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「米・イラン軍事的緊張と核合意の行方」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■イランの革命防衛隊の司令官がアメリカ軍の攻撃で殺害されたことをきっかけに、イランとアメリカの軍事的な緊張が極度に高まり、イランによる報復のミサイル攻撃も起きましたが、アメリカのトランプ大統領は、反撃を当面控える意向を表明しました。
これによって、軍事衝突の危機は去ったと言えるのか、そして、軍事的緊張のきっかけとなった「イラン核合意」の行方について考えます。

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解説のポイントは、▼ギリギリで働いた双方の自制。▼危機はまだ終わっていない。▼核合意の存続は。この3点です。

■最初のポイントから見てゆきます。
今回の危機は、今月3日、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官らが、隣国イラクで殺害されたことがきっかけです。トランプ大統領が自ら作戦実行を決断しました。革命防衛隊の対外工作を取り仕切る司令官は、アメリカだけでなく、イスラエルやサウジアラビアなど同盟国の大きな脅威になっているという認識です。イラン各地で行われた司令官の追悼行事には、合わせて数百万人の群衆が集まりました。最高指導者ハメネイ師らが「必ず報復する」と宣言し、8日、イラクにあるアメリカ軍の基地2か所を弾道ミサイルで攻撃しました。この攻撃で犠牲者は1人も出ませんでした。

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イラン側が、アメリカの反撃を招かないよう、あえて対象を絞り込み、事前にイラク政府にも通告するなど、慎重に考えぬかれた攻撃でした。イランの指導部は、何の報復もしないという選択肢はとれない一方で、世界最強のアメリカ軍との全面衝突は回避したい。アメリカと戦争になれば、イスラム体制の崩壊につながりかねないとの計算が働いたと見られます。事態をエスカレートさせる意図がないことは明らかでした。

■世界がかたずをのんで見守る中、トランプ大統領が下した判断は、現時点で、イランに対する軍事攻撃に踏み切ることはせず、追加制裁の実施にとどめるというものでした。「事態をエスカレートさせたくない」というイラン側のメッセージが、今回は、トランプ大統領にも伝わったと言えます。トランプ大統領自身、中東地域から軍を撤退させることを公約としてきただけに、秋の大統領選挙を控え、アメリカ軍の増派を命ずることになるのは想定外で、イランとの全面衝突は意図していなかったと見られます。

■こうして、この1週間、世界を心配させた本格的な軍事衝突は、いったん回避されたという見方が支配的です。
しかしながら、去年5月以降、続いてきた、アメリカとイランの軍事衝突の危機が去ったとは言えません。むしろ、これから先、何が起きても不思議でない危険な状況が続くと予想されます。理由はいくつかあります。

▼注目しなければならないのは、まず、イランが、ミサイル攻撃を行った直後、最高指導者ハメネイ師が国民向けに行った演説です。ハメネイ師は、「今回の軍事行動は十分でない。この地域からアメリカの存在を消し去ることが重要だ」と述べています。イランが、時を移して、さらに報復攻撃を行う可能性があること。アメリカ軍を、中東地域から追放することを究極の目標にしていることを示した発言です。

▼次に、イランの周辺国で活動するイスラム教シーア派の武装組織による報復攻撃の可能性です。
3日のアメリカ軍の攻撃では、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官とともに、イラクのシーア派武装組織の幹部も殺害されました。この組織は、イラン革命防衛隊の支援を受け、イラク国内で、過激派組織ISと戦ってきました。彼らが、幹部の仇を取ろうと、アメリカ軍に対する攻撃を行うことも予想され、実際、バグダッドのアメリカ大使館を狙ったロケット弾攻撃も起きています。

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同じように、イラン革命防衛隊の支援を受け、イラク、シリア、レバノン、イエメン、パレスチナなどで活動する武装組織が、ハメネイ師の意向を汲んで、軍事行動を起こす可能性もあり、同盟国のサウジアラビアやイスラエルも攻撃の対象となりえます。

■そして、この間、トランプ政権とイランの緊張を招く最大の原因となった「イラン核合意」に関しても、重大な動きがありました。

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5日、イラン政府が、「今後は、ウラン濃縮度や遠心分離機の数など、核合意の制限には縛られず、必要に応じて核開発を進めてゆく」という声明を出したのです。

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イランは、アメリカの制裁に対抗して、核合意の一部の義務を守らない措置を、段階的に打ち出してきました。それでも、核合意の中核とも言える「ウラン濃縮度」については、すでに核合意の制限以上に引き上げたものの、原子力発電用の燃料レベルにあたる4.5%程度に抑えてきました。仮に、イランが、ウラン濃縮度を、核合意ができる前のレベル、すなわち、医療用の20%のレベルを超えて引き上げた場合には、核兵器の開発を目論んでいるのではないかという疑念が国際社会に広がり、核合意の枠組みを維持してゆくことは、もはや、できなくなります。
しかし、まだ、核合意を維持できる希望はあります。

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イラン政府は、今回の声明の中で、IAEA・国際原子力機関との協力を続け、査察を受け入れる考えを示すとともに、アメリカの制裁が解除されれば、これまでの対抗措置を撤回して、核合意を完全に守る意向を明らかにしています。
ここに、イランの本音が窺えます。イランは、核合意を崩壊させることは望んでおらず、
アメリカ以外の国も合意を守り、維持してほしい、アメリカの制裁に同調せず、イランとの取引を再開してほしいと切望しているのです。

▼しかしながら、これまでイランの立場に理解を示していたヨーロッパの国々も、核合意の義務違反を進め、ウラン濃縮の制限をも無視するイラン側の対応に、態度を硬化させています。イランはしだいに孤立を深め、核合意を守ることへの「経済的な見返り」を獲得できる見通しは立たなくなっています。

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▼こうした状況の中、トランプ大統領は、イランに対し、追加制裁を科すことを決めました。イランにさらなる圧力をかけ、交渉のテーブルに引きずり出し、現在の核合意にかわる、より厳しい内容の「新たな合意」を結ぶのが狙いです。
これに対し、イランの指導部は、トランプ政権からの交渉の呼びかけを一切拒否しています。経済的に追い込まれた場合、イランは、核開発のカード、たとえばウラン濃縮度を大幅に引き上げることで、核合意の崩壊を恐れる国際社会に譲歩を迫る「瀬戸際外交」に出る可能性があります。
それは、トランプ政権やイスラエルの軍事行動を誘発しかねない極めて危険なゲームと言わざるを得ません。アメリカを除く関係国が、はたして「核合意」を維持することができるのかが、今年最大の焦点と言えます。

■大規模な軍事衝突が起きる恐れは、ひとまず遠のいたかもしれませんが、危機が去ったとは、到底言えません。双方が望まなくとも、偶発的な衝突をきっかけに、思わぬかたちで戦争に発展した例は枚挙にいとまがありません。
イランで、8日、ウクライナの旅客機が墜落したのは、イランが地対空ミサイルで、誤って撃墜してしまったのではないかという見方が広がっていますが、こうした出来事が、関係国を戦争に巻き込む結果を招きかねません。

■安倍総理は、あすから、中東のサウジアラビア、アラブ首長国連邦、オマーンの3か国を訪問する予定ですが、この機会をとらえて、イランに対しても強い働きかけを行うなど、軍事衝突を回避し、「核合意」を維持するための外交に、全力を傾けてもらいたいと思います。
ペルシャ湾岸地域にエネルギーの大部分を頼る日本。アメリカとイラン双方と良好な関係を持つメリットを活かし、自制と緊張緩和を求め続ける必要があると思います。     

(出川 展恒 解説委員)

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