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「2020年春闘 問われる 新たな雇用・人材育成」(時論公論)

今井 純子  解説委員

経団連は、きょう、春闘に向けた経営側の指針となる報告書を発表しました。同一労働同一賃金や長時間労働の是正など、たくさんのテーマがある中で、今年は、年功序列や終身雇用といった「日本型の雇用システムの見直し」。そして、その一環としての「人材育成」を議論するよう求めた点が大きな特徴です。その背景には、企業を取り巻く環境が急速に変化している中、今のままでは企業が生き残れないという危機感があります。きょうはこの問題について考えてみたいと思います。

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【報告書の焦点】
(春闘に向けた賃上げ要求)
まずは、毎年、春闘の大きなテーマになってきた賃金についてみてみます。
連合は、消費税や社会保障の負担が増えていることから、働く人たちの間で将来への不安が高まっているとして、去年の要求と同じ、2%程度のベースアップ=基本給の引き上げを求めています。安倍総理大臣も7年連続で賃金引き上げに期待を示しています。

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(賃上げの流れは維持)
これに対して、経団連の報告書は、
▼賃金引き上げの流れを維持するよう求めてはいます。ただ、ベースアップに加え、ボーナスや手当も柱に、様々な組み合わせで考えるべきだとしています。
▼さらに、米中貿易摩擦などの影響で、減益に転じる企業がでていること。経済全体の先行きにも不透明感が広がっていることから、各社の実情に応じて検討することが基本だとして、企業や社員によって賃金引き上げにばらつきがでてもやむをえないという考えも示しています。

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(終身雇用・年功序列の見直しを提唱)
そして、今年、経団連が大きなテーマとして打ち出したのが、日本型の雇用・賃金制度の見直し=年功序列型の賃金や終身雇用などの見直しです。報告書では、国際的な調査の結果として、
▼日本の企業の中で、71%の社員が「やる気が低い」。また、23%が「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」で、「熱意あふれる社員」は6%にすぎないという点に触れています。6%というのは、139か国のうち132位です。少し驚く調査ですが、経団連は、これを危機感を持って受け止め、
▼社員のやる気を高めるためにも、一人一人の意向に沿ってキャリア形成を支援する研修に力を入れること。そして、得た能力や技術に見合う賃金に変えていくことが欠かせない、という考えを示しています。

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【背景と評価】
(企業はこれまでの枠組みを超えた事業領域へ)
ただ、経団連が、年功序列型の賃金や終身雇用などの見直しを求めた、もともとの背景にあるのは、AIやIoT、自動運転などの技術の進展で、企業を取り巻く環境が急激に変化していることへの危機感です。
▼トヨタは、今年に入って、自動運転やAI、ロボットなどを活用した「未来型の新しい都市」の開発に乗り出す計画を発表しています。
▼また、ソニーが自動運転の車を試作したり
▼銀行が支店の窓口を減らして、スマホを利用した金融サービスなど、フィンテックの分野に軸足を移したりするなど
企業は、その姿や形を大きく変えようとしています。

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(求める人材が変化、そのための賃金体系も変化が必要)
当然、求める人材も、これまでとは変わります。特に、各社が求める「AIやITなどの優秀な人材」は、現状では限られ、世界的な採りあいになっています。
▼これまでの年功序列型の賃金では、こうした人材は振り向いてくれません。社内にいても外に出てしまいます。高い賃金で、採用したり、つなぎとめたりすることが欠かせない。
▼一方、これまでの仕事がなくなる社員もでてきます。そうした社員について、新しい技術や知識を身につけてもらい、熱意を持って、新たな仕事についてもらう。そのためにも、研修に力を入れるとともに、年功序列、終身雇用ではなく、能力・技術に見合った賃金に変えていくことが求められている。社内でやりたい仕事がないのであれば、別の会社に移ってもらう仕組みも必要だ。
報告書からは、経団連の、こうした考えが浮かび上がってきます。

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(評価)
政府は、希望する人が70歳まで働くことができる制度を整えるよう、企業に努力義務をかける方針です。経団連が、社員に長く働いてもらうためにも、やる気と能力を高める研修に力を入れ、努力に報いるよう賃金も改善していく。人への投資が大事だと、打ち出している方向性については、評価したいと思います。
ただ、実際の企業の動きを見てみると、最も大事な「人を育てる投資」の部分が抜け落ちて、働く人の二極化が進むのではないかという懸念が出てきます。

【すでに崩れ始めた日本型の雇用・賃金】
(上限なしで高い報酬を払う企業が増加)
すでに企業の間では、新卒でも、中途でもどうしてもほしい優秀な人材については年功序列とは違う賃金体系で採用する動きが進んでいます。例えば、
▼NTTグループ各社は、AIやデータ分析、サイバーセキュリティーなど、高度な知識を持つ技術者などに対して、上限なしで高い報酬を払う仕組みを導入していますし、
▼NECも、ITやAIの研究者について、それまでの研究の成果に応じて、入社一年目からでも高額の報酬を支払える制度を導入しました。
▼富士通も同じような制度を導入する方針です。

(増える希望退職)
一方、去年一年間に、希望退職を募った企業は、日本全体で、企業の数としても社員の数としても、前の年の3倍に増えました。目立つのは、業績が好調なのに事業の見直しに応じて希望退職を募る動きでした。

(二極化が進む心配)
こうした動きを、働く側からみると、
▼最先端の技術や知識を持った一部の優秀な人材だけは、新卒・中途にかかわらず、そして、海外からも含めて、高い賃金で採用する。
▼一方、多くの社員は賃金がなかなか上がらない。その上、仕事がなくなったり、技術が陳腐化したりしたら、外に出るよう促される。
企業にとって、都合の良い、こうした制度に変えていこうとしているのではないか。そのような懸念がぬぐえません。それでは、人材の二極化が進むばかりです。

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【課題】
(人を育てる取りくみを!)
技術の進歩が速い中、働く側も、就職した後、絶えず、新しい知識や技術を学ぶ努力が求められる時代になってきた。そのことは否定できないかもしれません。
だからこそ、経営側は、短期的に、外からの人材を、高い報酬で採るだけではなく、長期的な視点で、社内で、必要な技術や知識を持った社員を育てる取り組みに力を入れること。それが、今、最も求められているのではないでしょうか。
多くの社員がやる気を持って高度な技術や知識の習得に取り組めるようにするには、賃金全体の底上げも欠かせません。企業は全体で減益の見通しといっても、利益の水準は高く。抱える現金・預金も膨れ上がっています。余力はあるはずです。

(取り組む企業も)
人材を育てる取り組みに力を入れ始めた企業もあります。
▼工作機械大手の森精機は、先端技術研究センターを設立して、学生に対して、半年のインターンシップで、AIやデータ分析などのトップ人材をいちから育て、採用につなげる取り組みを始めています。
▼日立製作所も、去年、研修体制を見直して日立アカデミーをスタート。希望する多くの社員を対象にデータ分析やIT技術などの研修に力を入れています。
ただ、このように社内で人材を育てる取り組みは、まだ、限られています。

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【まとめ】
今年の春闘は、来週から事実上交渉が始まります。働く人がどうしたら熱意を持って働き続けることができるのか。新しい時代に向けて、人を育てる研修の体制や雇用・賃金のあり方について、各企業の労使でしっかり議論をしてもらいたいと思います。

(今井 純子 解説委員)

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