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「農業の新基本計画 次世代の農家を育てられるか」(時論公論)

合瀬 宏毅  解説委員

農林水産省の審議会は昨日、今後10年間の我が国の食料、農業政策の指針となる基本計画をまとめました。
私たちの食卓を巡っては、世界の人口増加や地球温暖化、それに今回のような新型コロナウイルスなどで、不安定さはますばかりです。この不安定さを補う、国内の生産体制の強化、とりわけ次の世代の育成が大きな課題となっています。
新たな基本計画を通して、日本農業に求められるものについて見ていきます。

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政府が5年ごとに見直す基本方針、今回はとりわけその内容に注目が集まっていました。
というのも、日本農業、国民に食料を供給できる最低ラインにまで落ち込んでいるからです。

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その弱体化を象徴するグラフがあります。これは国内で農業生産に従事する人の数を示した物です。2019年の農業就業者は164万人と、年5万人のペースで減少。
さらに年齢別に見てみると、その7割以上が60才以上で、今後の農業生産を担う50才未満の人は、全国で26万あまりに過ぎません。

農林水産省は5年前、現在の基本計画を作ったときに、2025年の、50才未満の農業就業者を30万人と予想していました。しかし去年には、その予想をすでに割り込み、加速度的に減少していることが分かります。

人だけではありません。農地面積も440万ヘクタールと、こちらも減り続け、2018年の食料自給率は37%と、統計を取り始めて以来、最低の水準にまで下落しました。
私たちの食卓に供給される熱量の、3分の一余りしか、国内で賄えていないことになります。この状況が続けば、将来にわたって、国民に安定的に食料を供給することは、とても出来ません。

今回の基本計画は、このいびつな年齢構成をどう解消し、将来にわたる食料の安定供給をどう図っていくか、これが大きなテーマでした。
では、新たな基本計画、どういうものなのか。

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新たな基本計画ではまず、農家や農地など、国内生産を支える基盤の強化を明記。国民生活に不可欠な食料を安定的に供給し、食料自給率の向上と食料安全保障の確立を図るとしました。

具体的には、変化する国内市場や消費者ニーズに対応するために、食品企業などとの連携を強化。
また、海外で人気が高まる日本産食品の輸出に取り組んで、農家所得を上げる。それとともに、ITやデータなどを活用して生産性を高め、コストダウンを実現するとしています。

目指すべきカロリーベースの食料自給率については、従来どおり45%に据え置き、さらに、海外への農林水産物の輸出は、10年後には現在の5倍以上の5兆円とする、野心的な目標を掲げました。
そしてこうした目標を実現するための、農業就業者を140万人、農地については、414万ヘクタールを、最低限、確保するとしました。

さて、これをどう評価すれば良いのかです。
日本農業が衰退し続けてきたのは、変化する消費者や市場のニーズに応えることが出来ず、競争力を失ってきたからです。
私たちの食生活は、家庭内で調理するよりは、外食や惣菜など加工用食品に依存する割合が高くなってきています。
ところがそうした食品には、輸入農産物が多く使われてきました。海外の方が安くて、安定的に供給してくれたからです。

ところが、中国産食品の事故などもあって、消費者の中には外食や加工用食品であっても、原料に国産を使って欲しいという声が強くなってきました。
今回の基本計画はこうした声に応えようとするもので、消費者にとっては歓迎すべきことでしょう。

ただ、これが実現できるかです。
基本計画では、将来の消費者ニーズを前提に、作物ごとの努力目標を設定しています。

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例えば、パンやラーメンなどの原料となる小麦。食パンなどがブームになっていることもあって、国産の小麦を使いたいという企業が増えてきました。このため10年後には、現在から42%増やす。同じように納豆や豆腐メーカーから要望の強い国産の大豆も、62%増が目標です。

一方で、今後も消費が減り続けると見られているコメについては、現在から7%減らすとしています。

また、健康志向の中で需要が伸びている野菜や果物、それに生乳はそれぞれ生産量を7%から15%増やすことを求めています。

ただ、こうした農産物の転換、これまでも進めてきましたが、うまくいっていません。品種改良や機械化が遅れていることもありますが、例えばコメから小麦や大豆への転換は、政府はこれを進める一方で、生産者から求められ、コメの価格を維持するという、相矛盾した政策を続けているのです。
これでは農家は、転換を、進めません。国産小麦や大豆を増産して欲しいという、市場からのメッセージは、生産者に届かず、自給率目標も難しいでしょう。
国内の生産基盤を強化するためには、長年続けてきた生産者保護から、マーケット重視へと軸足を移さなければなりません。
農家の反対を押し切って農林水産省に出来るかです。

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さて、もう一つ、いびつな年齢構造です。
改めて、番組冒頭のグラフを見てみます。
このグラフをみて分かるのは、60才以上への極端な偏りで、今後10年ほどの間に、高齢化によって、農家が大量に辞めていくということです。

しかし、これはやり方次第では、日本農業の一つのチャンスでもあります。
小規模に分散していた農地を、これを機会にまとめることができれば、大規模で効率のよい農業を作ることができるからです。

ただ農家の中には、農地を貸し出す事に抵抗を持つ人が少なくありません。すでに、国内には石川県の面積に匹敵する農地が、使われること無く放置され、荒廃しています。
今後出てくるであろう農地をまとめ、次世代がやりやすい形で、どう農地を受け渡すか。
高齢農家の説得が、今回の基本計画のもう一つのポイントです。

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様々なデータを見れば、新たに、農業を始める人は増えています。
農林水産省の統計によると、会社などを辞め、農業の世界に飛び込んだ50歳未満の人は、年間およそ1万人と、11年前の1.5倍となっています。
また、こうした人たちにアンケートを採ってみると、「農業はやり方次第で儲かるから」とか、「自ら経営の采配を振れるから」という答えが、複数回答でそれぞれ40%以上を占め、農業を始めることに魅力を感じる人が一定数いることは事実です。

活気のある産業は、新たに参入する人が、様々なアイデアや経験を生かして、チャレンジを繰り返すことで実現します。
そうした意味では、農地が大量にでてくる可能性がある今後10年は、大規模で効率的な農業を実現するチャンスでもあります。
農林水産省としては、そうした農業を実現するためにも、新たな農家を迎える環境を整え、この動きを加速させることが重要でしょう。
それが農業の体力強化にも繋がります。

今回の新型コロナウイルスを始め、世界の食料を巡る流通は不安定さを増すばかりで、いまの国内の生産体制では、とても安心できるものではありません。
食料の安定供給を確かなものにするためにも、若人たちが農業に参入しやすい環境を作る。
改革はまさに今後10年にかかっているといえます。

(合瀬 宏毅 解説委員)

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