安倍総理大臣は、5月25日、緊急事態宣言を全国で解除することを正式に表明し、段階的に社会経済活動を再開していく方針を示しました。こうした中、安倍政権は、いま、批判にさらされています。その背景と今後の課題を探ってみたいと思います。
(ウイルスをめぐる対応への批判)
安倍総理大臣の政権運営に影響を与えているのは、▼新型コロナウイルスをめぐる対応と、▼東京高等検察庁の検事長を務めていた黒川氏をめぐる問題の2つです。
新型コロナウイルスへの対応をめぐり、安倍総理大臣は、5月25日、「強制的な外出規制などを実施できない日本ならではのやり方で、わずか1か月半で、今回の流行をほぼ収束することができた」と述べ、「新たな日常」を目指すとして、段階的に社会経済活動を再開していく方針を示しました。
WHO=世界保健機関のテドロス事務局長は、日本のウイルス封じ込めについて、「成功している」と評価しました。
ただ、NHKが行った5月の世論調査で、内閣支持率が、おととし6月以来、支持と不支持が逆転しました。
そして、政府のこれまでの対応について、「評価しない」と答えた人が53%と過半数を越えました。
批判の中には、感染したかを確認するPCR検査の数がなかなか増えなかったことがあります。野党側は、2月末から検査を受けたくても受けられない事例があると指摘していましたが、安倍総理大臣が、4月末になって「目詰まりがある」と認めました。
第1次補正予算案の編成でも、政府は、与党・公明党との調整に失敗し、予算案を大幅に組み替えるという異例の事態となったほか、対策の柱の1つである10万円の一律給付は手間取っています。
雇用調整助成金も、手続きが煩雑だとの声が相次ぎ、5月28日の時点で、支給されたのは3万2千件あまりで、申請件数の5割ほどにとどまっています。
感染の拡大や経済の先行きに不安が高まる中、対策の内容やスピードの面で、国民の期待に十分、応えきれなかった面があると思います。
(黒川氏をめぐる批判)
次に、東京高等検察庁の検事長を務め、5月、辞職した黒川氏をめぐる問題についてみていきたいと思います。
この問題に対しては、▼政府が、これまでの法律の解釈を変更して、黒川氏の定年延長を決めたのは、適正な手続きを経たとは言えないのではないか、▼強い反対でいまの国会での成立を見送った検察庁法改正案は、内閣や法務大臣が認めれば、検察幹部らの定年延長が最長3年まで可能になることが盛り込まれており、検察の独立性が損なわれるおそれはないのか、▼賭けマージャンをしたとして、黒川氏が懲戒処分より軽い「訓告」を受けたのは、甘すぎる措置ではないかなどの批判が出ています。
野党側は、黒川氏の定年延長や訓告の措置は、前例として残ることから、決定の取り消しを求めるなど、引き続き追及する構えです。これに対し、安倍総理大臣は、黒川氏が辞職したことで、この問題に区切りをつけ、新型コロナウイルスへの対応で実績を重ねることで信頼を回復したいとしています。
ただ、狙い通りに信頼を回復できるかは、不透明です。今回の批判の高まりの背景に、検察庁や黒川氏をめぐる問題に限らない、国民の不満の蓄積がうかがえるからです。
これは世論調査で、安倍内閣を支持しない理由のうち、「人柄が信頼できないから」という項目の推移です。森友学園や加計学園の問題が国会で問題になり始めた2017年2月以降、急速に上がり、2018年6月に54%となりました。これは、歴代の内閣と比較すると際立って高いものとなっており、例えば自民党の小泉内閣では、最も高い数字は29%、民主党政権では、鳩山内閣のもっとも高い時で13%となっています。
国民の厳しい見方が続いていることがうかがわれます。
また、このところ、与党支持層が徐々に安倍内閣の支持から離れる傾向があり、与党幹部からは、「支持率回復は難しくなった」といった見方も出ています。
(揺らぐ「安倍1強」)
こうした状況を受けて、高い支持率と国政選挙での勝利を原動力に、官邸が政治の主導権を握ってすばやく決断し、与党は官邸の方針を支援したり追認したりする、「安倍1強」といわれる政治状況に変化が出てきたという見方があります。4月以降、与党の影響力が増していると思われるケースがみられるようになりました。
検察庁法改正案の取り扱いをめぐって、安倍総理大臣は、水面下の調整で、与党の懸念や助言も受け入れる形で、今の国会での成立の見送りを決めました。
予算案の編成は、官邸が主導権を握ってきましたが、第2次補正予算案では、当初、政府が慎重な姿勢を示していた雇用調整助成金の1日あたりの上限額の引き上げなど、与党側の提案が次々と実現しています。
感染拡大に伴う休校の長期化をめぐって、安倍総理大臣は9月入学も有力な選択肢と意欲を示してきましたが、与党内から公然と慎重意見が出され、慎重な立場に転じざるを得ませんでした。
支持率が低下するとともに、新型コロナウイルスの影響の長期化で、解散に打って出るのは難しいとみられる中、来年9月に自民党総裁の任期を迎える安倍総理大臣に局面を打開する選択肢は限られているとの見方が広がり、求心力の低下が進んでいるとの指摘があります。
(今後の課題)
現在、与党が主導する場面が増えていますが、今後も与党が影響力を増していくのか、それとも、官邸が主導権を取り戻すのか、あるいは野党が支持を集めるのかは、これからの政治課題への取り組みにかかっているといえます。
まず求められるのは、感染の抑え込みと、悪化した経済の再生への取り組みです。
予算案に盛り込まれた対策や、医療提供体制の強化を急ぐとともに、国民の実情を正確に把握して、対策を実現していくことが求められます。
さらに、新型コロナウイルスは経済や社会の構造を大きく変えるとみられていることから、ポストコロナを見据えた議論の着手も求められます。
新たな感染症に備えて政府の体制はどうあるべきなのか、サプライチェーンを含む産業構造はどう変えるべきか、働き方や雇用はどう変わるのかなど、10年後、20年後を見据えた経済や社会の在り方について、政府内での本格的な検討はこれからです。
与党内でも、岸田政務調査会長や石破・元幹事長が、ポスト安倍に意欲を示していますが、存在感を十分、発揮できているとはいえません。一方の野党側も、立憲民主党の枝野代表が政権構想の私案を発表しましたが、野党各党を巻き込む形にはなっていません。
こうした点について積極的に議論を行い、国民に方向性を示すことができるかが、これからの政治状況にも大きな影響を与えるとみられます。
(まとめ)
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、「安倍1強」といわれる政治状況に変化が生じているとの見方が出る中、政治は大きな岐路に立っています。
喫緊の課題に向き合いつつ、ポストコロナに向け、どれだけ先手を打っていくことができるのか。安倍総理大臣だけでなく、与野党に投げかけられた課題です。
(梶原 崇幹 解説委員)
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