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「新型コロナウイルス アメリカ再生への苦闘」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員

新型コロナウイルスの危機から“出口”を模索して苦闘しているアメリカ。トランプ大統領が国家非常事態を宣言してから2か月あまり。一部の州では、経済活動を再開する動きも出始めています。当面の課題と見通しを考えます。

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解説のポイントは3つ。▼アメリカ国内の感染の現状。▼次に、ニューヨーク州のケースを例に外出制限を安全に解除するための基準。▼そして、トランプ大統領が追及の矛先を向ける“中国責任論”の行方です。

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まず感染の現状からです。ジョンズ・ホプキンス大学のまとめによりますと、これまでにアメリカ国内で確認された感染者は1,417,889人。亡くなった人は85,906人。いずれも世界の国や地域別で最も多くなっています。心が痛くなるような数字ですが、感染者が増加するスピードは、一時に比べて鈍ってきているのは確かです。

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感染の分布を全米50の州ごとに地図で色分けするとこうなります。状況が最も深刻なのは、感染者が34万人を超えた東部ニューヨーク州。次いで14万人を超えた隣のニュージャージー州。また、赤色で示した25の州も、それぞれ1万人を超える感染者が確認されています。

感染の拡大を防ぐため、不要不急の外出を制限する行政命令は、各州の知事が判断します。経済活動の早期再開をめざすトランプ大統領は、外出制限を解除するための指針を示し、各州を後押ししています。すでに32の州で、外出制限が部分的に解除され、そのほかの州でも近く解除が検討されています。与党・共和党系の州知事は制限解除に前向きなのに対し、野党・民主党系の州知事は慎重な傾向にあることもうかがえます。

では、具体的に新たな感染を抑えながら、どのように経済活動を再開できるでしょうか?感染拡大が最も深刻だったニューヨーク州のケースを見てみましょう。一時は医療崩壊に陥りながら「最悪の時期は脱した」とするニューヨーク州は、きょう(15日)、これまで州内に一律に科してきた外出制限の期限を迎えます。

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経済活動を再開するため、ニューヨーク州が定めた計画がこちらです。
まず、1人の感染者が平均で何人に感染させるかを示す“実効再生産数”が1.1以上になっていないことが前提です。
その上で、▼入院患者数や死者数が14日間連続して減少していることや▼再び感染者が急増する事態に備えるため、病院や集中治療室の空き病床が30%以上確保されていること、▼さらに検査態勢から▼感染者と濃厚接触者を追跡調査する要員の確保に至るまで、細かい数値目標を盛り込んだ“7つの基準”をすべて満たさなければなりません。
州内の地域ごとに毎日データを照合して公開し、段階的に制限を緩和していく仕組みです。

再開を認められる業種も、感染リスクの大きさに応じて、4つの段階に分けられています。▼第1段階は建設や製造業、▼第2段階が金融や保険、小売や不動産業、▼第3段階がレストランやホテル、▼第4段階が学校などの教育機関や芸術、娯楽産業となっています。ひとつの段階から次に移るには、それぞれ14日間の経過観察が必要です。
いわゆる第2波の襲来を警戒し、経済活動の再開に、いわば非常ブレーキを設けているのが特徴です。

ニューヨーク州内の経済活動がすべて再開されるまでには、相当な時間がかかるでしょう。クオモ知事は、住民に情報公開を徹底し、明確なゴールを共有することが、この危機を乗り切るためには欠かせないと指摘します。

クオモ知事の発言「「われわれは、ほかのどの州でもやっていない議論を透明化して再開を進めていく。住民が理解して参加してこそ対策は有効になるからだ」

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ただ、経済活動の再開に向けて、このニューヨークほど慎重を期している州は、ほかにほとんどありません。このため、「感染の第2波がいつどの州に来てもおかしくない」そうした可能性を多くの専門家が警告します。
トランプ政権の感染対策チームの主要メンバーで、国立アレルギー・感染症研究所のファウチ所長は、議会公聴会で「制限緩和の判断を早まれば深刻な結果をもたらす」と証言し、警鐘を鳴らしました。拙速に経済活動を再開すれば、「犠牲者を増やすだけでなく、アメリカ経済の復興にも影響しかねない」と言うのです。
ところが、トランプ大統領は、そうしたファウチ所長の発言は「受け入れられない」と述べました。経済活動の早期再開をめぐり、大統領と専門家との間に意見の隔たりが表面化しています。

トランプ大統領にはどんな事情があるでしょうか?

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こちらは、トランプ大統領による新型コロナウイルス対策を支持するかどうか?アメリカABCテレビの世論調査をグラフにしたものです。
国家非常事態を宣言した3月13日以降、緑色の支持が上昇して赤色の不支持を上まわり、史上最大の2兆ドル規模の経済対策法に署名した頃は50%を超えていました。ところが、外出制限が長期化し、経済への打撃が大きくなるにつれ、支持する意見はじりじり下降し、不支持を再び下まわっていることがわかります。
大統領の頭上には、暗雲も垂れ込めています。先月のアメリカの失業率は14.7%と、統計を取り始めて以来、最悪の水準となり、今月の失業率はさらに悪化が予想されています。
秋の大統領選挙をにらんで、「一刻も早く経済活動を再開し、雇用と経済のV字回復をはかりたい」そんな焦りが大統領を前のめりに突き動かしているのでしょう。

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そんなトランプ大統領が今、非難の矛先を向けているのが中国です。「新型コロナウイルスは中国・武漢にある研究所から広がった可能性がある」「中国はひどい間違いを犯したが、それを認めず隠蔽を試みた」そうした発言をくり返し、中国が当初、詳しい情報を隠した結果、ウイルスが世界にまき散らされたとして、責任を追及しています。

アメリカ議会でも与党・共和党議員から中国に対する新たな制裁法案が提出されています。新型コロナウイルスの感染拡大の経緯について、中国に「説明責任」を求め、それに応じないなら、中国の当局者の資産凍結や渡航制限、中国企業の上場禁止などの制裁を科すと言うのです。

「トランプ大統領が対応を誤り、感染を拡大させた」とする野党・民主党陣営からの批判をかわし、みずからの強硬な対中外交を大統領選挙の争点にする狙いも見え隠れています。

中国は猛反発しています。しかし、ウイルスの発生源と疑われる武漢で何が起きたのか?専門家による客観的な検証で、国際社会に事実を明らかにすることは最低限必要でしょう。
ただそうしたトランプ大統領による中国への責任追及を、単なるスケープゴートに終わらせてはなりません。米中関係のさらなる悪化が世界経済の復興を遅らせることも心配です。

いま米中両国は、治療薬とワクチン開発にしのぎを削っています。アメリカでは、国民の命を守る医薬品や医療機器、マスクなどの製造に至るまで、中国に過度に依存してきたことを率直に反省する気運も生まれています。新型コロナウイルスは、国際社会のパンデミックへの備えのなさを無残に露呈させました。アメリカは感染を制御できるのか?再生への苦闘は、さらに長引くことになりそうです。

(髙橋 祐介 解説委員)

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