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「新年度予算案審議へ~論戦本格化で焦点は」(時論公論)

曽我 英弘  解説委員

国会は2月3日から新年度・令和2年度予算案の実質的な審議に入った。全世代型社会保障制度の実現や、憲法改正に向けた議論の進展を意気込む安倍総理大臣だが、政治とカネや公文書管理をめぐる問題、さらには新型のコロナウイルスの感染拡大も起こり波乱含みの展開となることも予想される。本格化する国会論戦の行方を展望する。

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安倍総理大臣が政権復帰後、8回目の通常国会。ここにきて喫緊の課題が新型のコロナウイルスの感染拡大への対応だ。安倍総理大臣は1月30日、「水際対策のフェーズをもう一段引き上げる」と表明し、WHO=世界保健機関が緊急事態を宣言してからは、入国申請前の14日以内に中国・湖北省に滞在歴がある外国人などは、症状がなくても当面入国を拒否する異例の措置に踏み切った。また政令の施行を前倒しし、感染が確認された場合、強制的に入院させる措置や一定期間仕事を休むよう指示できるようにした。序盤の国会論戦で対応の強化や初動の遅れの指摘も出る中で、国民の不安にどう応え、およそ半年後に迫った東京オリンピック・パラリンピックに向けいかに万全の体制を敷けるかが焦点に浮上している。

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さらに、来年9月末に自民党総裁の任期が切れる安倍総理にとって、今国会は政権の総仕上げに向けた国会としたいところだろう。なかでも「内閣の最大のチャレンジ」と位置付けるのが全世代型社会保障制度の実現だ。言ってみれば、これまで支えられる側だった高齢者に、意欲や能力に応じて支え手に回ってもらい、税や保険料を支払ってもらえないかということであり、ことし1年の政治の方針を示した1月20日の施政方針演説でも、「本年、改革を実行していく」と力強く表明した。その手始めに、今国会には、パートなど短時間労働者への厚生年金適用を拡大する年金制度改革関連法案のほか、いわゆる70歳就労の定着に向けて企業に努力義務を課す法案(高年齢者雇用安定法等改正案)や、国家公務員の定年を60歳から65歳に段階的に引き上げる法案(国家公務員法改正案)を提出し成立させたいとしている。ただ、制度の導入に際しては、個人や企業などに応分の負担を求めることになるだけに、国会審議を通じて国民にどれだけ理解されるかが課題となりそうだ。

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もうひとつが、憲法改正論議の進展だ。憲法改正を「歴史的使命」と位置付ける安倍総理のもと、自民党は、憲法改正の手続きを定めた国民投票法改正案を成立させたあと、党の憲法改正案を国会に提示するシナリオを描くが、今国会も議論の進展につながるような協調ムードは見られない。安倍総理が否定している通り総裁任期の再延長がなければ、今の政権下での国会は、今回を含めて3回から多くても4回とみられる。それだけに、任期中に憲法改正を実現できるかどうか、もしくは退任後の憲法改正に道筋をつけることができるかどうか、今国会は分岐点を迎えていると言えそうだ。

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しかし今国会が、政府与党の思惑通りに進むとは限らない。というのも去年から持ち越された3つの問題。つまり桜を見る会、IR=統合型リゾート施設をめぐる汚職事件、辞任した2人の閣僚の政治とカネをめぐる問題が序盤の論戦の中心となっているからだ。

桜を見る会をめぐる問題で安倍総理は、招待者数が年々増加してことについて「基準があいまいだったため」と説明し、「反省しなければならない」とも答弁している。また、去年の招待者名簿を廃棄した理由について菅官房長官は、「公文書管理のルールに従った」としている。これに対し野党側は、招待者数の増加、中でも安倍総理の後援会から多数招待されたことは「公私混同」であり、「公的行事の私物化だ」と批判している。また、名簿を廃棄したという政府の説明は疑わしいとして、事実であるならば、コンピューターの履歴を示すよう迫っている。

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また、IR汚職事件で秋元司衆議院議員が逮捕・起訴されたことについて、安倍総理は「誠に遺憾。事態を重く受け止めている」としながらも、IRの整備は「丁寧に進める」と答弁し方針に変わりはないとしている。政府はIRを東京オリンピック・パラリンピック後の観光の起爆剤としたいとしていて、行政と事業者の接触を制限することも検討することで国民の理解を得たい考えだ。これに対し野党側は、「経済活性化にカジノは不要」などと主張し、整備を中止するよう求めてきた。

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さらに、政治とカネの問題で去年辞任した河井前法務大臣とその妻の案里議員、菅原前経済産業大臣は、およそ3か月ぶりに公の場に姿を現したものの「捜査中」や「告発を受けている」ことを理由に詳細を語るのを避けている。参議院選挙の前に河井夫妻の政党支部に党本部から1億5000万円が振り込まれていたことには自民党内からも「相場の10倍で桁が違う」などと驚きの声が上がっている。

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いずれの問題も議論はこれまで平行線をたどっているが、一連の事件などの捜査の状況と国会審議の行方によっては、政権の足元を揺るがす事態にもなりかねない。

一方野党にとっても、追い風ばかりとは言えない。というのも、各種世論調査で、「桜を見る会」に関する政府の説明に「納得できない」、またIRの整備は「やめるべきだ」、もしくは「見直すべきだ」と答えた人が多数にもかかわらず、去年から追及を続けている野党の政党支持率の上昇につながっているとは言えないからだ。
さらに、立憲民主党と国民民主党などの合流が暗礁に乗り上げたこともそのひとつだ。背景には「衆議院の解散・総選挙は当面ないのではないか」との見方が広がったこともあるが、党首同士で3回、およそ10時間にわたり協議したにもかかわらず、当初目指していた通常国会前の合流に至らなかった姿が国会論戦にどう影響し、国民の目にどう映るのか。野党の足並みが乱れれば、政権の受け皿から遠のくばかりではないかとの指摘も出ている。

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平成最後となった去年の通常国会は、衆参の予算委員会の開催は合計30日にすぎず、最近10年間で最も少なく終わった。さらに3月末に今年度予算が成立した後は、安倍総理が出席しての質疑は一度も開かれなかった。参議院選挙や統一地方選挙、天皇の即位に関する一連の行事などもあり日程が窮屈だったとはいえ、国民にとってあまりに物足りないと言わざるを得ない。

また党首討論にいたっては、去年1年間でたったの1回。最近は国会終盤になってようやく開催されることが繰り返され、内政外交の基本問題をめぐって与野党の党首が1対1で議論を深めるという本来の趣旨から遠のきつつある。

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少子高齢化や景気の動向、東アジアや中東情勢のほか、新型のコロナウイルスの感染が拡大するなど課題が山積し、政局の行方次第では年内の衆議院の解散総選挙も取りざたされている中での今国会だ。だからこそ、政府与党と野党双方は、非難の応酬だけに終わることなく国民の代表者にふさわしい政策論争を求めたい。そのことが政治と行政の信頼を回復する上でも、国会にとって重要ではないだろうか。

(曽我 英弘 解説委員)


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