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「どう進める 病院の再編・統合」(時論公論)

堀家 春野  解説委員

“荒療治”は効を奏するのでしょうか。厚生労働省が異例ともいえる全国400余りの公立・公的病院の名前を公表し、病院の再編や統合、つまり病院を無くしたり一緒にしたりする議論を進めるよう求めています。1月17日には都道府県に対し民間病院も含め検討し、ことしの秋までに地域医療の未来図をつくるよう求めました。“名指し”された病院や地域に波紋が広がった一方で、肝心の再編や統合の議論はなかなか進んでいません。

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(解説のポイント)
解説のポイントは3つ。

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▽なぜ厚生労働省は“荒療治”に踏み切ったのか。その背景を踏まえた上で、▽病院を統合した地域から見えてきた課題、そして、▽街づくりの視点から病院の再編・統合を考えます。

(異例の病院名公表)

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「病院の再編・統合について議論してほしい」。厚生労働省が全国400余りの公立・公的病院の名前を公表したのは去年9月のことでした。“名指し”したのは▽がんや救急など9つの領域での診療実績が特に少ない、▽近くに似たような機能を持つ病院があるというところです。先週には全国3000余りの民間病院の診療実績のデータを都道府県に示し、民間病院も含め検討しことし9月末までに結論をまとめてほしいと求めました。
名指しされた地域の住民などからは「病院が無くなるのか」といった不安の声も上がりました。

(“荒療治”の背景)
それでも厚生労働省が“荒療治”に踏み切ったのは再編・統合の議論が進まない状況を変えるためです。団塊の世代がすべて75歳以上になる2025年に向けて地域医療の未来図をつくるよう最初に都道府県に求めたのは7年前。しかし、住民の反対への懸念や医療関係者の利害調整が難しく、議論は進んできませんでした。ではなぜ病院の再編・統合が必要なのか。働き手が減る中、このままだと医療が提供できなくなるという強い懸念があるからです。

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状況をさらに難しくしているのが医師の働き方改革です。日本は人口当たりの病床数が先進国の中でも多く、医師が疲弊する要因になっているとも指摘されています。患者にとっても十分に診てもらえないという懸念があります。4年後の2024年には医師の残業時間に規制が設けられることから病院の再編・統合を進め医師の働き方改革や医療の質の向上につなげようというのです。

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そしてもうひとつ、医療のミスマッチを解消しなければなりません。どういうことかといいますと、いま、入院患者の7割以上は65歳以上です。骨折や肺炎などの患者が多く、ニーズはリハビリなどに移ってきています。ところが、日本の病院の多くは超高齢社会を迎える前の1980年代までにつくられたもので、手術などを行い徹底的に治す“急性期の病院”が中心です。ですので、病院の再編・統合を通じて急性期の病床を減らしリハビリや在宅医療などを充実させる狙いもあるのです。

(統合から見えてきた課題)

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では、実際に病院の再編・統合をどう進めていけばいいのでしょうか。ここからは統合したケースを元に考えます。石川県加賀市は4年前、市内の2つの病院を統合し、新たな病院を開設しました。対象になったのは市民病院と公設民営の病院で、いずれも救急を受け入れる急性期の病院でした。それぞれが医師不足で救急患者を受けきれず、3人に1人が市の外に搬送されていました。2つの病院が建て替えのタイミングを迎えたところで市は統合を決断します。ところが、住民からは計画の見直しを求める声が相次ぎます。▽病院が遠くなる、▽跡地の利用計画がなく街が寂しくなる、加えて▽統合ありきで議論が進められているといった反発が広がり、市長選挙の争点のひとつにもなりました。

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新たな市長は計画を白紙に戻し、第三者による委員会で検証を行います。検証委員会は、住民を巻き込んだ議論を行わなかったことに問題があるとした上で、病院を統合する際に国から支給される交付金の期限が迫っていたため結論ありきで統合を進めざるを得なかったと指摘しました。当時、交付金の内示から工事の着工までの期限はおよそ2年半。住民が不安に感じていた跡地をどうするのかといった検討まで行う余裕がなかったのです。

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結局、検証委員会は病院の統合自体には合理性があると結論付け、市は計画通り新たな病院を開設。その際、住民からの目立った反対はなくなっていました。なぜなのでしょうか。当時計画の見直しを求めていた住民グループの元代表にたずねたところ、3つの理由をあげました。①まず、検証委員会が住民の意見を聞き、取り入れたこと、そして②市内全域と新たな病院を結ぶ乗り合いバスが整備され、病院へのアクセスが確保されたこと、さらには③病院の跡地利用が明確になったことです。その跡地はいまどうなっているのでしょうか。廃止される予定だった病院は、住民の意見を聞いた結果、高齢者のニーズが高い整形外科などを備えた外来だけの診療所として残されました。住民のたっての希望で障害のある子どもを受け入れるデイサービスも存続しました。

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一方、廃止された市民病院は建物を改修し、会議室や子育て支援の拠点のほか、外国人が学ぶ日本語学校を誘致しました。若い外国人と地域との交流もうまれているといいます。そして、2つの病院を統合し新たに開設した病院。25の診療科を備え医師を一つの病院に集約した結果、救急患者を断ることはほぼ無くなり、住民の安心にもつながっているといいます。患者の受け入れが増えたことで経営が安定し、様々な経験がつめると研修医や学生の実習の受け入れも増えるという良い循環もうまれています。

(病院の再編・統合は街づくり)

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加賀市のケースはいずれも設置主体が市で調整がしやすかった面もあります。民間も含めての再編・統合の議論はさらに難しくなることが予想されます。ではこれから地域医療の未来図をどうつくっていけばいいのでしょうか。加賀市のケースを踏まえポイントを2つ挙げたいと思います。まず、病院の再編・統合は、医療だけの問題ではなく街づくりそのものだということです。いつでも救急患者を受け入れてくれても病院が遠くなるといった影響を受ける住民もいます。厚生労働省は医療関係者でつくる地域の会議で議論を進めるよう求めていますが、病院を再編・統合するのかしないのか、医療関係者だけでなく、影響を受ける住民を巻き込んで議論を尽くし、納得を得ることが欠かせません。そして2つ目は再編・統合の期限についてです。厚生労働省はことし9月末までに結論を出すよう求め財政的な支援を行う方針です。ですが、街の将来像を示し住民の納得を得るまでには時間がかかるケースも出てくるでしょう。期限については柔軟に対応してほしいと思います。これから2040年に向けて高齢者は増え続ける一方、働き手の減少や医師の働き方改革など医療をめぐる環境は大きく変わります。超高齢社会に合わせた医療の未来図を今度こそつくることができるのか。地域の実情にあった実りある議論を期待したいと思います。

(堀家 春野 解説委員)


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