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「相模原殺傷事件 異例の初公判」(時論公論)

清永 聡  解説委員

相模原市の知的障害者施設で19人が殺害されるなどした事件で、元職員の裁判員裁判が横浜地方裁判所で始まりました。
初公判まで3年半と時間がかかった上、傍聴席に壁が作られ被害者のほとんどが匿名と言う異例の法廷になりました。なぜ異例となったのかに焦点をあてて考えます。

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【解説のポイント】

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まず、今後の裁判の注目点。
そして長引いた公判前整理手続き。
最後に遮蔽や記号が使われた法廷が何を表しているのかを考えます。

【初公判の内容は】
4年前、相模原市の「津久井やまゆり園」で入所者が次々と刃物で刺されて19人が殺害され、26人がけがをした事件では、元職員の植松聖被告が殺人などの罪に問われています。
裁判員裁判で行われた横浜地方裁判所の初公判で植松被告は「みなさまに深くお詫びします」と述べ、弁護士は「被告は事件当時精神障害があり、障害の影響で刑事責任能力が失われていたか、著しく弱っていた」など無罪を主張しました。
ところが、その直後、被告は法廷で暴れだし、裁判長は午前中の審理を取りやめるという展開になりました。傍聴していた人からは落胆の声が聞かれました。

【繰り返す差別発言】

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被告はこれまでも「障害者は不幸しか作らない」など到底容認できない差別発言を繰り返していました。2度精神鑑定が行われ、いずれも自らを特別な存在だと考える「自己愛性パーソナリティー障害」など複合的な人格障害があったと指摘されています。
ただ、人格障害があるから他人に危害を加えるというわけではありません。解明が望まれるのは、被告が施設で働いていた間に障害者の殺害を正当化するようになったきっかけは何だったのか。そして、ゆがんだ価値観はなぜ増幅されたのか。
今後の審理でこうした点をできるだけ明らかにしてほしいと思います。

【初公判まで3年半】
今回は事件から初公判まで実に3年半近くもかかりました。どうしてこれほど長い時間がかかるのか。それは途中で鑑定が行われたこともありますが、「公判前整理手続き」と呼ばれる手続きが続いたことが大きな理由です。

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裁判員裁判で審理が行われるため、市民に負担をかけないよう裁判の期間を短くする必要があります。そこで裁判官と検察官、それに弁護士が事前に争点や証拠を絞り込みます。その代わりに裁判を短くする。これが公判前整理手続きです。

【長くなる公判前整理手続き】

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ところが、今回この手続きが2年間を超えました。これまでの平均は裁判員裁判が始まった年が2.8か月、一昨年は8.2か月でしたから、平均と比べても極端に長くなっています。
今回のように被害者の数が多く複雑な事件になるほど、長期化する傾向があります。ただ手続きが長引けば、それだけスタートラインが後ろにずれていき、裁判が遅くなります。
重大な事件ほどなかなか裁判が始まらないケースはほかにも起きています。開始が極端に遅れても本当の「迅速化」と言えるのでしょうか。できるだけ公判前整理手続きを短くする努力が必要です。

【非公開が続く】

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しかも、この公判前整理手続き。非公開とされています。つまり長引くほど遺族や被害者も長期間、見ることができません。
かつて制度が始まった時、私は当時の裁判所の幹部から「打ち合わせの内容はできるだけ詳細に公表する」と説明を受けたことがあります。しかし、現在は簡単なメモ程度で具体的な検討結果は公表されないことが珍しくありません。
加えて、手続きが長期間になればなるほど、裁判官は主張や審理の進め方を熟知することにもなり得ます。それで市民と果たして本当に対等な議論となるのか。懸念も指摘されています。

【遮蔽と記号】

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今回の横浜地裁の法廷をスケッチしたものです。右側の3分の1に高さ1メートル80センチほどの遮蔽版が立てられ、この向こう側が遺族や関係者の席となっています。
加えて、法廷でのやり取りは、漢字の「甲・乙・丙」という文字にアルファベットを組み合わせ、殺害された19人全員が「甲A」「甲B」、けがをした人はほとんどが「乙A」「乙B」、別の人も「丙A」などと呼ばれます。
法廷の3分の1は隠され、被害者だけでも40人以上が記号で呼ばれる。大量の記号が飛び交う極めて異例のやりとりになります。
これは遺族などが差別を心配し要望したためとみられます。また、裁判所も「遺族らの心情に配慮して対応した」としています。

【「例外」が広がりすぎないよう】

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裁判所の判断で被害者を明らかにしないこの制度は、2007年に設けられました(被害者等特定事項の非公開)。2016年からは証人についても同様の制度ができています(証人等特定事項の非公開)。
最高裁のまとめでは一昨年、非公開とされた被害者はおよそ3800人、証人は170人。
ただ、現状は被害者の非公開は、申し立てがあれば99%認められています。
裁判は公開が「原則」で、公開の制限は必要がある場合に限られる「例外」です。
今回のように非公開が40人以上となると、裁判員が大量の記号のやり取りを聞いて、正確に審理の内容を把握できるのか、混乱は生じないのか、懸念も残ります。
遺族の中には名前を公表した人もいます。それでもなお、特に亡くなった方をすべて記号にしてしまうことには違和感を持つ人もいるのではないでしょうか。
裁判所は申し立てをただ受け入れるのではなく、例外が歯止めなく広がることのないよう、裁判の公開と制限のバランスを慎重に検討し、十分議論することも必要になると思います。

【見えない法廷は社会の写し鏡か】
12月26日、事件の月命日に合わせて、やまゆり園の元職員などが当時の施設の前に設けられた献花台で、花を手向けました。私もこの日、訪れた人に現場で話を聞きました。
30年以上勤務していた元職員の一人、太田顕さんもかつて自分が担当していた人が、今回の事件で犠牲になったということです。

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太田さんは「遺族の中には地域で暮らせず、やむを得ず施設に子どもを預けた親もいる。差別を恐れて名前を言えない遺族の思いも理解してほしい」と話していました。
今回の事件の根源には障害者への差別があります。しかし、今も悪質なネットへの書き込みなどはなくなりません。太田さんは、「匿名にせざるを得ないのは、今も社会に差別がなくなっていないからだ」と遺族の気持ちを代弁します。

遮蔽と記号に囲まれた今回の法廷は、本来の刑事裁判からかけ離れたものです。しかし、この光景は、実は障害者への差別が今もなくならない、社会のいびつな部分を可視化した姿のように思えてなりません。

この日、献花台を訪れた人の多くが「2度と事件を繰り返してほしくない」と語っていました。
その思いは、被害者や遺族はもちろん、多くの人たちに共通するはずです。
そのために何が必要か。そして差別や偏見、さらに無理解をなくすためにはどのような取り組みが求められるのか。この裁判が、今後に向けた糸口を見出す、きっかけにしてほしい、そう強く願います。

(清永 聡 解説委員)

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