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「教育情報化で学校はどう変わる」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

小中学生1人につき1台のパソコンを配備するなど学校のICT環境の整備が大きく進むことになりました。こうした環境のもと、授業の中でネットやパソコンを活用することなどによる教育の情報化が学校教育に大きな影響を与えることになります。

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▽教育情報化で変わる授業。▽なぜ今、こうしたことが求められるのか。▽導入に向けた課題は何か。以上3点を中心に、この問題について考えます。

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独自の予算で教育の情報化を先駆けて進める東京・渋谷区の西原小学校で行われている社会科の授業では、1人1台のパソコンを整備し、子どもたちがネットを利用して疑問に思ったことを調べてまとめる学習が行われています。グループごとに複数の意見を整理して話し合う。ICTを活用した協同学習という新しい授業形態です。
私たちが経験してきたものとは異なるこうした授業が、どの小中学校でも当たり前のように行われることを目指す。成立した2019年度の補正予算の中で、小中学校の端末の配備費やネット環境整備費など2318億円が計上されました。去年12月に政府が決定した新たな経済対策で、2023年度までに全国の小中学校で1人1台のパソコンを整備することが盛り込まれたことに伴う措置です。一気に学校のICT環境の整備を進めること、つまり教育の情報化の推進が国策として決まった形です。補正予算の成立を受けて、文部科学省は、まずは新年度、2020年度中に校内LANなどすべての学校のネットワーク環境の整備を終えるほか、小学5・6年生と中学1年生に1人1台の端末配備を目指し、都道府県などとの調整を進める方針です。

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学校のICT環境が整備され、教育の情報化が進むことで、学校はどう変わるのでしょうか。最も大きく変わるのは、教壇から先生が一方的に進めるこれまでの授業の姿です。
西原小学校では、音楽の授業でも利用しています。「拍にあったリズムを作ろう」という授業では、子どもたちが端末の画面上で拍子に合わせて簡単に音符を並べていきます。端末上に書き込んだ感想は、すべて先生の端末に送られ、前のスクリーンに映すことができます。集める手間がはぶけ、その分、子どもたち同士の意見交換など双方向的なやり取りに時間を使うことができます。
国語の授業では、詩を読んで子どもたちが感じたことを書き込むと、AIが分析し、どんなことを感じる子どもがどのくらいいるか、瞬時に前の大画面上に示されました。指されなくても自分やほかの子の考え方の傾向がわかるため、授業への参加感が高まると言います。
このように、学校の情報化は、特定の教科に限らず、あらゆる教科・科目で授業のあり方そのものを大きく変える可能性があります。
なぜ今、こうした教育の情報化が求められるのか。AI時代を迎え、予測不能な事態に対処するという、人にしかできない能力を伸ばさなければならないという社会的な背景があります。そのため変わるのが学習指導要領です。この4月、小学校から実施される新しい学習指導要領によって、子どもたち同士が自ら主体的に話し合いながら探究するアクティブラーニングという新しい形の授業が本格的に導入されます。これを円滑に進めるために必要とされるのが、学校のICT環境の整備です。しかし費用は、学校を設置する地方自治体の一般財源で賄われてきたため自治体ごとの整備状況の差が大きくなっています。たとえばパソコンの配備状況は、全国平均は5.4人に1台ですが、最も整備されている佐賀県は1.8人に1台なのに対し、最も低い愛知県は7.5人に1台にとどまっています。どこにいても同じ教育が受けられるという義務教育の根本理念が崩れかねない事態が生じつつあります。国がこれまで以上に積極的に整備の支援に乗り出す必要性に迫られているわけです。

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これに加え、日本の学校教育で育成される力の中で、抜け落ちている部分が明らかになりました。去年公表されたOECD経済協力開発機構の国際学力調査、PISA調査の結果です。この中で、日本の子どもたちは、ネット上で多くの情報の中から必要な情報を探し出し、情報の信憑性を判断する能力を十分育まれているとは言えないことが示されました。パソコンなどの情報端末は多くが利用するものの、「ネットでのチャット」や「ゲームで遊ぶ」ケースがほとんどで、宿題をするために使ったり、学校の勉強のためにネットのサイトを見たりするのは3%から6%程度。OECD平均のおよそ20%を大きく下回り、ほとんど活用していないことも明らかになりました。ネット社会の中でフェイクニュースのような信頼性のない情報を見極めるなど情報活用能力の育成が世界的に求められる中、日本の学校の課題がここでも示されたわけです。

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こうした現状を考えれば、国際的にも遅れが目立つと言われ続けてきた学校のICT環境を整え、教育の情報化を進めることは、経済対策の一環という形であってもある意味必然とも言えます。しかし、こうした教育施策を全国一律で進めるには、まだ高いハードルがあります。2点あげたいと思います。
まずは、自治体ごとの温度差です。補正予算は成立したものの、学校のネットワーク環境やパソコン費用の全額を国が負担するわけではありません。ネットワークの整備は半額を、端末は、1台4万5000円が補助の上限とされています。通信費などは、自治体が負担することもあり、自治体の長や議会の理解が不可欠です。税金を使う以上、未来を担う子どもたちのためになぜ今、教育の情報化が必要なのか。自治体の理解に温度差が生じることになれば、格差がより広がる事になりかねないだけに、必要性を訴える国や教育関係者は説明責任を果たす必要があります。

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もう一つは、これを受け入れる教員側の問題です。学校の情報化は、パソコン好きな一部の教員に頼って運営が行われるケースが多く、そうした教員が異動すると端末がほこりをかぶるような状況が繰り返された歴史があります。パソコンやタブレットなどに子どもたちが接する機会が増えた今では、むしろ教員と子どもたちがともに学びながら活用するといった意識の転換が必要です。それでも苦手意識が強い教員の中には機器のトラブルへの対応や使いこなせるかといった不安を抱える人も少なくありません。先ほど紹介した西原小学校のある渋谷区は、こうした教員をサポートする支援員を8人確保し、区内の学校に月8回程度派遣できる態勢を取っています。研修やサポート態勢をどう構築するのか。授業の成否を握るのは教員であるだけに、不安を抱えたまま授業に臨むことがないような対応が不可欠です。ネットには負の側面もあります。子どもたちにネットを適切に活用する能力・ネットリテラシーを身につけさせるための対策もともに進める必要があります。

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パソコンなどの端末は、今やノートや鉛筆と同じように文具の1つとも言える時代です。文具を変えれば能力が身につくわけではなく、どう活用するかにかかっていることはこれまでと変わりません。そして、新しい学習指導要領は、「情報活用能力」を学習の基盤となる資質・能力として位置付け、これまで学校教育で育んできたいわゆる「読み書きそろばん」と同様の扱いをしています。情報化を進める上で、「読み書きそろばん」も「情報活用能力」もともに重要であることを忘れてはならないと思います。

(西川 龍一 解説委員)


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