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アメリカ炎上 分断 試練

髙橋 祐介  解説委員

アメリカで黒人男性が白人警察官に押さえつけられ死亡した事件から2週間。人種差別への激しい憤りが各地で炎上し、党派対立は社会を分断。新型コロナウイルスの感染は収まらず、雇用の落ち込みも依然深刻です。アメリカは、こうした折り重なるような試練の果てに、どのような進路を選ぶでしょうか?

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は3つのポイント。
▼抗議デモが拡大した背景、▼新型コロナ感染拡大の影響、▼そして再選をめざすトランプ氏と民主党バイデン氏が対決する大統領選挙の行方を考えてみます。

亡くなった黒人男性ジョージ・フロイドさんの追悼式。抗議デモは週明けも各地で続いていますが、暴力や略奪などの犯罪行為は収まり、人々はひとまず落ち着きを取り戻しつつあるようです。

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中西部ミネアポリスで起きた事件は、なぜ全米で抗議デモが拡大したのでしょうか?

まず警察や司法による黒人への対応に「差別と偏見がある」とする根強い不信感が挙げられます。同様のケースは一向に後を絶ちません。古くは1992年、黒人男性を暴行した白人警察官らに対する無罪の評決をきっかけに起きたロサンゼルス暴動。近年も中西部ミズーリ州で当時18歳の黒人少年が白人警察官に銃で撃たれ死亡した事件が、全米で大規模な抗議デモに発展しています。今回の事件も、現場で撮影された映像がインターネット上に公開され、衝撃と怒りが瞬く間に内外に拡散しました。

人種差別は今なおアメリカ各地にはびこり、とりわけ黒人社会は、仕事や所得水準、教育や生活環境に至るまで“構造的な格差”のもとで不当に虐げられていると言うのです。

そこに新型コロナの感染拡大と閉塞感が重なり、社会不安を増幅した面もあるでしょう。ニューヨーク市のデータにもあるように、黒人は、白人やほかの人種に比べて、新型コロナの感染による死者数の割合が高いとみられているのです。

ただ、一連の抗議デモには、黒人に限らず、人種の違いや世代を超えた参加者も目立ち、デモに共感した警察官がひざまずくポーズをとる姿など、人種差別にはっきり「ノー」と言うアメリカ国民の意識変化が着実に進んでいることも、うかがわせています。

そうした変化をトランプ大統領は、ひょっとして読み誤ったのかも知れません。デモ隊の一部が暴徒化するや、「悪党がデモを過激にしている」「略奪が始まれば発砲が始まる」と威嚇し、力によって混乱収拾をはかる姿勢を鮮明にしました。

法と秩序=Law and Order、抗議デモに加わらない声なき大衆を意味するSilent Majority、いまトランプ大統領が盛んに使うこうした言葉は、かつてベトナム反戦運動と公民権運動の時代、1968年の大統領選挙で共和党のリチャード・ニクソンが保守派の支持固めに使った言葉でもありました。トランプ大統領は、アメリカ国民の結束を呼びかけながらも、分断をいわば利用して、自らの支持基盤に向けて“タフな指導者”を演出した節が見え隠れしています。

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現に、トランプ大統領による対応への評価は、党派の違いによって異なります。アメリカの公共放送によるこちらの世論調査では、大統領による対応が「緊張を高めた」と見る人は、およそ3分の2に上っています。
しかし、党派別に見てみてみますと、民主党支持層では「緊張を高めた」と見る人が圧倒的多数、無党派層でも4分の3近くを占めているのに対し、共和党支持層ではおよそ3割にとどまり、むしろ大統領による対応が「緊張を和らげた」と見る人の方が多いのです。

民主党は、警察官による行き過ぎた取締りを防ぐため、議会に警察改革法案を提出し、党内左派からは警察予算の削減や組織の解体を求める意見まで出ています。
これに対してトランプ大統領と共和党指導部は、「警察は平和な生活を守っている」と反論。今回の事件を受けて、党派対立には、ますます拍車がかかっています。

