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「欧米での感染拡大 コロナショックと国際社会」(時論公論)

今村 啓一  解説委員長
出石 直  解説委員
神子田 章博 解説委員

世界を揺るがしている新型コロナウイルスの感染者は世界全体で15万人、死者は5700人余りに達し、感染が一段と拡大しています。金融市場の混乱を抑えるためにアメリカは事実上のゼロ金利にまで緊急利下げに踏み切ったにも関わらず、先ほどから始まったニューヨーク市場では株価が大幅に下落して取引が始まっています。
世界での感染拡大の行方、コロナショックに国際社会はどう向き合うべきかを考えます。

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〇緊急利下げを受けたニューヨーク市場は

(今村)緊急利下げでもNY株は下げ止まりません。市場の動きをどうみたらいいのでしょうか。

(神子田)市場が、1%の金利引き下げを事前に織り込んでいたことが大きかったと思います。日米の中央銀行の今回の政策の意図についてみてみます。

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株価の急落など各国の金融市場の動揺が続く中、投資家の間では、ドル資金が不足するのではないかという懸念がでています。さらに、観光関連のサービス産業を中心に各国の企業の資金繰りが悪化しています。こうした中でFRBは事実上のゼロ金利に踏み切ったほか、金融市場に大量の資金を供給する量的緩和の再開を決めました。日銀も株式をまとめて購入するETF=上場投資信託の買い入れ額をこれまでの二倍に拡大したり、民間の金融機関に対し金利0%で貸し出しを行う新たな枠組みをもうけることになりました。いずれも金融市場に巨額の資金を供給することで投資家の動揺を抑えるとともに、経営の悪化した企業の資金繰りを支えるねらいです。ただ感染拡大防止のため経済活動を抑制しようという動きが広がる中で、金利をいくら下げても、消費や投資を呼び起こすのは難しい状況です。そうした悲観的な見方も株価の下落に歯止めがかからない要因と考えられます。

〇ヨーロッパでの感染拡大は

(今村)感染拡大がどこまで広がるのか、世界に不安が広がっています。ヨーロッパでの感染拡大は今後どうなるのでしょうか。

(出石)終息する目途はまったくたっていません。むしろ感染の拡大が新しいフェーズに入ったといえると思います。「東アジアを中心に起きた危機」だったものが、欧米への拡大によって「全世界的な危機」へと変わり、事態はより深刻なものになりました。特に深刻なのはイタリアです。

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初めての感染者が確認されたのは1月下旬でした。ところが今月に入って1000人を超え、その後わずか10日で1万人を突破、ついに2万人を超えてしまいました。今も一日に3000人ペースで増え続けています。特に致死率が7.3%と高いのが特徴で、亡くなった人はすでに1800人を超えています。高齢化率が高く医療態勢が脆弱なため、感染者の増加に医療が追い付かず医療崩壊を起こしてしまったのです。感染はスペイン、フランス、ドイツなどヨーロッパ全域に拡大し、WHOは「今やヨーロッパがパンデミックの中心地になった」と指摘しています。

(今村)EUは移動の自由を統合の理念としてきましたが、その中核であるドイツ政府が国境での国境管理の強化に乗り出しました。その意味は極めて大きいと思います。

(出石)こうした動きは、チェコ、オーストリア、デンマークなどにも広がっていますが、ひとつのヨーロッパ、自由なヨーロッパを標ぼうし、多くの難民を受け入れてきたドイツまでもが国境管理の強化に乗り出したのは非常に大きな変化です。
ヨーロッパの他の国々もイベントの開催禁止などの措置を取っていますが、国によって温度差があることも事実です。数千人規模の感染者を出してしまったスペイン、フランス、ドイツなどは対応が後手に回った感は否めません。

