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「イギリスEU離脱 影響と課題」(時論公論)

二村 伸  解説委員
神子田 章博  解説委員

半世紀余りにわたって統合と深化を続けてきたEU・ヨーロッパ連合が、歴史的な転換期を迎えています。国民投票から3年半迷走を続けたイギリスが離脱を最終的に決め、数時間後に予定されているヨーロッパ議会の承認を経て、イギリスとEUは31日以降別々の道を歩むことになります。壮大な実験と呼ばれたヨーロッパの統合はこれで頓挫してしまうのか、またイギリスのEU離脱は世界にどのような影響を及ぼすのか、経済担当の神子田委員とともに考えます。

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かつては予想もしなかったイギリスのEU離脱が現実のものとなるわけですが、神子田さん、アメリカに次ぐ世界第2の経済規模をもつEUからイギリスが抜けるインパクトは大きいのではないでしょうか。

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(神子田)
EUが世界のGDP・国内総生産に占める割合は22%、その経済は、大陸にひろがる単一市場の大きさに加えて、イギリスがもつ金融など国際ネットワークと一体となることで、強みを増してきただけに、イギリスのEU離脱は、日本をはじめ各国の経済に少なからぬ影響を与えそうです。

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(二村)
イギリスは1973年EUの前身であるEC・ヨーロッパ共同体に加盟しました。その2年後、残留の是非を問う国民投票を行い、このときは残留を選択しましたが、2016年6月に行われた国民投票でEU離脱が決まりました。1月31日深夜、日本時間の2月1日午前8時、イギリスは半世紀近くにおよぶEU加盟国の地位を捨てます。将来の通商関係を協議する年末までの移行期間は、EUのルールに縛られますが、世界各国と独自の外交・経済関係を結ぶための協議が可能になります。
EUにとって離脱はデンマーク領のグリーンランド以来、国家としては史上初めてで、27か国となるEUは人口が13%、GDPも15%縮小することになります。国際社会での存在感の低下は避けられず、各国の拠出金に頼るEU予算も大きな見直しを迫られます。
イギリスとEUの将来の通商関係に関する交渉が年内にまとまるかどうかは予断を許しません。ジョンソン首相は交渉を延期しないと強気ですが、ヨーロッパ委員会のフォンデアライエン委員長は、期限内の合意に懐疑的な見方を示し、バルニエ首席交渉官も27日、「単一市場のルールについては決して譲歩しない」とくぎを刺しました。離脱後の交渉も難航しそうですね。

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(神子田)
31日を過ぎても移行期間の間はこれまで通り関税がゼロのままの状況が続きますが、その後にむけて両者の協議がまとまらない場合には、現地に進出した企業は大きな影響を受けることになります。
各国の企業はイギリスを生産拠点として、関税がゼロであることを前提に、EU側に輸出したり、EU各国から部品を調達してイギリスで組み立てる体制いわゆるサプライチェーンを構築してきました。しかし、新たに関税がかかるとなるとこうした体制の見直しを迫られます。また食品や医薬品などの安全基準などをめぐる規制などを共通化できなければ、輸出入の手続きが煩雑になってしまいます。さらに、EUは企業による個人情報の取り扱いに厳しい規制を設けており、この分野でも新たな合意がなければ、EU側の顧客リストや従業員の人事情報などのデータをイギリス側に持ち出せなくなります。この交渉は、今年12月末が期限となっていますが、万一、新たな協定が締結できなければいわゆる「合意なき離脱」と同じ状況に陥ってしまうのです。

(二村)
イギリスはEUと同時に各国との貿易協定に関する交渉も進めなくてはなりませんね。

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(神子田) 
イギリスはこれまでEUの一員として各国と自由貿易協定や関税同盟を結んできましたが、新たにイギリスとして交渉をし直さなければなりません。もし新たな協定が結べなければ、より高い関税が適用されます。例えば日本からイギリス向けに輸出する際に無税だったタイヤは0%から4.5%に、綿シャツは0%から12%となります。こうした交渉が年内にまとまらなければ各国の企業は新たな対応をせまられることになります。