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秋の大統領選挙でトランプ氏とバイデン氏のどちらを支持するか?世論調査の平均値は、バイデン氏が一貫してリードしてきました。両者の差は今8ポイント。前回の民主党のクリントン候補は、選挙人の獲得数で敗れましたが、総得票数はトランプ氏をおよそ2ポイント上まわりましたから、あの4年前より現在のバイデン氏の方が優位に立っています。

「世論調査など当てにならない」そんな強気の発言とは裏腹に、トランプ大統領にとって痛手なのは、前回競り勝った中西部ミシガン州、ウィスコンシン州、東部ペンシルベニア州などのいわゆる“ラストベルト”や南部フロリダ州、ノースカロライナ州、西部アリゾナ州などの“サンベルト”と呼ばれる激戦州で、今回は軒並み苦戦していることです。
新型コロナ対策で一時上昇した支持率は、感染拡大の長期化につれて再び元の水準に戻り、今回の人種問題をめぐる対応への批判が、追い打ちをかけた形です。

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そうした形勢を挽回するため、いまトランプ大統領が期待をかけているのが、雇用の回復です。先月=5月の雇用統計は、新型コロナの影響で失業率が前の月より悪化すると市場は事前に予測していましたが、ふたを開けてみると、失業率は13.3%と改善に転じるサプライズ。トランプ大統領は「雇用の落ち込みは底を打った」「夏以降はV字回復どころかロケットのような回復で、アメリカ経済は偉大な復活を遂げる」と盛んに喧伝しています。
確かにエコノミストの中にも、アメリカ経済の急回復を予測する人はいますから、トランプ大統領は、逆転勝利に向けて、必ず追い風が吹くはずと考えているのでしょう。

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このため、トランプ大統領は、景気と雇用回復を最優先に、“アメリカファースト”の看板をあらためて前面に立て、外交では中国に対する強硬姿勢を貫いていくことになりそうです。新型コロナの感染を止められなかった責任はどこにあるか?そうアメリカ国民にたずねた世論調査では、トランプ大統領の責任を問う声よりも、中国政府の責任を問う声の方が多いからです。
G7=主要7か国首脳会議を9月に延期して、「ロシアやインド、韓国やオーストラリアも招き、中国問題を話し合う」と、事前の十分な調整もなく唐突に発表し、一部の国々を当惑させました。自らの再選のため外交を国内向けの“政治ショー”に利用することも厭わない場面は、ますます増えるかも知れません。

一方のバイデン氏は、民主党が支持基盤とするマイノリティー票を固めるため、異なる人種間の和解や格差是正を訴えます。「トランプ政権に壊された同盟国との関係を修復する」として、外交では“国際協調”の看板を掲げます。
ただ、具体的な公約は、民主党内で「調整中だ」としています。たとえばバイデン氏は、トランプ大統領のTPP離脱を厳しく批判しましたが、自らの貿易政策は何も明らかにしていないのです。
しかもバイデン氏は、失言も多く、高齢に加えて、過去半世紀近くに及ぶ政治キャリアの中で、誰もが「この人がいたからこそ」と認めるような業績に乏しく、議会での長年の投票行動も首尾一貫性を欠くと批判されています。
しかし良く言えば柔軟にその時々の情勢に応じて態度を変えてきたバイデン氏だからこそ、党内抗争に疲れた民主党員を癒し、大統領候補の座をつかめたのかも知れません。
バイデン陣営は、「トランプ大統領がアメリカの分断を深めた」として、選挙戦を通して“融和”のイメージを打ち出そうとしています。

新型コロナによるアメリカ国内の感染者はいま(現地6月8日現在)196万人、亡くなった人は11万人を超え、政治や経済、社会情勢も“コロナ前”とは一変させました。
この感染がいつ収まるかが大統領選挙の勝敗を大きく左右し、今後のアメリカの進路を決定づけるのは間違いないでしょう。かつてない試練の中で、トランプ大統領とバイデン候補の戦いも、かつてない波乱に満ちたものになりそうです。

(髙橋 祐介 解説委員)


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