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「自衛隊 中東派遣の意味」(時論公論)

出川 展恒  解説委員
権藤 敏範  解説委員

【出川】
世界のエネルギーが集中するペルシャ湾の周辺で、イランとアメリカなどの緊張が高まったことを受けて、日本政府は、今週にも、自衛隊を中東地域に派遣することを閣議で決めることにしています。安倍総理大臣は、先週末、来日したイランのロウハニ大統領に、自衛隊派遣への理解を求めました。派遣の目的と背景、そして、今後の課題について、中東情勢担当の私・出川と、政治担当の権藤解説委員でお伝えします。
権藤さん、まず、政府が閣議で決める内容を説明してください。

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【権藤】
政府は、中東地域で、日本の船が安全に航行できるように、防衛省設置法の「調査・研究」の規定に基づいて情報収集を行う方針です。
新たに海上自衛隊の護衛艦1隻を派遣するとともに、すでに、現地で海賊対策にあたっているP3C哨戒機を活用することにしています。活動する地域は、オマーン湾やアラビア海の北部、それにアデン湾です。緊迫しているペルシャ湾やホルムズ海峡は、含まれません。アメリカ主導のいわゆる「有志連合」には参加せず、日本独自の取り組みとして派遣し、その期間は1年間。さらに必要があれば1年ごとに延長していくとしています。

【出川】
日本政府が、自衛隊を中東地域に派遣するものの、「有志連合」には参加せず、独自の取り組みとするのはなぜですか。

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【権藤】
アメリカとイラン、双方への配慮からです。日本は、アメリカの同盟国であるとともに、イランとも伝統的に友好関係を維持しており、核開発問題などをめぐって対立が深まる両国の橋渡し役を目指してきました。こうした中、トランプ政権は、「ホルムズ海峡などの安全確保のため」として、各国に「有志連合」への参加を呼びかけます。日本としては、イランとの関係が悪化しないように「有志連合」には参加せず、一方で、アメリカへの協力姿勢を示すために、自衛隊を、「独自の取り組み」として派遣することを決めました。「苦肉の策」との指摘もあるこの取り組みを、アメリカ側は、「いかなる形でも有益だ」と歓迎しています。あとは、イラン側の理解を得られれば良いとなった訳です。

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【出川】
イランは、トランプ政権が主導する「有志連合」を、イランに圧力をかけるための「敵対行為」とみなしています。ただ、今回のロウハニ大統領の訪日の狙いは、自衛隊の派遣問題を議論するためというよりも、アメリカの制裁で悪化の一途をたどる経済を立て直し、外交的な孤立から脱するため、日本に協力と支援を求めることに重点が置かれていました。
安倍総理との首脳会談で、自衛隊の派遣について説明を受けたロウハニ大統領は、「航行の安全確保に貢献する日本の意図は理解している。透明性をもった説明は評価する」と述べました。「有志連合」には参加しないということで、一定の理解を示したものと言えます。

【権藤】
ただ、派遣をめぐっては、国内でも、野党側から、「有志連合の事実上の後方支援だ」などとして、派遣そのものに反対する意見が相次ぎましたし、与党内からも、派遣に慎重な立場の公明党を中心に、長期化を防ぐ歯止めが必要だなどといった指摘が出されていました。そこで、政府は、例えば、期間を延長する場合は、本来必要のない、閣議決定を改めて行い、国会に報告することにしました。手続きを重ね、より慎重な政府の姿勢を示し、理解を求めたい考えです。

【出川】
今回の派遣、軍事的に緊張し、日本のタンカーが頻繁に行き来するペルシャ湾やホルムズ海峡は対象から外れましたが、日本の船の安全確保という点で、どうなのでしょうか。思い起こされるのは、今年6月、安倍総理がイランを訪問したその日に、ホルムズ海峡の近くで、日本の海運会社が運航するタンカーが攻撃を受け、炎上した出来事です。

