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「どうなる ことしの朝鮮半島情勢」(時論公論)

出石 直  解説委員

アメリカ軍によるイランの司令官殺害という衝撃的なニュースで始まったことし2020年、私達が暮らす東アジアにも先行きが不透明な地域があります。北朝鮮の年末から年明けにかけての動きを手掛かりに、ことしの朝鮮半島情勢を展望したいと思います。

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次の3つの点について考えます。

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(1) 北朝鮮は対話路線を捨てたのか?
(2) 核実験やICBMの発射に踏み切るのか?
(3) 非核化への道のりは?

【対話路線】
まず、最初の点、北朝鮮は対話路線から見ていきます。
去年の年末、12月28日から大みそかにかけて開催された朝鮮労働党の中央委員会総会でキム委員長はおよそ7時間にわたって演説を行っています。

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この中でキム委員長は、北朝鮮が今置かれている状況を「前代未聞の厳しい難局」と位置付けたうえでアメリカとの交渉について次のように述べています。
「アメリカの本心は制裁を続けて我々の力を消耗させることだ。我々は今後も敵対勢力の制裁の中で生きていかねばならない」
「国の安全を守るために戦略兵器の開発と核抑止力の強化を図っていく」

また6か国協議の首席代表を長く務めたキム・ケグァン外務省顧問は、今月11日に発表した談話の中で、トランプ大統領からキム委員長の誕生日を祝うメッセージを受け取ったことを明らかにしたうえで次のように述べています。

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「わが委員長とトランプ大統領の関係が悪くないのは事実だ。しかしアメリカとの対話は、アメリカが我々の要求を全面的に受け入れるという条件においてのみ可能だ」
「個人的な関係と国と国との関係は別だ」というのでしょう。

ではこれらの発言をもって、北朝鮮は対話路線を捨てたと言えるのでしょうか。

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北朝鮮政治が専門の慶應義塾大学の礒﨑敦仁准教授は、▽トランプ大統領を名指しで非難していないこと、▽シンガポールでの共同声明の破棄には触れていないことなどを根拠に、
「アメリカを強くけん制しているが、実際にはトランプ大統領との対話の余地を残しておきたいという考えがうかがえる」と指摘しています。

対話路線を捨てたのか、それともまだ含みを残しているのか。北朝鮮の真意を判断するのは難しいところですが、いずれにせよこれまでより対話のハードルを上げてきていることは間違いないでしょう。

【核実験・ICBM】
次に、北朝鮮は核実験やICBM=大陸間弾道ミサイルの発射に踏み切るのかどうかについて見ていきます。

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北朝鮮はおととし4月に開かれた党中央委員会総会で「もはやいかなる核実験もICBMの発射実験も必要がなくなった。」として、核実験とICBMの試験発射を中止し、核実験場を廃棄すると宣言しています。私は、おととしキム委員長自らが打ち出したこの決定が年末の総会で覆されるのかどうかに注目していました。

これについてキム委員長は年末の総会では次のように述べています。
「わが方が、信頼関係構築のために重大な措置を講じたにも関わらず、アメリカは合同軍事演習を数十回も繰り広げ、わが方を軍事的に脅かした」
「守る相手もいない公約にこれ以上、一方的に縛られている根拠がなくなった」
「近く衝撃的な実際の行動に移る。世界は、遠からず我々が保有することになる戦略兵器を目の当たりにすることになるだろう」

この「戦略兵器」が具体的に何を指すのかは明らかにしていませんが、北朝鮮は去年5月以降、弾道ミサイルの発射を再開し、12月には2度にわたって弾道ミサイルのエンジンに関連したものと見られる実験を行っています。近く短距離や中距離の弾道ミサイルの発射に踏み切る可能性は排除できないでしょう。

こうした北朝鮮の変化は、キム委員長の行動パターンからも伺えます。
北朝鮮の国営メディアの報道をモニターしているラヂオプレスは、キム委員長の動静を▽部隊視察などの「軍関係」、▽工場や農園訪問などの「経済関係」、▽外国訪問や外国要人との会見などの「対外関係」に分けてその回数を分析しています。

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▽2017年、北朝鮮が弾道ミサイルの発射を繰り返し緊張が高まっていた年には、半数近くが「軍関係」で占められていました。
▽2018年、中国や韓国、それにアメリカとの首脳会談が実現した年には、外国訪問など「対外関係」がもっとも多くなり、「経済関係」の視察も目立って増えました。
▽ところが去年は「軍関係」の視察が再び増え「経済関係」は大幅に減少しています。
ここからもキム委員長の関心が、再び「軍事」に向けられてきていることがうかがえます。

ただ年明け早々にイラン革命防衛隊の司令官を無人機で殺害したアメリカの行動が北朝鮮に少なからぬ影響を与えていることは間違いありません。核実験やICBMの発射といった極端な挑発に踏み切れば、さらに厳しい制裁を科せられるだけでなくアメリカの軍事的脅威にさらされ、体制の崩壊をも招きかねないことは北朝鮮も十分わかっているはずです。「衝撃的な行動に移る」という勇ましい言葉とは裏腹に、今はアメリカとイランの対立やこの秋のアメリカ大統領選挙の行方を見守りながら出方を伺っているのではないでしょうか。

【非核化】
ここまで最近の北朝鮮の変化について見てきました。
最後に、非核化への険しい道のりについて考えたいと思います。

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見てきましたようにアメリカとの対話のチャンスは遠のき、北朝鮮が短距離や中距離の弾道ミサイルの発射など挑発的な動きに出てくる可能性は排除できません。ことし2020年は朝鮮労働党の創立から75年の節目の年でもあります。10月の記念日に向けて軍事パレードなど軍事力を誇示する行動に出てくることも十分考えられます。
また韓国メディアは情報筋の話として、これまでアメリカとの交渉を担ってきた外交官出身のリ・スヨン副委員長とリ・ヨンホ外相が解任されたと伝えています。年末に示された新たな方針を推進するため外交メンバーを一新したものとみられます。こうした変化を短期的に見れば、非核化の行方、悲観的にならざるを得ません。

しかし、すでに複数の核兵器を手にしているとみられる北朝鮮の完全な非核化には、多くの困難と長い時間が必要なことは当初から予想されていたことです。まずは原点に立ち戻ることが大切ではないでしょうか。

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おととしの6月、シンガポールでの歴史的な米朝首脳会談で両首脳は、「新たな米朝関係の樹立」「永続的で安定した平和体制の構築」「朝鮮半島の完全な非核化」の3つの柱からなる共同宣言に署名しています。非核化に向けた大きな骨格はすでにできているのです。まずはこの基本合意を崩さないこと、そして実務者による地道な協議を積み重ねてこれをひとつひとつ具体化していくことが不可欠と考えます。

ことしは東京で平和の祭典であるオリンピック、パラリンピックが開催される年です。北朝鮮の核は、この地域の平和と安定を脅かす深刻な脅威です。「朝鮮半島情勢がこれからどうなっていくのか」、それを予測して万全の備えをしていくことはもちろんですが、「朝鮮半島をこれからどうしていくのか」、そのために日本はどんな役割を果たせばよいのか。
ただ傍観するのではなく、より主体的な関わり方が求められてきているように思います。

(出石 直 解説委員)

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