(今村)ヨーロッパで急速に感染が拡大している原因は何でしょうか。

(出石)多くの国で国境での検査を撤廃していたことが主な原因ではないでしょうか。ヨーロッパの主な国々は「シェンゲン協定」という協定によって、国境での入国管理や検疫措置を撤廃していて、国境を越えて自由に移動することができます。しかし今回は、結果的に対応が後手に回り国境を越えた感染の拡大を許してしまいました。シェンゲン協定に象徴される自由に人が移動できる社会、グローバル化が進んだ社会は、人やモノの流れを増やすことに貢献しました。しかし新型コロナウイルスのような感染症にはあまりに脆弱だったのです。

〇コロナショックで世界経済は

(今村)今回のコロナショックで世界経済はリーマンショックに匹敵する打撃を受けるかもしれないという見方も出ています。現時点で経済への影響、どうみたらよいのでしょうか。

(神子田)確かに景気の落ち込みは深刻なものになりそうです。中国では一足先に感染拡大のために人の移動を抑制してきたわけですが、その経済的代償は決して小さなものではありませんでした。

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きょう発表された中国の1月から2月の経済統計では、消費は去年の同じ時期に比べて20.5%工業生産は13.5%といずれも大幅に減少しました。さらに、経済活動の回復も遅れています。自動車産業では、今月11日の時点で、全国の工場の90%が操業を再開したものの、職場に復帰した従業員は77%、工場の稼働率は、40%程度にとどまっています。正常化にはほど遠い状況で、今年1月から3月はマイナス成長に陥るという悲観的な見方が広がっています。
・ただ、リーマンショックと異なるのは、金融機関の経営状況がいまのところ当時に比べて健全だということです。当時は、欧米の金融機関が不良債権問題で経営が悪化し、どの金融機関がどんな問題を抱えているかわからないという疑心暗鬼の状況の中で、マネーの動きが止まってしまいましたが、今回の問題はそれとは性質を異にしています。
・むしろ今回の状況は、未知の事態がいつまで続くかわからないという点で、2001年9月に発生した同時多発テロ事件のあとのアメリカ経済と状況が似ていると思います。

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当時私はワシントンに駐在していましたが、現地では同時多発テロ事件に続き化学兵器である炭そ菌が入った郵便物が議会に送られるというテロ事件も連続して発生しました。いつ終わるともしれぬテロへの不安が消費者心理を極度に冷え込ませただけでなく、人々がテロをおそれて外出も控えたため、消費は激減しました。当時FRBは事件直後に行った緊急の利下げも含めてその年の12月まであわせて4回の金利引き下げを余儀なくされ、景気の回復は人々の不安心理が薄らぐのをまたなくてはなりませんでした。今回も感染拡大の収束が見通せないなかで、長期戦を覚悟する必要があるとみています。

(今村)さらに市場が懸念しているのが世界的な金余り、債務バブルが崩壊しかねないことです。リーマンショックの後、世界各国は金融緩和を繰り返し何とか経済成長を支えてきました。その低金利が世界の株価を押し上げるとともに、世界中で企業、家計がこぞって借金を増やしてその額は2京円を上回り「債務バブル」ともいえる状況を作り出しました。今回のコロナショックで、そのバブルが崩壊しかねないことを多くの市場関係者が懸念しています。
・感染拡大の中心であるヨーロッパとともに今後のアメリカ経済の動きを注意深く見る必要があります。アメリカではトランプ大統領が国家非常事態宣言を出しこれから人や物の移動が滞り実体経済に本格的な影響が出る恐れがあります。株高に支えられてきた消費も大幅に落ち込むリスクがあります。原油価格の大幅な下落がアメリカのけん引役の一つとなってきたシェール産業の足を引っ張り経済に打撃を与えるとの見方もあります。

