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米有人宇宙船成功 民間主役の新時代へ

水野 倫之  解説委員

アメリカがスペースシャトル以来9年ぶりとなる有人宇宙船の打ち上げに成功、宇宙での復権へ向けて、第一歩。
そしてアメリカはそれを民間の力で成し遂げた、これが今回の最大のポイント。
今回の主役は民間のベンチャーだった点、それを可能にした背景にはアメリカの大胆な方針転換があったこと。さらに今回の動きから日本が学ぶべき点について。
以上3点から水野倫之解説委員の解説。

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有人宇宙船クルードラゴンは飛行士が楽に操縦できるよう操作はスマホのようなタッチパネル方式。
緊急脱出用のエンジンもついて安全性が高められたのが特徴。
日本時間の31日、2人のアメリカ人飛行士を乗せて発射され、計画通り国際宇宙ステーションへドッキング、打ち上げは成功。

今回の意義は二つ。
① 宇宙でアメリカが復権への第一歩を記したこと。
② それが民間ベンチャーによって成し遂げられ、宇宙ビジネスの新たな時代が始まった点。

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アメリカはアポロやシャトルでの宇宙ステーション建設などで2000年代初めまで世界の宇宙開発をリード。これらは開発から運用まですべて国が行う形、コスト意識が甘く、事故も重なって打ち上げ費用がかさみ、2011年にシャトルは退役。アメリカは自前の有人打ち上げ手段を失った。
その後宇宙ステーションへはロシアの宇宙船に頼らざるを得なくなり、アメリカの存在感は低下。
さらにこの間、宇宙強国建設を目指す中国が、世界で初めて月の裏側に探査機を着陸させたり独自のステーションを計画するなど宇宙進出を強める。中国を牽制したいアメリカとしては、自前の有人打ち上げ手段を確保することが不可欠だった。新型コロナウイルス感染拡大の緊急時にありながらも、国家の優先事項として打ち上げは実施、復権への第一歩。

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この復権の一歩を、世界で初めて民間ベンチャーが成し遂げた点が2つめの意義。
その背景にはアメリカの宇宙人材の層の厚さに加え、NASAの大胆な方針転換。
今回のクルードラゴンを開発したのは起業家のイーロン・マスク氏が立ち上げた宇宙ベンチャー「スペースX」。
その最終目標は火星への移住。
実現には技術と人材、そして資金が必要。
アメリカには長年の宇宙技術とそれを知る人材が豊富。
マスク氏はIT事業で得た資金を元にアポロ着陸船のエンジン技術を応用、NASA出身の技術者や優秀な夢見る若者を集め、ロケット開発に取り組んだ。
ただ当初は失敗も相次ぎ、資金がつきかけたことも。
その時、救いとなったのが民間への移管というアメリカの大胆な方針転換。
宇宙産業を自国の主力産業にする方針が打ち出され、NASAはまず宇宙でも近場の宇宙ステーションへの物資輸送について、資金を出し民間に委託。
スペースXはこれを請け負い、ロケットの1段を再使用する斬新な技術を確立し、コスト削減と技術の蓄積を進める。
続いてNASAは有人分野も民間へ委託。資金出すだけでなく、スペースXを含む2社を競わせることでコスト削減を目指した。
ただ開発途中トラブルも相次ぎ、計画は4年遅れに。
それでも国が開発するより200億ドルの節約になったという。
今後NASAはお客としてスペースXに宇宙飛行士を乗せてもらうことになり、その第一号として8月に予定される打ち上げには日本人飛行士の野口聡一さんが搭乗。
今回はNASAだけでなく民間にとっても大きなメリット。

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スペースXは民間人の宇宙旅行ビジネスにも意欲的。
先月には、映画俳優トム・クルーズさんが宇宙ステーションを訪問して映画撮影する計画が明らかにされ、スペースXのマスク氏も「楽しみにしている!」とコメント。
スペースXは月への旅行も計画しており今後宇宙ビジネスの幅が有人へ大きく広がるかも。
アメリカは民間活用へと大胆に方針を転換しただけでなく、積極的に民間を育成したことで、民間主役の時代が開かれた。

こうした政策には、日本も学ぶべき点。
ここ数年、民間ベンチャーの参入の動きも相次ぐ。

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超小型衛星で撮影したデータを農漁業に利用したり、人工流れ星を作り出すエンタテイメント事業などが計画され、こうした衛星を打ち上げる小型ロケットビジネスなど。
しかし、衛星が動作不良を起こしてビジネスが始められなかったり、エンジンの開発が難航して打ち上げ試験がうまくいかないケースも多く、実際にビジネスが軌道にのったところはほとんどない。

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去年、日本で民間として初めてロケットを宇宙に到達させることに成功した北海道のベンチャー企業も例外ではない。その後の打ち上げ試験に失敗。きょう、この週末に再挑戦することを発表したが、ビジネス開始に時間がかかっている。
苦労しているのは技術や資金。
社員は40人まで増えたが、一人一人の経験が浅いこともあって細かい不具合も多いという。また資金も潤沢ではなく、今回もクラウドファンディングで4000万円集めて打ち上げにこぎ着けた。
会社では2023年以降の超小型衛星打ち上げビジネス参入を目指して新型ロケットの開発も進めるが国の支援が重要。

その点国の政策はどうなっているのか。

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政府の宇宙開発戦略本部は、今月にも改定予定の宇宙基本計画で宇宙産業強化をあらためて打ち出し、現在1兆円あまりの国内市場規模を2030年までに倍増させる目標を初めて掲げることに。
これを受けてJAXA・宇宙航空機構もベンチャーと超小型衛星や実験施設の運用で協力したり、共同研究を行う制度をつくってロケット開発支援に乗り出してはいる。
しかしその範囲は例えばロケットではエンジン部品の開発にとどまるなど、十分ではない。
アメリカを参考に、プロジェクト全体を民間に委託するなどもっと大胆な支援策を打ち出す必要。
例えば、JAXAが年1回程度打ち上げる観測ロケットを全面的に民間に委託することも検討に値する。多くの資金や技術協力がいるが、競争させれば民間による技術開発が加速しコストダウンにつながって、双方にとってウィンウィンの関係になることが期待できる。
今回のアメリカの成功例をきっかけに日本でも民間主役の宇宙利用が進むよう、大胆な支援策を進めてほしい。

(水野 倫之 解説委員)


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