱心な韓国のムン・ジェイン政権は北朝鮮の要求をかなえようと積極的に動きます。2018年9月、ピョンヤンでの共同宣言です。

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▽南北の鉄道を連結する工事の着工、▽ケソン工業団地とクムガン山観光の再開、
▽キム委員長のソウル訪問、などが盛り込まれました。
しかし、これらはアメリカの同意を得られず国連安保理決議も壁となって、南北鉄道の連結工事は着工式が行われただけで頓挫、ケソン工業団地などの再開も実現しませんでした。
アメリカの顔色をみて制裁の解除もできない韓国に、北朝鮮は苛立ちを強めていったのです。

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このころから北朝鮮は「自力」という言葉を盛んに使うようになります。「自力更生」「自力繁栄」「自力富強」といった具合です。核を切り売りして見返りを得る対話路線に見切りをつけ、外部勢力の助けを借りず自分達の力だけで難局を乗り切っていくという「自力路線」に転換したのです。共同連絡事務所の爆破は、そうした決意を示すいわばパフォーマンスに過ぎません。宣伝ビラの配布をいいがかりに、まずは韓国を威嚇し国際社会を揺さぶろうとしているのではないでしょうか。

【これからの朝鮮半島情勢】
ではこれからの朝鮮半島情勢はどうなっていくのでしょうか。

結論から先に申し上げますと、「対話から対決へ」と舵を切ったものの、全面的な衝突は避けるのではないかと、私は考えています。

そう考えるのは、今、北朝鮮は3つの大きな課題に直面しているからです。

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「新型コロナウイルスの影響」は深刻です。中国やロシアとの国境を閉鎖したため、外国から物が入らず、物資が大幅に不足しています。

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ことし9月には「朝鮮労働党の創建75年周年」を迎えます。軍事パレードをして最新鋭の兵器を誇示するとともに、体制の結束を図らねばなりません。そのためには経済の立て直しが不可欠です。

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そして11月の「アメリカ大統領選挙」。
北朝鮮はトランプ大統領の批判だけは慎重に避けていますが、再選されるかどうかわからない大統領と今、詰めた交渉をしても意味がないと踏んでいることでしょう。
少なくとも大統領選挙まではアメリカとの全面衝突は避け、勝敗の行方を見極めようとしているのではないでしょうか。
アメリカと中国との対立が激しさを増していることも重要な要素です。かつてのように中国やロシアも含めた安全保障理事会の常任理事国が一致して北朝鮮に圧力をかけてくるような展開だけは回避したいと考えているはずです。
勇ましい口調とは裏腹に、今は様子見の段階なのではないでしょうか。

【まとめ】
過去を振り返ってみますと、北朝鮮はこれまで何度も強硬路線と融和路線を繰り返してきました。それにいちいち振り回されていては北朝鮮の思うつぼです。自力路線に舵を切ったといっても、自力での経済立て直しが困難となればまた対話路線に戻ってくることも十分考えられます。北朝鮮の変化の裏には必ず彼らなりの計算や思惑があることを忘れてはなりません。それをきちんと見極め冷静に対処していくことが、北朝鮮の暴走を食い止める最善の方策と考えます。

(出石 直 解説委員)


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