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【権藤】
政府がホルムズ海峡への派遣を見送ったのは、イランなどペルシャ湾周辺の国々を刺激したくないという思惑に加え、現地の情勢について、「ただちに船の護衛が必要な状況ではない」と認識していることもあるでしょう。今回の活動地域にも含まれるアデン湾では、すでに海上自衛隊の護衛艦とP3C哨戒機が、海賊対策として、船を護衛したり、情報を収集したりする活動を行っています。これは2009年から続けられていますが、当時、現地では海賊による被害が相次いだことから、海運会社でつくる、「日本船主協会(にほんせんしゅ)」が、政府に船を護衛するよう要請したのです。今では海賊による被害も減りました。今回の件について、協会からの要請はありません。こうしたことからも、今回はむしろ、アメリカ側の顔を立てるという、外交的な要素によるものが大きいと思います。

【出川】
今回の派遣が、「調査・研究」に基づいて行われることにも、懸念の声が出ているようですね。仮に、日本の船が攻撃を受けるなど、不測の事態が生じた場合、現地に派遣される自衛隊は、どう対応するのでしょうか。

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【権藤】
実は、自衛隊が、日本周辺で警戒や監視活動を行う根拠にしているのも、「調査・研究」なんですが、「調査・研究」による派遣では、船を護衛することはできません。不測の事態になれば、政府は、武器を使用して船を守ることができる、「海上警備行動」を発令することにしています。
ただ、「海上警備行動」では、日本に関係する船、例えば、日本の船や、日本人が乗っている外国の船などしか守ることができません。日本と関係のない外国の船は守れないことから、「何もしなければ諸外国から非難されるのではないか」といった懸念が出ています。
また、自衛隊は創設以来、相手を狙って武器を使用したことが1度もありません。不測の事態には、現場の部隊が、武器を使用するのかどうかという重い決断を迫られることになります。部隊の行動基準に、武器を使用するケースなどを的確に定めて、適切な運用ができるように準備を進める必要があるでしょう。

【出川】
そもそも、今年、ペルシャ湾情勢が緊迫化したおおもとの原因は、トランプ政権が、イランとの「核合意」から一方的に離脱し、非常に厳しい制裁を科していること。とくに、原油の輸出をストップさせたことにあります。イランでは、先月半ばから、経済の悪化に抗議する民衆のデモが全国に広がり、治安部隊との衝突で、大勢の死傷者が出ています。核合意を実現させたロウハニ大統領は、政治的に窮地に立たされていまして、今回の首脳会談で、日本側にイラン産原油の輸入を再開するよう要請したと伝えられます。これに安倍総理はどう答えたのでしょうか。

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【権藤】
詳細は明らかにはなっていませんが、トランプ大統領との良好な関係を考えれば、原油の輸入再開を約束したとは思えません。その一方で、安倍総理は、6月のイラン訪問や9月の国連総会に続いて、今回の首脳会談でも、地域の緊張緩和に向けて外交努力を続ける方針を伝えました。トランプ大統領との個人的な関係を築いているからこそ、イランとの橋渡し役を務めることができるという考えがあると思います。イランが孤立を深め、中東情勢が不安定になれば、原油の多くを中東に依存する日本も影響が避けられず、決して他人事ではありません。
ただ、アメリカとイランの対立と緊張を和らげる特効薬はありません。関係各国とも協力しながら、双方に粘り強く働きかけを続け、対話の実現など、接点を模索していくしかないでしょう。

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【出川】
イランの新聞各紙は、ロウハニ大統領と安倍総理の首脳会談を大きく伝えています。ロウハニ政権に対し批判的な「保守強硬派」の新聞も、制裁に苦しむイランに、「“細い道”を開きうる会談」と前向きに評価しています。
しかしながら、ペルシャ湾岸地域にエネルギーの大部分を依存する日本にとって、危機的な状況は、これからも続きます。今年、タンカーや石油施設への攻撃が相次ぎましたが、関係国の緊張緩和を図り、軍事衝突のリスクを取り除くことが、何よりも重要です。そのためには、「核合意」を崩壊させてはなりません。それは、外交によってのみ可能であり、イランに「核合意」を守らせるため、「経済的な見返り」を与えることが不可欠です。日本は、各国と協力して、原油輸出の道を確保するなどの具体策を早急に打ち出す必要があると考えます。

(出川 展恒 解説委員/権藤 敏範 解説委員)

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