NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「米軍アフガニスタン撤退開始 和平への険しい道のり」(時論公論)

二村 伸  解説委員

アメリカの同時多発テロ事件から18年と6か月、「アメリカ史上最も長い戦争」と呼ばれるアフガニスタンへのアメリカの軍事介入が新たな局面を迎えています。敵対していたアフガニスタンの反政府勢力タリバンとの和平合意を受けて今月10日アメリカ軍部隊が撤退を開始しました。その背景には大統領選挙に向けたトランプ大統領の思惑が透けて見えます。しかしそれがアフガニスタンの和平と安定につながる保証はありません。むしろ最悪のタイミングだという声も聞かれます。和平合意から1か月、アメリカ軍撤退の影響と和平への課題を考えます。

j200331_1.jpg

今月10日、アフガニスタンに駐留するアメリカ軍の報道官は、部隊の撤退を開始したと発表しました。兵士1万3000人の完全撤退への第一歩です。しかし、現地では祝福よりも不安の声に包まれました。今はその時期ではないというのがその理由です。

アメリカ軍撤退の前日、首都カブールでガニ大統領の2期目の就任式が行われました。各国の外交団を前に大統領は「ライバルもここに来て、一緒に国のために尽くすべきだ」と述べ、国の再建に取り組む意欲を示しました。
その数分後、同じカブール市内でもう一つの大統領就任式が行われました。ガニ大統領のライバル、アブドラ氏が大統領選挙の勝者は自分だとして支持者を前に就任式を行ったのです。アブドラ氏は「不正な選挙結果を認めれば国の国民主主義は終わりだ」と述べました。

j200331_3.jpg

去年9月に行われた大統領選挙は、不正な投票があったとして票の数え直しとなり、ようやく先月ガニ氏の当選が発表されました。しかし、アブドラ氏はこの結果を受け入れず、独自の政権樹立を表明しました。2人は前回2014年の選挙でも激しく争い、1回目の投票ではアブドラ氏がトップだったものの決選投票でガニ氏が逆転勝利し大統領に就任、負けたアブドラ氏は政権ナンバーツーの行政長官に就任しました。2人の指導者が同時に大統領就任を宣誓する異常事態はまさにアフガニスタンの分裂と政治の混乱を象徴しています。先週現地入りしたアメリカのポンペイオ国務長官の仲介も不調に終わりました。

もう一つの問題はタリバンとの平和的共存が可能なのか、という点です。
アフガニスタンは建国以来一度も平和が訪れたことがないといわれます。

j200331_5.jpg

▼1979年にソビエト軍が侵攻、アメリカが支援する戦士・ムジャヒディンとの壮絶な戦いの末、ソビエト軍は89年に撤退を余儀なくされました。
▼1996年にはタリバンが政権を握り、娯楽や女性の教育・就労を認めない急進的なイスラム主義政策を推し進めました。
▼そして2001年、同時多発テロ事件の首謀者オサマ・ビン・ラディンをかくまったとしてアメリカが軍事介入し、タリバン政権を崩壊させました。
自由を取り戻したことを喜び合う市民の表情は今も印象に残っています。しかし、それも束の間でした。治安はいっこうに改善せず、政治腐敗は深刻で市民の暮らしぶりも良くなりませんでした。国民の政治への不信が強まり、タリバンが支配地域を急速に回復、政府の統治下にあるのはこれらの地域、国土の3分の1程度にすぎません。政府が分裂し混乱収拾の見通しが立たない中でトランプ大統領は一部の反対を押し切ってタリバンとの和平合意に踏み切ったのです。

アメリカとタリバンの和平合意内容です。

j200331_6.jpg

・第一段階として135日以内にアメリカ軍の兵力を8600人まで削減、つまり駐留する兵士の4割を7月までに撤退させる。
・タリバンが合意を守れば合意署名から14か月以内、来年春までに全兵士が完全撤退する。
・タリバンはアメリカと同盟国の安全を脅かすテロ組織と協力しない。
・アフガニスタン政府は最大5000人、タリバンは最大1000人の捕虜を3月10日までに解放、
・両者が和平に向けた協議を始めることになっています。

秋の大統領選挙に向けてアフガニスタンからの撤退を最大の成果にしたい、これがトランプ大統領の狙いです。一方のタリバンにとって宿敵アメリカから交渉相手として認められ、アメリカ軍の撤退に加えて捕虜の交換も勝ち取ったのは大きな収穫です。政権奪還の道も開かれ、今回の合意をタリバンの勝利と見る専門家もいます。

j200331_7.jpg

しかし、合意から1か月、和平の道筋は見えません。アフガニスタン政府とタリバンの捕虜の交換が進まないからで直接対話も実現していません。そもそもアフガニスタンの将来を決るのであれば当事者のアフガニスタン政府も交えて交渉すべきで、アメリカが大統領選挙を前に交渉を急いだ感はぬぐえません。アフガニスタン政府内の権力闘争は終わるのか、一方タリバンは過激派組織と手を切ることができるのか、また組織内の強硬派を抑えられるのか疑問視する見方もあります。国連が統計を取り始めた2009年以降の10年間にテロや戦闘の犠牲になった市民は3万人に上っています。また、アフガニスタン治安部隊の犠牲者は6万人をこえ、タリバンなど反政府側も4万人以上が犠牲になったといわれ、双方の不信感は根強いものがあります。和平合意後もタリバンや過激派の攻撃は止まりません。
新たな問題も持ち上がっています。新型コロナウイルスはアフガニスタンでも広がり続け、すでに120人の感染が確認されています。治安の悪化に加えて医師や薬の不足は深刻で和平の障害にならないか懸念されます。

ではアメリカ軍の撤退後に何が待ち受けているでしょうか。
タリバンの兵士は6万人といわれ、最大の収入源は麻薬の生産と密輸です。アメリカ軍の撤退後タリバンによる恐怖政治が復活するのではないか、また、IS・イスラミックステートなど過激派のテロが頻発するのではないかといった不安の声も聞かれます。去年12月、医師でNGOの現地代表、中村哲さんが何者かによって銃撃され死亡する痛ましい事件が起きましたが、事件の背景などはいまだにわかっていません。多民族国家アフガニスタンは、地方の軍閥などが群雄割拠し、1つにまとまることが難しいだけに内戦再燃の可能性もゼロではありません。

j200331_8.jpg

アフガニスタンを再び戦乱とテロの温床にしないためには、歩み寄りと和解が不可欠です。そのうえで、統治機構の整備や治安部隊の育成と同時に、経済の底上げを図り、市民が安心して暮らせるような国づくりを国際社会が後押ししていくことが必要です。それには日本の役割が小さくありません。インフラの整備や農業・教育・保健医療などの支援と人材育成、それに元兵士の社会復帰などこれまでの日本の取り組みは一定の評価を得てきました。平和プロセスを進めるための政治的な関与も重要です。

去年10月に亡くなった緒方貞子さんは、かつて復興支援の会議で、アフガニスタンの兵士たちが剣や銃の代わりに鍬を手に土地を耕し始めることを一緒に望みましょうと述べました。鍬を手に汗を流す人々を後押しすることが、アフガニスタンの自立を促し、世界のテロの脅威をやわらげることにつながるからです。和平実現への長期的な戦略のもと国際社会全体でアフガニスタンを見守り続けることがこれまで以上に重要だと思います。

(二村 伸 解説委員)

キーワード

関連記事