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新型コロナ 緊急事態宣言 雇用を守れ

竹田 忠  解説委員

東京都の小池知事が
きょう、休業要請に踏み切ることを発表しました。
緊急事態宣言の発令に伴う、初めての措置です。
もうまもなく午前0時から、休業要請がスタートします。

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では、そうやって休業することになる職場や、
店舗で働いている人たちの
今後の雇用や、賃金はどうなるんでしょうか?
そこが、きょうの問題です。

【 ポイント 】
今回のように勤め先が休業することになった場合、
まず必要になるのが休業手当です。

ところが、気がかりなのは
緊急事態宣言が出たことによって
企業が休業手当を払う義務が免除される可能性が出てくる、という議論が、
今、専門家の間で起きています。
国会でも取り上げられました。
なぜ、こういう議論が出てくるんでしょうか?

そして、すでに感染拡大の影響で、
休業している職場の労働者からは
休業手当が受けとれない、
そういう悲痛な訴えが労働組合などに相次いでいます。

では、こうした中、
政府には、どういう対応が求められるのか?
考えてみたいと思います。

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【 休業手当とは? 】
まず休業手当とは
どういうものでしょうか?

景気の悪化などで、仕事が減った時、
解雇をせずに、雇用をつなぎとめるために
重要な役割を果たすのが、この休業手当です。

労働基準法では、
会社の都合で従業員を休ませる場合は
会社は、休業手当として
平均賃金の60%以上を払うことが義務づけられています。

法律では、60%以上となっていますが、
実際には、大手の企業では、ほぼ100%、
つまりいつもの賃金とほぼ同額のお金を
休業手当として出している例も多くあります。

しかし、中小企業の場合は
なかなかそうはいきません。

そこで重要になってくるのが
この休業手当の一部を国が補助する
雇用調整助成金の存在です。
通常は休業手当のうち、
▼大企業なら2分の1
▼中小企業なら3分の2をこの助成金で補助します。

しかし、今回、政府は
深刻な危機に備えた特例措置として
一人も解雇しないことを条件に
大企業は4分の3
中小企業は10分の9に、
助成する割合をそれぞれ引き上げるとしています。
雇用が脅かされている今、それだけ休業手当の重要性が
増しているわけです。

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【 「会社の都合」とは? 】
ところが、この休業手当をめぐって、今、
気になる議論が起きています。
それは、緊急事態宣言が出されたことで
その対象の自治体では、
結果的に休業手当の不払いが
増えるのではないか、という議論です。

なぜ、こんな議論が生まれるのか?
それは、休業手当の仕組みにあります。
そもそも休業手当とは
「会社側の都合」によって休業する場合は、
会社側がその責任において
従業員の生活を最低限保障するために
休業手当を払うべきだ、というものです。

カギは、この「会社側の都合」という理由です。
実は正確には
「使用者の責に帰すべき事由」というのが法律上の用語ですが、
わかりやすく「会社側の都合」と言い換えて説明されることが多いので、
ここもそれにならいたいと思います。

では、どういう場合が会社側の都合にあたるのかというと、
生産調整で工場をとめたり、
親会社の経営難で、操業できなくなったり、というような場合が、
この「会社側の都合」にあたります。

ということは、言い換えますと
「会社側の都合」とは言えない場合には、
休業手当を払う義務がなくなる、と解釈することができます。
実は災害時などがこれにあたります。
実際に東日本大震災の時に
多くのケースでこの解釈がとられました。

では、今回の緊急事態宣言はどうなんでしょうか?
新型コロナウイルスは、まさに災害と同じではないのか?
その感染拡大を食い止めるために、
政府が緊急事態宣言を出し、
それに伴って、知事が休業要請を行う以上、
要請された企業は、NOと言えるのか?
従うしかないのではないか?
だったら、この場合はもう、会社側の都合とは言えず、
休業手当を払う義務もなくなる、そう解釈すべきではないか、
という理屈なわけです。

これはなかなか難しい問題です。
どう考えるべきか?
弁護士や社労士など、専門家の様々な意見が
ネットなどで紹介され、国会でも議論されました。

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ただ、これについては、
先日、加藤 厚生労働大臣が会見で、
このように政府の見解を述べました。
「緊急事態宣言が出されても
一律に義務が免除されるわけではない」
そう述べてクギをさしたわけです。

つまり、たとえば会社のオフィスで
仕事ができなくなったとしても
社員が在宅で勤務をしたり、
別の場所で仕事をしたり、というようなことが
会社として工夫できなかったのかどうか、
本当に不可抗力と言えるのか、総合的に判断すべきだ、というわけです。

早い話しが、緊急事態宣言が出たからといって
休業手当を払う義務が免除されるようなケースは
あくまでも限定的なケースだ、という意味だと思われます。

しかし、そうは言っても、
企業によっては
解釈に違いが出てくることも懸念されます。
休業手当が規定されているのは
労働基準法という労働者を守るための法律です。
趣旨にのっとって
政府として、さらに具体的な説明が必要になってくると思います。

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【 休業手当がもらえない 】
休業手当をめぐって、もう一つの問題は
今、全国の労働組合や支援組織のもとに、
非正規で働く人たちなどから
休業手当が受けられない、という
悲痛な訴えや相談が相次いでいることです。

たとえば、
「会社に突然、休むようにいわれたが、
休業手当を払ってもらえない。」

「会社からは、国の助成金を使って休業手当を出すと言われていたのに、
その後、申請の書類が膨大で、手続きができない。
なので手当も出ないと言われた」

「会社が休業手当を出そうとしない。
国に直接求めることは、できるだろうか?」

こういった、切実な相談が数多く寄せられています。
ここで確認をしておきたいんですが、
会社が社員を休業させる場合、
さきほど触れたような特別な事情でもない限り、
休業手当を出すことは、会社の義務です。
ですから、ここで紹介したような相談は、
いずれも法律に違反するおそれがあります。
疑問がある場合は、最寄りの労働基準監督や都道府県の労働局
それに労働組合や弁護士などに相談すべきだと思います。

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また、その一方で、
実は企業や経営者からも
この休業手当をめぐって
悲鳴にも似た苦情があがっていることも事実です。

それは、せっかくの雇用調整助成金を
申請しようとしても
さきほどの相談にもあったように
申請書類の数があまりに多く、煩雑で
準備に手間がかかりすぎる。
そのうえせっかく申請しても、
支給されるまで2か月以上かかるため、
小さな会社では、それまで体力が持たないというのです。

政府は、申請書類の簡素化や
審査期間の短縮に取り組んでいるとしていますが、
今は時間との闘いです。
さらに急ぐ必要があります。

雇用情勢は急速に悪化していて、
社員の大量解雇や、一時帰休のニュースが
連日のように伝えられています。

先月28日、安倍総理大臣が、会見で述べた言葉で
この解説を締めくくりたいと思います。
「経済で一番大切な使命は、雇用を守ることだ」。

(竹田 忠 解説委員)


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