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広がる一国主義 求められる国際協調

二村 伸  解説委員 石川 一洋  解説委員

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、多くの国が国境を閉じ、欧米では都市封鎖などを行って企業活動や市民生活を厳しく制限しています。国内の対応に追われて世界はこのまま内向き志向を強めるのか、それとも国際協調のもとで危機を乗り越えることができるでしょうか。感染が急速に広がったヨーロッパと、その波が押し寄せているロシアの現状をもとに考えます。

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(二村)ヨーロッパの感染の震源地と言われるイタリアで最初に感染が確認されたのは1月30日。観光で訪れていた中国人夫妻でした。翌日には緊急事態宣言が出され、中国との航空機の乗り入れが停止されました。素早い対応でしたが、2月になって感染者が急増し、3月末には10万人を突破、死者は1万人をこえました。その後スペインやドイツでも感染者が10万人を超えました。

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(石川)中国からヨーロッパに感染が拡大したことが第二の波となりました。何故先進国のヨーロッパで感染が拡大したのでしょうか?

(二村)当初ヨーロッパは対岸の火事と見ていました。ヨーロッパ委員会のフォンデアライエン委員長は危機を過少評価していたと述べています。イタリアは中国と結びつきが強いことと感染症に無防備だった病院に突然感染者が駆けつけたことが急激な拡大を招いたと見られています。亡くなる人が多いのは日本に次ぐ高齢化社会であることが指摘されています。そして、EUの大原則である自由な移動がこれだけの速さと規模でヨーロッパ全域に広がった原因と言えるでしょう。

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ロシアの状況はどうなっているのでしょうか。

(石川)中国には、プーチン大統領は素早く対応、二月終わりまでは感染者はわずか二人という状況でした。発生が距離的に離れた内陸の湖北省だったこと、真冬で観光シーズンでなかったことも幸いしました。
しかし先月2日イタリアから帰国した旅行者に感染が確認されてから、急増、13日までのまとめで感染者数は18328人、一日で2500人以上増加しました。死者は148人と日本とほぼ同じ、深刻さは増しています。

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先月24日感染症予防の中心的な病院を視察するプーチン大統領です。その後国民にこう呼びかけました。「誰も自分は関係ないと思わないでほしい」
「私には関係ないと思うな」と警告する大統領、ところが大統領を案内した病院の院長が感染していることが判明しました。大統領さえも濃厚接触者となる。このことが大きなショックを与えました。

(二村)警戒しながらなぜヨーロッパからの感染を防げなかったのですか?

(石川)まさかヨーロッパからとは思わず対応が遅れました。

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イタリアからの渡航を禁止したのが3月11日です。その間北イタリアやスイスなどのスキーリゾートにはロシアからの観光客が押し寄せていました。プーチン大統領はロシアになじみの薄かったアルペンスキーをソチ五輪に向けて広め、今や富裕層を中心に一大ブームとなりました。そして冬のリゾート地から持ち込まれたウイルスが首都モスクワを直撃しました。ロシアの感染者の3分の2近くがモスクワです。不夜城と呼ばれるモスクワのナイトライフを通じて瞬く間に拡大したのです。僅かな油断が感染の急速な拡大を招く、日本も教訓とすべきでしょう。

(二村)ヨーロッパ各国では日本よりも厳しい措置がとられました。

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イタリアやフランスは全土で外出を原則禁止し食料品や薬の販売以外の店を閉鎖しました。ドイツは3人以上の集まりを禁止し全ての飲食店の営業を停止しました。違反者には罰金を課すなど自主性と個人の権利を重んじてきたヨーロッパで前例のない厳しい措置です。何としてでも感染拡大を防ぐのだという政治判断です。ここにきてようやく拡大のスピードが鈍化し始め、オーストリアやイタリアでは明日14日から一部の店の営業が再開されます。イタリアのコンテ首相は「ウイルスと共存しながら対策を打ち出す第二段階だ」としています。厳しい制限の効果が表れ始めたともいわれますがまだ楽観はできません。明確な出口戦略がないだけに当面様子を見ながらの対応となりそうです。ロシアの対応はうまくいっているのでしょうか?

