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「記述式も頓挫 大学入学共通テストの行方は」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

実施まで1年あまりとなった大学入学共通テストは、英語の民間検定試験に続いて17日、改革のもう1つの柱とされていた国語と数学の記述式問題の導入を見送ることが決まりました。迷走する共通テストの行方はどうなるのか、考えます。

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萩生田文部科学大臣は、記者会見で、再来年、2021年1月から始まる大学入学共通テストへの記述式問題の導入を見送ると表明しました。共通テストを巡っては、先月、もう一つの柱である英語の4技能を測る民間試験の導入が見送られましたが、その後も記述式の問題点を指摘する声が教育関係者だけでなく、与野党双方から相次いでいました。萩生田文部科学大臣は、会見の中で高校生が不安なく受験の準備を進めるため、時期としてはぎりぎりの判断だったと強調しました。ただ、記述式問題の導入の問題点は、従来から指摘され続けていました。1回目の共通テストの実施まで1年1か月を切った状況での見直しの表明は遅きに失したことは否めません。共通テストはこれで従来のマークシート方式だけの試験として実施されることになりますが、文部科学省は思考力や表現力が問えるような問題を工夫するとしていて、大学入試センターによる問題作りがどう進められるのかが焦点となります。
大学入学共通テストへの記述式導入には、どんな課題が指摘されてきたのでしょうか。
今の大学入試センター試験を大学入学共通テストに切り替える今回の大学入試改革は、1点刻みの入試問題ではなく、知識を活用し、自ら判断する力を測ることが目的です。このため導入が決まったのが記述式問題でした。まず、国語と数学にマークシートに加えて導入し、ほかの科目に拡大する方針でした。ただ、50万人が受ける共通テストであることが、記述式を実際に試験の中に組み込むにあたって大きな障壁となって立ちはだかることになりました。

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まずは、出題の形式です。国語は文章を読んだ上で25字、50字、120字程度の記述を求めるという3題が出されることになっていました。この程度の字数では、元の文章から文言を抜き出して並び替えるような問題しかできず、表現力を測る問題にはならないという指摘がありました。
記述式には、自己採点という壁があることもわかりました。受験生は共通テストの結果を自己採点して最終的な志願先を決めることになります。マークシートと違って記述式は解答が許容範囲なのかどうかを受験生自身が判断することが難しく、試行のためのプレテストでは、国語の自己採点と採点結果の一致率が7割程度にとどまりました。これでは自信を持って志望校を決めるための判断材料とすることはできません。
さらに採点を民間業者に委託せざるを得ない中、必要とされる1万人の人材を確保できるのかに加え、正確な採点が可能なのかといったことも課題として指摘されてきました。
これらの問題点は、プレテストによってよりあぶり出されてきたことが多く、明確な改善策は示されないままだったのです。

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こうした課題を、文部科学省や実施主体である大学入試センターはどう捉えていたのでしょうか。実は課題は、十分認識していたというのが本音です。共通テストに導入する問題である以上、たとえ記述式でも字数が多い自由記述としては短期間での採点はできないことを認めていました。自己採点の問題については、大学入試センターが解答の許容範囲がわかるような冊子を作るなどの対策を取ることを決めました。一方で、「記述式という問題の性質上、自己採点と採点結果を完全に一致させることは困難」だとして、大学側には、共通テストの結果で2次試験を受けられるかどうか判断する2段階選抜を実施する際、記述式問題の結果は使わないことを求めることも検討していました。
解答の許容範囲を示すとなれば、ますます問題はパターン化して、思考力や表現力を測るという目的から遠のくことになります。さらに、一部の大学とはいえ、結果を使わないことを前提に共通テストに記述式を導入していいのかという新たな疑問が生じることになります。
問題点を克服しようとすればするほど、記述式導入の当初の目的から遠ざかるという、いわば自家撞着の状態に陥っていたのです。

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それでも記述式の導入にこだわったのには、当初、大学入試改革の2本柱とされていた英語の民間検定試験の導入が見送られた中、記述式まで延期されることになれば、これまで進めてきた大学入試改革の流れが白紙に戻るという危機感がありました。英語の4技能や記述式の試験に対応するため、従来型の教え込むこと中心の高校の授業を話せる英語、自ら考え探究する授業に変えようという流れも止めてしまうと考えたのです。
本来、大学入試を大がかりに見直すのは、高校の学習指導要領の改訂に合わせるのが一般的です。教えなければならない基準を定めた学習指導要領が変われば、学ぶ内容も変わり、必然的に大学入試で求められる学力も変わることになるからです。次の高校の学習指導要領は、2022年度から順次導入され、2024年度に最初の卒業生が出ます。今回の改訂では、「公民」に「公共」という新たな必修科目が導入されるなどの大幅な再編がなされ、共通テストもこれにあわせて大幅な見直しを迫られることになります。記述式の導入に数々の問題点が明らかになった時点でまずは時期を学習指導要領に合わせる形で、導入の是非を含めて検討し直すことはできたはずです。

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なぜ、それができなかったのか。それには今回の大学入試改革が政治主導で進められてきたことが少なからず影響しているという指摘があります。そもそも1点刻みの大学入試センター試験を見直すことや英語の民間試験を活用するという方針は、政府の教育再生実行会議が2013年10月に出した第4次提言に盛り込まれたのが最初でした。提言を受けて、まずは実施時期が2020年度からと決まり、文部科学省は中教審や有識者による専門家会議で実施に向けた枠組みなどを協議してきた経緯があります。第2次安倍内閣で設置された教育再生実行会議の担当大臣は、文部科学大臣が兼務しています。当時の下村文部科学大臣は、「投げ手側と受け手側を同じ人間が兼務することで、スピード感を持った改革が可能になる」と説明していました。一方で、第1次安倍内閣のもとで設置された教育再生会議は、担当大臣を文部科学大臣とは別とし、当時の伊吹文部科学大臣が再生会議の提言に待ったをかけたこともありました。このため今の体制では、教育政策に対するチェック機能が働かなくなるという懸念の声もありました。職員の中には「身内である大臣がやると言えば、導入は厳しいとわかっていても、それにあわせて制度設計を進めるしかなかった」との声もあります。萩生田文部科学大臣は、「誰か特定の人の責任で事態が生じたのではない」と述べましたが、現場の実情よりトップの意向ばかりが優先されてはいなかったか。中教審はどのような判断を示してきたのか。共通テストは制度設計の見直しとともに、経緯を含めた検証も必要だと思います。

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当時、中教審で審議に参加した専門家の1人は、「高校生の学力の底抜けを防ぐために、大学入試を変えるといういわば禁じ手を使うことを決断したが、やはり無理筋だったのかもしれない」と話しています。理念と実施時期が先走ったことで生じた混乱をどう収めるのか。導入の見送りだけでは誰も納得できません。

(西川 龍一 解説委員)


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