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「展望 2020年の国際情勢」(時論公論)

今村 啓一  解説委員長

年明けのアメリカ軍によるイランの精鋭部隊の司令官殺害は、
世界に大きな衝撃を与えています。
不確実性が一段と高まる2020年の国際情勢を展望します。

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ポイントは、三つ。
・アメリカとイランの対立の行方。
・対立がアメリカの大統領選挙に及ぼす影響。
・国際経済が抱えるリスク、について考えます。

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①アメリカとイランの対立の行方。
今年初めての取引となった6日の東京株式市場は一時500円以上値下がりし、
アジアを始め世界各国でも株価が軒並み下落。
アメリカによるイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の殺害を受け、イランが報復に出て、本格的な軍事衝突に繋がるのはないかとの懸念が一気に高まっています。

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今回の攻撃についてアメリカ政府は
「ソレイマニ司令官は、イラクや周辺地域でアメリカの外交官や、
軍人を攻撃する計画を進めており、それを防ぐために行った」として
正当性を主張しています。
これに対しイランの最高指導者ハメネイ師は
「犯罪者には厳しい報復が待ち受けている」として
アメリカに対し断固として報復する考えを示しています。

ソレイマニ司令官は、イランの最高指導者直属の精鋭部隊、革命防衛隊の傘下にある
「コッズ」部隊で対外工作を行う責任者でした。
シリアやイラク、レバノンをはじめ
イランの海外での影響力を高める重要な役割を果たしてきました。
イラン国内でも英雄として人気が高い、ソレイマニ司令官の殺害は、
アメリカでいえばCIA長官かそれ以上の重要閣僚が暗殺されたと同じ意味を持つといえます。

トランプ大統領としては、去年末からイラクで、アメリカ軍やその関係者が
イランの支持を受けた民兵組織からとみられる攻撃を受けたことなどから
これ以上アメリカ軍に被害が広がれば、
アメリカ国民から弱腰と見られかないとして、攻撃を決断したものとみられます。

ただ、トランプ大統領は同時に「戦争を始めるために行動を起こしたのではない」と述べ、イランと本格的な軍事衝突に進むことは避けたい考えを滲ませています。

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去年末にイランと共に周辺の海域で合同軍事演習を行った、ロシアと中国は、
早速アメリカの行動を非難してイランを支持する姿勢を明確に打ち出しました。
ヨーロッパ各国は、アメリカとイラン双方に
緊張緩和と自制を求める声明を相次いで発表しています。
安倍総理大臣も今日の会見で
「すべての関係者に緊張緩和のため外交努力を尽くすことを求める」と述べ、
日本ならではの外交を粘り強く展開する考えを示しました。

しかし、精鋭部隊のトップが殺害されたイランは、
軍事力では圧倒的に優位なアメリカとの全面的な戦争は避けつつも、
国家の意思としてアメリカに報復したことを明確に示すため
最も効果的な場所や目標を選んで、
アメリカ軍や関係者を狙い攻撃に出るタイミングを探るものとみられます。

これに対しトランプ大統領もイランが報復に出れば、52か所のイラン関連施設を
攻撃するとして強くけん制し双方の応酬が続いています。

②対立がアメリカの大統領選挙に及ぼす影響。
今回の事態をきっかけに今年11月行われるアメリカの大統領選挙では、
外交政策が争点として急浮上しています。

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今回の攻撃について
トランプ大統領が「アメリカ人を守るために行動を起こした」と主張しているのに対し、
民主党の候補者選びで優位に立つバイデン前副大統領は
「トランプ大統領は、ダイナマイトを一触即発の危険な地域に放り投げた」として激しく非難しています。

アメリカの国内の世論調査では、イランとの対立について
戦争以外の手段で解決すべきと考える人が75%に上っています。

緊張の高まりを受けてアメリカは中東に新たに兵士3000人を増派し
イランへの圧力を強める構えです。

4年前の大統領選挙で中東からの兵を引くことを公約として掲げ当選したトランプ大統領が再選をかけて選挙を戦うことし、自らの決断で逆に中東に追加の兵力を送らなければならない事態に迫られています。
イランへの強硬姿勢を示し支持の拡大を狙うトランプ大統領の思惑が狙い通りになるのか、それとも逆にイランとの対立がエスカレートし、再選戦略の命取りになるのか、アメリカとイランとの対立の行方は大統領選の流れを大きく左右することになります。

③国際経済が抱えるリスク
一方経済面でも先行きへの不確実性は一段と高まっています。

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世界経済はことし、減速しつつも3%程度の成長が見込まれていますが、
各国のメディア報道などをもとに
経済政策の不確実性がどれだけ高まっているかを分析した「指数」は、
トランプ大統領の登場以来高い水準に張り付いたままです。
最大のリスクであるアメリカと中国の対立は、貿易交渉の第一段階で合意し、
一時休戦ともいえる状態になっていますが、先端技術や軍事をめぐる覇権争いを含め両国の間の根本的な対立の構造は残ったままです。

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もう一つのリスクが、世界的な低金利を背景に、膨らみ続ける巨額債務の存在です。
IMF、国際通貨基金は、世界の国や企業、家計が抱える借金は2京円を上回り、
世界全体のGDPの2倍以上に膨らんでいると警戒を強めています。

背景には世界的な金余りの中で金融機関や年金基金といった機関投資家が、リスクが高くても少しでも高い利回りが期待できる企業への融資や投資を増やしていることがあります。
特にBBB(トリプルビー)と呼ばれる格付けで投資できるぎりぎり最低ランクの企業が発行する社債の残高がリーマンショックの時と比べて4倍に増えています。
景気が大幅に悪化した場合、これらの債務の返済が一気に滞る恐れがあるとして、
IMFは金融機関に対しリスクの管理を強化する必要があると警鐘を鳴らしています。

経済を支えるため各国中央銀行が繰り返してきた金融緩和が、
逆に新たなバブルの芽を膨らませる形になっています。

溢れかえったマネーがごく一部の富裕層に集中する一方で、グローバル化の恩恵を受けられず、不満を募らせる人々の声は一段と高まり、世界各地で社会の分断が進んでいます。
南米の優等生といわれたチリでの抗議デモや民主化を求める香港の若者の抗議行動も、
根源には格差拡大に対する怒りがあると指摘されています。
格差についての研究の第一人者でニューヨーク市立大学のブランコ・ミラノヴィッチ教授は、外交誌フォーリン・アフェアーズへの寄稿で、
「資本主義は格差拡大という非常に大きな問題に直面し、存続が脅かされている。
富裕層により税金をかけて富の再分配を行う共に、人々に教育の機会を均等に与えて、格差の固定化を避けるべきだ」と強調しています。

アメリカとイランとの対立の行方がどうなるのか。
世界的な金余りのつけともいえる格差拡大への不満と社会の分断をどう乗り越えるのか。
今年も国際情勢に横たわるリスクと高まる不確実性について注視する必要があります。

(今村 啓一 解説委員長)

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