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「日銀短観悪化 増税後の日本経済は」(時論公論)

櫻井 玲子  解説委員

消費増税から2か月あまり。
企業が景気をどう見ているかを示す、日銀短観が発表されました。
13日の東京株式市場は、イギリスの総選挙の結果など海外からの明るい材料をもとに、大幅な値上がりをみせましたが、国内では、足元の景気の弱さや、新たな懸念材料も、あらためて浮き彫りになっています。
日本経済の現状と展望をどうみればよいのか?今後の課題は何か。最新の数字もみながら、考えます。

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今回の日銀短観は、10月の消費税率の引き上げ実施後、初めての調査となり、その結果に、関心が集まっていました。

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そこでその数字をみてみますと、まず、大企業の製造業の景気判断を示す指数は、前回より5ポイント下がって、ゼロとなりました。
これは日本経済がデフレの状態だった2013年3月以来、6年9か月ぶりの低い水準です。
自動車や機械の数字が特に悪く、市場予想を大幅に超える落ち込みでした。
ただ、この数字の弱さの背景には、増税後の反動減だけでなく、10月に起きた台風の影響、それに海外経済の減速という3つの要因が重なったことがあるとみられています。

これに対し、より注目を集めたのは、大企業・非製造業の数字です。

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前回の調査にくらべ、わずか1ポイントの悪化にとどまり、意外な底堅さをみせました。
特に、今回の短観では、2014年の消費税引き上げ直後に23ポイントも落ち込んだ小売業が今回は7ポイントしか落ち込まなかったことは、専門家たちを驚かせる形となりました。
実は消費増税の影響を見極めるためには、もう少し長い時間でみていく必要があり、現時点で判断するのは、難しいのが実情です。
ただ、専門家たちは、
▼2014年にくらべれば、増税前の駆け込み需要が緩やかでその反動減も以前よりは抑制されるのではないかという予想。
▼それに、増税の反動減をおさえるためのキャッシュレス還元策や軽減税率の導入が一定程度の効果が期待できることから、前回の増税にくらべれば、影響は、限定的ではないか?と分析してきました。
大手・非製造業の数字が、市場の事前予想より良い結果となったことは、こうした見方を補強する材料になるかもしれない、と専門家たちはみています。

一方で、消費増税の影響が仮に、予想の範囲内にとどまったとしても、そう簡単に安心はできないと思わせる、気がかりな懸念材料も出てきています。

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たとえば鉱工業生産の悪化です。台風など一時的な要因だけであれば、10月は悪くても、翌月はその分、戻りが見られるはずです。
しかし、11月も、さらに落ち込むことが予想されています。
また、堅調だった雇用にも、変調がみられます。
貿易摩擦などの影響で業績が悪化している製造業の求人数が減って、9月の有効求人倍率は悪化。10月も横ばい程度でした。
そして、賃金も、企業収益の悪化を背景に伸び悩んでおり、複数のシンクタンクが、ことしの冬のボーナスは4年ぶりに減るのではないかと、予想しています。
消費も、生産も、賃金の伸びも弱っている、つまり、消費増税の影響以前の問題として、日本経済の足腰そのものの弱さを、心配すべきではないかと思います。

そして世界経済の情勢をみても、来年にかけて、まだまだ予断を許さない状況は続くものとみられます。

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OECD・経済協力開発機構は先月、来年2020年の世界経済の成長率の予測を2.9パーセントに下方修正しました。
世界的な金融危機に陥ったリーマンショック以降、最も低い水準になると予想しています。
貿易摩擦などの影響で、「低い成長が定着しつつある」とし、投資の減速や輸出の低迷が続くとみています。
アメリカと中国の貿易交渉で、一部の合意があったとしても、対立そのものは続くとみられているからです。

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また、日本の成長率は、0・6パーセントと予想しています。
企業収益の悪化や賃金の伸び悩みを背景に、1パーセント前後といわれる潜在成長率を下回る、力強さに欠ける成長となる見通しを示しています。

こうした現状も踏まえ、政府は、事業規模ベースで26兆円の追加経済対策で、景気の落ち込みを防ぐ考えです。

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その内容をみると、10月の台風を受けた復旧・防災対策をはじめ、マイナンバーカードの所有者に買い物ポイントをつける制度の導入や、農産物輸出の強化、それに中小企業の支援など、実に多岐にわたっています。
財政支出の半分以上は、災害対策以外に費やし、財源不足を補うため、3年ぶりの追加の赤字国債を発行する予定です。
それだけに、本当に効果のある政策に焦点を絞り、重点的な投資を行っていくべきではないかと考えます。

では、今後日本経済の足腰を強くするために必要な政策とはなんでしょうか?
こちらのグラフをご覧ください。

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GDPをはじめ、設備投資や個人消費など項目ごとの伸び率を、ここ数年にわたって示したグラフです。
設備投資の伸び率が高く、景気をけん引してきたことがみてとれます。
人手不足対策や、AIなど重点分野への投資がすすんだことが背景にあるとみられます。
逆にいうと、設備投資はすでに高い水準にあり、専門家は、今後の伸びしろは、限られている、と指摘しています。
それにくらべると、消費の伸び率は、GDP全体の伸び率より低いままです。
今回の増税で、その成長の弱いところに、さらに重しをかけてしまっているということになります。

となると、今後は消費を後押しする、それも、一時しのぎの対策ではなく、長年にわたって、人々の購買力を強化できるような政策が必要とされているのではないでしょうか。
それも、「民間主導型の成長」を目指すのであれば、消費者が自律的にモノやサービスを買うような基礎体力をつけさせることが大事になってきます。

これに対し、最も効果があるとみられるのは、企業による、より力強い賃上げ、です。

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増税の影響も勘案すると、定期昇給それに増税分も上乗せした賃上げを、本来であれば、期待したいところです。
3パーセント、4パーセントといった賃金の大幅な上昇が必要で、企業は膨大な内部留保を活用すべきだと思います。
問題は政府がいくら賃上げを促したとしても、企業の収益がすでに悪化傾向にある中、
このような賃上げが実際、行われるかどうか、です。
アベノミクスの最大の課題、つまり、企業から家計への所得の分配がうまくすすまないという壁に、またしても、ぶつかることも予想されます。

そこで次の策として、国が経済対策を実施するのであれば、人や家計にきちんと響く政策に的を絞ることが重要ではないでしょうか。

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たとえば、潜在的な需要が多い、介護や保育、教育といった業種を「成長分野」と位置づけ、制度設計の変更や、財政上の十分な支援を行なう。
今回の対策にも盛り込まれた「就職氷河期世代」への支援はもちろん、20代・30代の現役世代の所得を増やしたり、「将来不安」を取り除いたりする政策を実行する。
働きたくても働けない人や、さまざまな事情でキャリアが中断してしまった人のために、再教育の場、再就職のチャンスを作る。
政府はこれまでもこうした取り組みをすすめてはきましたが、まだまだ、できることはあるのではないでしょうか。

日本経済は今、足元の落ち込みを一時的なものにできるかどうかの、正念場を迎えています。
大きく変動する国際情勢などの影響も含め、景気の動向に一喜一憂しなくても済むようにするためにも、国の経済を根もとから支える「消費」を長期にわたって底上げする政策を、期待したいと思います。

(櫻井 玲子 解説委員)

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