〇コロナショックに国際社会はどう向き合う

(今村)先ほどからG7主要七か国の首脳はテレビ会議を行い世界経済への影響を食い止めるための対策を協議していますが、この事態に国際社会はどう対応すべきでしょうか。  

(出石)非常に難しい対応を迫られると思います。国境管理や入国拒否といった措置は、感染拡大を抑止するためには有効であり必要な措置です。ただ感染拡大を最優先すれば、国民生活、経済への影響は避けられません。かといって経済への影響を恐れて感染防止策を緩めれば感染はさらに拡大してしまいます。感染抑止と国民生活や経済のどこに調和点を見出すのか至難の業です。その意味で感染症対策は政治決断を迫られる問題でもあります。

(今村)今後、感染は東アジア、ヨーロッパ、アメリカだけでなく、アフリカや南アジアなど医療対策が弱い国にも広がることが心配されますね。

(出石)情報の共有や医療支援など国際協力が重要になってくると思います。心配しているのは、国境に壁を築くような今の状況が長引けば、国際協調を妨げ一国主義の台頭を招く恐れがあることです。中国とアメリカは、感染がどこから始まったのか感染源をめぐって論争を繰り広げています。国際協力が必要なこの時期に責任を相手になすりつけるような言動は厳に慎むべきだと思います。各国の政治指導者の責任は重大です。

〇求められる対策は

(今村)政府は追加の経済対策を検討していますが、今どのような対策が必要なのでしょうか。

(神子田)まず必要なのは、経済活動を自粛している間に、甚大な影響を被る観光産業や小売り飲食といったサービス産業の経営とそこで働く人々の暮らしをピンポイントで支えることです。すでに各地で具体的な動きが出ています。

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 例えば富山県の富山第一銀行は、資金繰りに支障が出ている融資先の企業などから要請があれば、経営状況に応じて最大1年間元本や金利の返済を猶予することを決めました。地域の金融機関として、企業が倒産する事態だけはなんとしても避けたいという判断があったといいます。また山梨県の笛吹市では、市内の温泉街などのホテルや旅館に一件の予約あたり最大2万円を補助して宿泊代金を値下げし、宿泊客の呼び込みを支援する政策を打ち出しました。いずれも、地域経済にとって大切な産業や企業を、コロナショックという一時的な要因で失いないたくないという必死の思いが伝わってきます。こうした苦境を抱える企業はいま日本全国で無数にあるとみられ、民間企業や地方自治体だけの力で支えるには限界があります。政府としてもこうした企業を支援する大掛かりな対策を一刻も早く打ち出すことが求められています。

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さらに注意が必要なのが金融機関の経営への影響です。

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 事態が長引く中で企業の経営が悪化、最悪の場合破たんするということになれば、そうした企業が銀行から借りている資金を返済できなくなり、不良債権が膨らみます。そうなれば銀行は新たな融資、とりわけ経営の悪化した企業への融資に消極的になり、企業の経営破たんを早めてしまうという悪循環に陥りかねません。さらに金融機関の経営が悪化すればそれこそリーマンショックのような事態に陥ることも考えられます。そうした事態とならぬよう日銀は企業や金融機関に途切れなく資金がめぐるように万全の備えをとる。さらに政府も大規模な財政政策を通じて日本経済全体を下支えしていくための有効な対策が求められていると思います。

(今村)政府は今週19日にも、改めて専門家会議を開き、学校の休校や外出自粛などの対策が、感染防止にどこまで効果を上げているのかを検証します。海外での感染拡大が一層深刻になる中で、ウイルスとの戦いは長期化する可能性があり、各国ともに感染拡大を防ぎながらいかに経済活動を継続させるかが大きな課題になっています。政府が十分な経済政策を打ち出すとともに、経済がショックをうけた時に最も影響を受けやすい社会的な弱者に十分配慮しつつ、医療現場で活用が始まっているオンライン診療や休校中でも利用されているオンライン教育をはじめ、ありとあらゆる知恵と発想を活かし経済活動、社会活動を維持するための取り組みが、今、求められています。

(今村 啓一 解説委員長 / 出石 直 解説委員 / 神子田 章博 解説委員)

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