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「来年度政府予算案 危ぶまれる財政健全化」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

来年度の政府予算案がきょうまとまりました。今年10月に消費税が引き上げられて初めての当初予算の編成となりますが、財政状況の悪化に歯止めがかかったとは言えない状況です。財政の健全化にむけて何をすべきかと考えます。

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解説のポイントは三つです。

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1) 消費税引き上げでも財政悪化
2) 必要か 第三者の財政状況評価
3) 納得感のある財政運営を

1)消費税引き上げでも財政悪化

まず来年の予算案の全体像を見てみます。

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一般会計の総額は102兆6580億円と、8年連続で過去最大となりました。
この内訳をますとまず歳入は、消費税が21兆7000億円と所得税を超えて最大の税目となり、税収などの収入は今年度当初予算に比べおよそ1兆3000億円増えました。
その一方で歳出面を見ると、高齢化に伴う医療や介護の費用の増加に加え、子育て支援や高等教育の無償化。水害対策などの公共事業。マイナンバーカードを利用した消費活性化策や中小企業の支援策。さらに防衛費も過去最大となり、一般歳出は今年度より1兆5000億円あまり増えることになります。
これをまかなうのに税収などで足りない分は、32兆5000億円あまりの国債を発行して、つまり借金をして補うことになります。

その結果政府の借金の総額は、来年度末には906兆円と初めて900兆円をこえます。国民の頭数で割ると723万円の借金を抱える計算となります。問題はこの借金を返していくのが私たちの子や孫の世代だということです。

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この図は来年度の歳出の構図です。このうち国債費というのは、過去の借金を返済したり、利息を支払うための予算ですが、私たちの世代で借金が膨らむと、後世の世代の国債費の負担が大きくなります。そうなれば社会保障や教育・防衛といった政策に使えるお金が減る。つまり後世の世代の予算の使い道の選択肢を狭めてしまうことになるのです。
ではそうならないようにするための財政健全化の取り組みはいまどれだけ進んでいるでしょうか。

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財政が健全かどうかの目安に、その年の収入でその年の政策に必要な経費を賄えているかを示す基礎的財政収支という数字があります。この数字来年度の予算案でみると、およそ9兆2000億円の赤字となります。政府はこの収支を2025年度に黒字にすることを目標に掲げていますが、来年度は今年度の当初予算と比べて赤字幅が拡大しています。さらに基礎的財政収支をみていくうえで忘れてはならないのは、年度内に追加で編成される補正予算もあわせた数字で考えることです。
実際に今年度の基礎的財政収支が補正予算後にどうなったかを見ると、歳入は景気減速の影響で法人税が減るなど当初予算に比べて1兆2000億円あまり減る一方、歳出は経済対策の費用などおよそ4兆2000億円増えました。その結果、基礎的財政収支は当初に比べて5兆4000億円も悪化し、実に14兆5000億円を超える赤字になっているのです。来年度についても景気の行方によっては税収が当初の見通しを下回ったり、経済対策で歳出が拡大する可能性がないわけではありません。補正予算も加えた最終的な収支が、財政健全化の目標から一段と遠のくことのないよう努めてもらいたいと思います。

2)必要か 第三者の財政状況評価

さて、財政の健全化がなぜ進まないのか。その理由のひとつに、政府の経済見通しが現実に即したものとなっていない点が指摘されています。

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政府は毎年次の年度の経済成長率を想定し、それをもとに税収の見積もりを行います。しかしこれまでの実績値は、多くの場合予想を下回っています。高めの成長見通しに基づいて税収が多めに見積もられることで、歳出抑制の必要性が国民に正確に伝わらなくなっていることが問題視されています。

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なぜ政府の見通しが高めになるかといえば、経済成長をめざす立場から、低い数字にはできないという思いがあるからだと聞きます。いわば予測と政策的な目標がごっちゃになってしまっているのです。
こうした中で経済団体のひとつ経済同友会では、政府の政策スタンスとは離れた客観的な視点から財政状況を評価する独立の財政機関の設立を提言しています。

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提言では、独立した機関を参議院に設置し、民間のエコノミストらが▼現実的な前提に基づいて、より確からしい成長率の見通しなど中期の経済・財政予測を行ったり、▼政府の財政健全化の取り組みが遅れていれば、どのような歳入・歳出面での改革が必要かを分析し、公表するとしています。また当初予算に比べて査定が甘いという指摘も出ている補正予算の妥当性についても評価するとしています。国会も予算をチェックする機能を持っていますが、これとは別に第三者の視点で財政状況を評価する活動を通じて、国民の議論を喚起し、財政健全化につなげていこうというのです。

3)納得感のある財政運営を

最後に政府の財政運営に対する国民の納得感を得ることの重要性について考えてみたいと思います。今回の消費税増税で得られた財源の使い方に疑問に思う点があるからです。
今回の消費増税で得られる財源の半分は、子育て支援や教育の無償化など若い世代を中心とした社会保障の充実に充てられることになりました。これまでの社会保障が、医療や介護など高齢者中心だったのを、全世代型社会保障へ転換していくためです。
ただ新たな財源の使い方をめぐっては、不満の声も聞かれます。

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 一つは、今年10月から始まった保育の無償化をめぐり、政策の優先順位が違っているのではないかという指摘です。共働き世帯が増えている中で、まずは希望する人が全員、一定の質を満たした認可の保育所に入れるようにする、つまり待機児童の問題を解決するのが先決で、無償化はその後に進めるべきではなかったのかという意見が多く聞かれます。
さらに無償化の制度設計をめぐっては、子育て世帯の間の格差の拡大につながるという懸念が専門家から指摘されています。どういうことでしょうか。
もともと幼稚園と認可保育所のひと月の利用料は、原則として、所得に応じて設定されています。認可保育所については、無料からおよそ10万円の8段階。幼稚園でも、無料から2万5000円あまりの5段階に設定され、高所得の親のほうが高い保育料を負担していたわけです。これを一律に無償化したことで、高所得の人ほど無償化によって受ける恩恵が大きくなる形となりました。
しかし、そもそも税には所得再分配の機能が求められています。その観点から考えると、今回の制度設計は、理想とは逆に格差が拡大するようなしくみになっているのではないでしょうか。政府は、今回の無償化は少子化対策として行うものなので、所得制限を設けずに一律に適用することにしたと説明していますが、国民から広く納得感を得られるものになっているのか疑問を感じます。予算の配分や税の仕組みなど財政運営をめぐる問題が指摘される部分については、今後も国民の声を聴きながら改善していくことが求められていると思います。

財政の現状が、健全化から程遠い中、さらなる増税は避けられないという指摘もありますが、今後数年は、次の増税を議論するという環境にはならないでしょう。逆にそうした時期だからこそ、私たちの生活を支える財源を、私たち自身がどう負担し、どう使っていくのか。じっくりと納得のゆく議論をしてゆくことが必要ではないでしょうか。

(神子田 章博 解説委員)


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