(石川)プーチン政権にとって首都モスクワが直撃されたことは大打撃です。
モスクワはまさに政治経済の中心で特別な存在です。モスクワの感染拡大を抑えるために、市民全員に厳しい自己隔離を命令し、意図的に感染を広げたものには刑事罰を科す刑法改正を行いました。12日からは警察官が街頭の至る所に立ち、取り締まりをさらに強化しました。しかし感染者の伸びは止まりません。不安は地方の都市でも感染が拡大していることです。地方の医療体制は脆弱で、モスクワは耐えられても地方では医療崩壊が起きかねません。

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ポストプーチンに向けて自らイニシアチブをとるプーチン戦略が根底から揺らいでいます。ロシアは、日本と異なり常に戦争への準備をしている国で、市民防衛というソビエト以来の全面戦争に対処するシステムもあります。しかしウイルスは姿の見えない内なる敵です。プーチン大統領も、全外国人の入国を禁止する鎖国状態で対処するしかありません。プーチン大統領が練り上げた憲法改正の国民投票は延期。各国首脳を招くはずの5月9日の第二次大戦戦勝記念75周年式典も開催されるかどうか不透明です。

(二村)いま各国指導者の力量が問われているように思います。ドイツのメルケル首相は国民向けにテレビ演説し、「第二次世界大戦以来最大の挑戦だ」と述べ、試練を克服することが全国民の任務だと訴えました。フランスのマクロン大統領は「戦争状態だ」として国民の結束を呼び掛けました。厳しい制限の一方で国民に自らの言葉で語りかけ、企業や労働者の損失を補う措置も次々と発表しました。イタリアでは休業を強いられた企業の給与を政府が補填、イギリスは賃金の80%、フランスやスペインは賃金の70%まで政府が補填、ドイツも3か月間で106万円から180万円の給付が打ち出されました。危機のときこそ迅速な対応が必要だからです。
ただどこも国内対策に手いっぱいで各国の連携は不十分です。イタリアやスペインなどが資金調達のための共同債権いわゆる「コロナ債」の発行を求めているのに対し、ドイツやオランダは財政規律が緩むとして反対し、EUの南北の亀裂を浮き彫りにしました。一方でイタリアやセルビアなどには中国から大量のマスクや医療チームが送られマスク外交を展開する中国への評価が高まっています。ロシアの動きも活発です。自国優先主義、排外主義が広がり、イギリスが離脱した今こそEUの連帯が求められますが、求心力の低下は否めません。

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(石川)新型コロナウイルスは、グローバル化によって全世界に広がりました。それへの対応は各国が国を閉ざすことで対応しました。グローバル経済が新型コロナウイルスによってバラバラになったのです。一国主義が全世界に拡大したのです。このウイルスの感染拡大が終息したとき、果たしてどのような世界が訪れるのでしょうか。百年前第一次大戦の最中、スペイン風邪が荒れ狂った後、列強はそれぞれの国益を追求する道に走りました。今回は終息を目指して国際協調が復活すると願いたいところです。

(二村)スペイン風邪は最初にアメリカで流行したあとヨーロッパ、そして世界に広がったといわれ、終息まで2年かかりました。当時はイギリスが覇権を握っていた時代ですが、2度の戦争を経てやがてアメリカ主導の世界に変わりました。中国から世界に広がった今回の危機でアメリカは中国と非難の応酬を続けています。この状況は世界の混乱を助長し、既存の秩序を変えうる危うさをはらんでいるだけに、国境をこえた連帯が今こそ必要ではないでしょうか。

(二村 伸 解説委員 / 石川 一洋 解説委員)


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