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南海トラフ地震~難航する避難計画づくり

松本 浩司  解説委員

南海トラフ巨大地震に備えて、市町村は事前の避難計画づくりを進めていますが難航しています。背景には、「災害への警戒」と「社会の機能維持」のバランスをどうとるのか、という今の新型コロナウイルス対策にも通じる、難しい判断が市町村に委ねられている事情があります。この問題を考えます。

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解説のポイントは
▼市町村に委ねられた計画づくりはどういうもので
▼なぜ難航しているのか
▼見えてきた市町村の“ばらつき”をどうするのか、この3点です。

【市町村に委ねられた計画づくり】
<VTR>
南海トラフ地震は、東海から九州沖を震源域とする巨大地震です。
30年以内に7~80パーセントの確率で発生し、最悪の場合23万人が死亡するとされています。

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100年から150年ほどの間隔で繰り返されていて、震源域全体で発生したケースと、半分ずつ発生したケースがあります。
過去、半分ずつ起きたときの間隔は2日から2年ですが、続けて起こるのかどうか確かなことが言えないため、半分で起きたあとの警戒態勢が大きな課題になってきました。

この場合、国は残り半分の領域について「地震発生の可能性が相対的に高まっている」という「臨時情報」を出すことにしました。
そして「住民に1週間程度、事前に避難してもらう」というガイドラインをまとめ、自治体に対し、事前に避難が必要な地域を決めてこの3月末をめどに防災計画を作るよう求めていました。

【なぜ難航しているのか】
計画づくりはどこまで進んだのか、NHKは2月に関東から九州にかけての139の自治体にアンケートを行い、130自治体から回答を得ました。

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その結果、計画策定が期限に間に合わないという自治体が64、全体のおよそ半数にのぼりました。
どんな作業に時間がかかっているのかを尋ねると
▽「事前に避難が必要な地域の設定」が19パーセントと最も多くなりました。

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地域の設定はなぜ難しいのでしょうか。
国はガイドラインの中で対象地域の考え方を示しています。
「地震発生から30分以内に30センチ以上の津波がやってくる地域」で「地震が発生してから避難を始めたのでは逃げ切れない地域」というものです。

解釈の幅があることから高知県などはより具体的な目安を示しました。
まず「30分以内に30センチ以上の津波が来る地域」を示します。
そのうえで津波避難タワーや高台の避難場所を中心に、津波が来るまでに歩いてたどり着く範囲つまり避難が間に合う範囲の円を描きます。どの円からも外れてしまうところが逃げきれない地域で、事前の避難を必要とするというものです。

だた、これはあくまで目安で地域の指定は市町村に任されています。現地を調査したり、住民の意見を聞いたりして地域の事情を考慮する必要があり、時間がかかっています。小さな自治体は担当職員が少なく「負担が重すぎる」という声もあがっています。

【市町村の“ばらつき”をどうする】
市町村にとってもうひとつ難しい問題があります。「住民の命を守るための警戒」と「社会の機能維持」のバランスをどうとるのか、という難しい判断を迫られていることです。

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高知県では19の市町村が地域の検討を求められました。このうち12の市町までが、事前に住民の避難が必要な地域を決めましたが、自治体によってバラバラで大きな違いが生じていることがわかってきました。

「避難勧告」やさらに強く避難を求める「避難指示」、それに高齢者などだけに避難を呼びかける「避難準備情報」とまちまちで、その範囲も市町の全域に出すところと一部だけに出すところがあり、整合性が取れていないのです。

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例えば、高知市は沿岸のごく一部の地域に「避難勧告」を出すことにしました。国や県のガイドラインよりは広めですが、「中心市街地をはじめ市の大部分は津波到達まで時間があるので事前避難の必要はない」と判断したのです。

一方、隣の南国市は市内の広い範囲に、命令に準ずる強さで避難を求める「避難指示」を出すことにしました。それ以外の地域も全域でお年寄りなどに避難を呼びかけます。
津波の到達時刻や範囲は高知市と大きくは変わりませんが、より安全を重視した形です。担当者は「市民、特にこどもの命を守るためには日常生活や経済活動が1週間制約されても事前避難をすべきと判断した」と説明しています。

ただ南国市から高知市に通勤・通学している市民は多く、対応が異なることで混乱を招く恐れがあります。今回の新型コロナウイルスへの対応でも隣接する府県の知事が移動自粛をめぐって反目したり、感染状況は変わらないのに自治体によって警戒の呼びかけが違ったりして市民を困惑させました。
特に困っているのは交通機関です。鉄道やバスが両市にまたがって走っていて、南国市で避難指示が出れば、何も出ていない高知市内の線区までの運転休止を検討しなければなりません。また高知空港も避難指示の対象で空港スタッフは避難しなければなりません。

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同様の問題はほかでも起きています。県西部の黒潮町は南海トラフ地震で最も高い34メートルの津波が予想されていますが、避難タワーを整備し避難訓練も徹底しているとして「避難勧告」は出さずに「避難準備情報」にとどめ高齢者などだけに事前避難を求めることにしました。隣の四万十市は沿岸に「避難勧告」を出すことにしていて、市の担当者は「市民から問い合わせや苦情が殺到し、混乱が起こるのではないか」と心配しています。

この問題をどう考えたらよいのでしょうか。

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そもそも避難対象地域を市町村が決めることになったのは、
▽「地震発生の可能性が相対的に高まっている」という不確かな情報で国から一律の対応を指示することが困難だったことや、▽地域ごとの事情を考慮する必要があるというのが理由で、市町村ごとに多少の違いが出てくることは想定されていました。
しかし大きなばらつきが出れば、住民が戸惑い、混乱を招く恐れがあります。
NHKのアンケートでも市町村の担当者から▼自治体ごとに対応が異なることを心配する声や、▼国や県による統一的な基準づくりを求める声が多くあがっています。

市町村ごとの事情を十分に考慮したうえで、少なくともひとつの県のなかでは統一的な基準に基づいて整合性のとれた避難エリアが設定されるよう、さらに議論を重ねるべきでしょう。市町村で「違い」が生じる場合も、きちんと説明がつく「違い」でなければなりません。その理由を住民に十分説明し理解してもらう必要があります。そして国は自治体まかせにせず、ガイドラインを補足するなど一歩前に出て、調整や助言をする責任があります。

新型コロナウイルスはもはや「大災害」となっていて、感染拡大を食い止めるための「警戒」と社会・経済活動を「維持」することのバランスをどう取るのか、今、厳しい選択を迫られています。南海トラフ地震の臨時情報が出たときには同じ課題に直面することになります。そして、それは決して遠い将来ではありません。国や自治体は、ウイルス感染で表面化した課題も教訓にして計画の取りまとめと住民への周知を急いでもらいたいと思います。

(松本 浩司 解説委員)


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