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(二村)
政治・安全保障面での影響も小さくありません。
EUは1国では無理でも多くの国がまとまることで、冷戦時代アメリカとソビエト連邦への対抗軸となることをめざし、国際的なルールの形成にも大きな影響力をもつようになりました。自由と民主主義、人権と法の支配といった基本理念と多国間主義を前面に、EUは自国優先主義、保護主義的な政策を打ち出すアメリカ・トランプ政権や拡張主義路線をとるロシア、それに急速に発言力を強める中国に対抗してきました。日本にとっても共通の価値観を持つEUは重要なパートナーです。しかし、イギリスが離脱することでEUは国際社会での発言力の低下が避けられず新たな問題が生じることも予想されます。イギリスがEU離脱を選択した理由の1つは移民問題です。EUの拡大に伴って急増した旧東欧諸国出身の移民はイギリス国内で100万人をこえているといわれます。門戸を閉じたイギリスに代わり移民たちはどこへ向かうのか、移民や難民の受け入れに反対する声はフランスやドイツなどにも広がっているだけに新たな火種となりかねません。各国で台頭しているEUに懐疑的な政党への影響も不安材料です。安全保障面でもイギリスが抜けることで、テロ対策をはじめ情報収集能力などに少なからぬ影響が出そうです。

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一方、イギリスにとっても離脱はメリットばかりではありません。離脱派と残留派のしこりは大きく、離脱に反対するスコットランドの独立の動きが再燃しかねません。経済的にも輸出入の半数をドイツやフランスなどEU諸国が占めているだけに関税が復活すれば大きな打撃となります。世界の金融センターとしての地位の低下を懸念する声も聞かれます。イギリスで活動する企業の中にはドイツやオランダなどに拠点を移す動きも活発で、JETRO・日本貿易振興機構の調査では日本の企業もすでに20社以上が拠点の一部、あるいはすべてをイギリス以外に移しているということです。

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神子田さん、世界の経済にはどのような影響が考えられるでしょうか?

(神子田)
ブレグジット自体は、国民投票からすでに3年半がたっているので、世界各国も相応の備えをしてきていて、ただちに大きな影響が生じることはないとみられます。
ただヨーロッパ経済の現状が盤石でないだけに、今後のイギリスとEUの交渉の行方によっては、新たな混乱が生じるおそれもあります。
ユーロ圏経済をけん引するドイツでは、主力の自動車産業が米中摩擦や環境対応を背景に不振に陥り、極めて低い成長が続いています。ここに新たな経済的なショックが加われば景気後退に陥るおそれもあります。
その際、懸念されるのは当局がどういった対策が打てるのかです。
ヨーロッパ中央銀行はすでに政策金利を-0.5%に引き下げ、追加的な利下げは副作用を広げかねません。一方財政政策では、単一通貨をもつ金融政策とは異なり各国でばらばらに行われており、ユーロ圏全体として財政面での対策を行うのは容易ではありません。このため過去にはたびたび市場から主要国間の足並みの乱れを突かれ、経済的に弱い国の国債が大量に売られるなど金融市場の混乱を生んできました。こうした教訓から、ヨーロッパの主要国では、来年からユーロ加盟国が共通の予算をもち、とくに景気が落ち込んだ国を対象に財政面から下支えができるようにしようという動きが進んでいます。しかし予算の規模や、各国がどれだけ資金を出すかなど課題は多く残っています。
かつて、ギリシャの財政危機に端をはっした信用不安問題では急激な円高をもたらすなど世界の市場を混乱させた欧州経済。今後もしばらくは目が離せない状況が続きそうです。

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(二村)
イギリスはいかに離脱による悪影響を最小限に食い止めるか、一方のEUはイギリスの離脱で浮き彫りになった移民政策や格差、財政規律をはじめ抜本的な改革を迫られています。両者の通商交渉は6月が山場だといわれ、残された時間はさほどありません。世界の不確実性が増す中で、ヨーロッパはどこへ向かうのか、まさにこれからが正念場です。

(二村 伸 解説委員/神子田 章博 解説委員)

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