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「診療報酬改定 ~救急医療と『2024年問題』」(時論公論)

竹田 忠  解説委員

今年4月から、私たちの医療の負担の在り方が変わります。
たとえば、救急で運ばれて入院すると、患者の負担が上乗せされたりします。
その一方で、年々膨れ上がる医療費をどう抑制していくのか
その取り組みは、まだまだ踏み込み不足と言わざるをえません。

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【何が焦点か?】
そこできょうは、
① 新たな患者負担とは何か?
② その背景にある、医師の“2024年問題”
③ そして、見えない医療費抑制策
この3つのキーワードで考えていきたいと思います。

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【 診療報酬とは 】
まず、今回、改定の内容が決まった医療費。
これは正確には、診療報酬と呼ばれます。
国が全国一律で決める医療費の公定価格のことでして、
2年に一度、改定されます。

この診療報酬をもらうのは医療機関や調剤薬局です。
一方、払うのは、患者本人と、患者が保険料を払っている医療保険。
つまり、どちらも、もとは患者のサイフから出ています。
ですから、診療報酬が増える、ということは
医療機関にとっては、受け取るお金が増える。
一方、患者側にとっては負担が増える、という図式になります。

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【 救急医療を改善 】
今回の改定の最大の柱は、
過酷な救急医療の現場を改善させよう、というものです。
そのために、地域で救急医療を
中核的に担っている病院に限定して、診療報酬を増やします。
そのために、対象となる病院に入院した患者からは、新たに追加負担を求めます。

詳しくいうと、対象となる病院は、
救急車とドクターヘリによる患者の受け入れが、年間2000件以上ある病院です。
この病院が受け取る初日の入院料に、新たに5200円を上乗せします。
患者にとっては、この5200円のうちの
1割から3割が、窓口での個人負担となります。
対象となる病院は、全国でおよそ900あるとみられます。
病院がこのお金を使って、職員を増やして現場の負担を改善させることが狙いです。

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また、これと合わせて、
こうした大病院に、患者がいきなりかからないよう、促す対策も強化します。
具体的には、現在、紹介状なしで、大病院にかかると、
患者は、初診料としてプラス5000円以上、
再診料として、プラス2500円以上の追加料金を払わないといけません。
この追加料金が必要な病院を増やします。

これまではベッドが400以上ある病院が対象でしたが、
これを200以上の病院に、対象をひろげます。
これによって、対象となる病院は
今の420から、670に、大きく増えることになります。

ちなみにヨーロッパを見ますと、たとえばイギリスでは
患者はいきなり大病院にかかることはできず、
その地域で指定された、かかりつけ医にみてもらい、
そこで必要と判断されれば、大病院や専門病院にみてもらえます。
フランスやドイツでも、いきなり大病院にかかろうとすると、
様々な制限や負担を強いられることになります。
強いかかりつけ医の機能が、ゲートキーパーとしての役割をになっているわけです。

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これに対し、日本のように、
患者が自由に病院を選べる仕組みはフリーアクセスと呼ばれます。
患者にとっては便利なんですが、
結局、軽い症状でも患者が大病院に集中しがちで、
これが大病院の勤務医の労働環境を悪化させているといわれます。
今回の改定は、大病院と、身近なかかりつけ医との役割分担、機能分担をもっと進めて
大病院の負担を軽くしようという狙いがあるものとみられます。

【 2024年問題 】
こうした一連の対策を急がせているもの。それが、医師の2024年問題です。
どういうことかといいますと、
働き方改革の柱である、長時間労働の是正、
つまり残業時間の罰則付き上限規制が
現在、医師については、適用が猶予されています。
しかし、2024年4月から、医師についても適用が始まります。
ちなみに残業時間は、一般労働者の場合は年間720時間が上限です。
しかし地域の救急医療などを担う特定の医師の場合は、
新たに適用される上限は、年間1860時間。
一般の労働者の倍以上、大変な長時間労働です。

しかし、実は、政府の推計では
救急病院の勤務医の一割の医師が、
すでに、今、この上限を超えているとみられます。
実際、医師不足の現場では、30時間連続勤務という話しも、よく聞く話しです。
また、医師全体としてみても、
過労死ラインを超える働き方をしている人は4割を超えるというデータもあります。

こうした過酷な勤務は、
患者を巻き込んだ、医療事故につながるおそれがあります。
だからこそ今回は、患者への追加負担まで求めて、
過酷な勤務環境を改善させようとしているわけです。

しかし、そうであれば、
今回の改定が本当に現場の職員を増やしたり、
負担を軽減させることにつながるのか、
それを今後、どう検証していくのか?
その検証のありかたが、大きな課題となってくると思います。

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【 見えない医療費抑制策 】
そして、もう一つ、課題が残っています。
それは、今、政府に突き付けられた最大の課題である、
膨れ上がる医療費の伸びを、どう抑えるのか
その取り組みが、不十分だということです。

実は、今、政府が、医療費抑制策として取り組んでいる柱の一つが、
価格が安い後発医薬品、いわゆるジェネリックの普及促進です。
ジェネリックは、先発の薬の特許が切れたあと、
同じ有効成分を使って作られる薬です。
研究開発費が安くすむため、価格は一般的に半分以下になります。
このため政府は、骨太の方針の中で
ジェネリックをもっと増やすための目標までかかげています。

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これを受けて厚生労働省が
診療報酬の改定を話し合う中医協・中央社会保険医療協議会に提案したのが
ジェネリックの推奨リストの作成でした。

例えば医療機関ごとに、クスリの安全性や効き目など、
重要な様々な要素を考慮したうえで、
優先的に利用すべき、ジェネリックのリストを作成してもらい
それに新たな診療報酬を付けて支援しようというわけです。

この提案について
患者の側である、健保連・健康保険組合連合会などは、
積極的に検討するよう求めました。
しかし、日本医師会などが
医師がどのクスリを選ぶかという裁量権を損なうおそれがあるとして強く反発し、
結局、検討案ははずされました。

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実は、こうしたジェネリックの推奨リストは欧米では活用が一般的で、
日本でも大手の病院が独自にリストを作成して、医療費の抑制に効果をあげています。
医師の裁量権を尊重しながら、
ジェネリックの安全性や経済性を関係者がみんなで高めていく、
そういうことはできないものでしょうか?

超高齢社会の中で、どうやって大切な医療体制や公的保険をみんなで支えていくのか?
もっと踏み込んだ議論が必要だと思います。

(竹田 忠 解説委員)


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