NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「税制改正と投資~背景と課題」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

きょう自民・公明両党が決定した来年度の税制改正大綱。企業が事業で儲けた利益のうち配当などに回さずに蓄えとして持っている「内部留保」を、将来の成長につながる投資に振り向けるための税負担の軽減措置が新たに設けられることになりました。今夜はその背景と投資をめぐる課題について考えていきたいと思います。

j191212_01.jpg

 解説のポイントは3つです
1) 新税制の仕組みと背景
2) 経営者の意識を変えるには
3) そして、今回の税制改正とは離れて、日本の投資全体を見渡し、サービス産業の投資の重要性について考えていきたいと思います。

j191212_02.jpg

1) 新税制の仕組みと背景

まず「内部留保」をめぐる税制改正の内容についてみてみます。
今回の税制は、大企業や中小企業が、ベンチャー企業などに対し、大企業の場合は1億円以上、中小企業の場合は1000万円以上の出資をした場合に、出資額の25%が、法人税がかかるベースとなる所得から控除され、税負担が軽減されるものです。出資される側は、新規性や成長性のある設立後10年未満で、大規模な企業グループに属していない未上場のベンチャー企業が対象となっています。

j191212_03.jpg

税制の狙いは、いわゆるオープン・イノベーションを促進することにあります。
オープンイノベーションとは、企業と企業の間で、あるいは企業と大学・研究機関の間で、技術やアイデアなどを共有しながら、イノベーション=技術革新を生み出すことです。時には、新たな技術を強みにした事業構造の変革にまでいたります。アメリカでは、グーグルやアップルといった巨大企業が、先進技術の開発や、革新的な発想をもつベンチャー企業を資金力にものを言わせて支援したり、その企業を買収して内部に取り込むことで、新たな収益源に育て、事業を拡大しています。その一方で、ベンチャー企業の側は、こうした大企業から資金支援を受けることで、新技術を製品開発にまで結びつけたり、海外展開を進めることができるようになるなど、さらなる成長が期待されます。ところが日本では、大学や研究機関との共同研究開発などはある程度進んでいるものの、大企業とベンチャー企業の間では思ったように広がっていないといいます。

j191212_05.jpg

 また、企業には潤沢な資金の蓄えがあると見られています。
 こちらは、企業の内部留保の推移です。アベノミクスとともに景気が回復するのに伴って企業の業績も改善したことなどから、内部留保もほぼ一本調子で増えつづけ、昨年度には463兆円余りに。このうち現金と預金だけでも240兆円あまりに達しています。これだけ巨額の資金を眠らせたままにしておくのはもったいない。少しでも有効に活用したいということで、新たな税制が導入されることになったわけです。さらに今回の税制改正では、収益が拡大しているにも関わらず投資や賃上げに消極的な大企業に対し、研究開発に関連する優遇税制の適用を厳しくすることも盛り込まれました。オープンイノベーションをめぐる税負担の軽減が飴とすれば、いわばムチに当たるもので、飴と鞭をつかって投資をさそう流れを生み出そうというのです。

j191212_06.jpg

2) 経営者の意識を変えるには

ただこうした税制面での後押しだけで、何百兆円という内部留保を一気に投資をむかわせるのは難しそうです。企業の経営者の意識が壁になっているからです。
そもそも企業の内部留保が拡大していったのは、20年余り前の金融危機がきっかけだったとされています。銀行から資金を借りたくても、貸してもらえず、経営者は、手元に資金を残す重要性が身に染みたといいます。さらにリーマンショックを経て、こうした思いがいっそう強まったようです。しかし資金の使い方が保守的になる中で、先々の収益源の開拓の機会をみすみす失っているということはないでしょうか。求められているのは意識の変革です。

j191212_09.jpg

こうした中で私が重要だと考えるのが、取締役、とりわけ独立した社外取締役による経営の監視機能です。
企業のトップを務めたことがあるなど実績のある経営のプロを社外取締役に据え、将来の収益の種を生み出すための前向きの投資を適切に行っているかや、内部留保を過度に増やしていないかをチェックする。さらにベンチャー投資は、もとよりを結ぶのに時間がかかるうえ、10投資しても1あたるかどうかというようにリスクがつきものです。このためこうした投資に長い目で向き合えるような、また失敗しても受け入れられるような社風が醸成されていることも重要です。社外取締役がこうした点もチェックし、問題があれば助言を行う。それでもだめだとなれば、経営者を選任する指名委員会を通じて交代を求めるなど、厳しいプレッシャーをかけていくことで、経営者の意識改革につながっていくのではないでしょうか。
上場企業では、すでに取締役の3分の1程度が独立した社外取締役というケースが増えていますが、形の上だけでなく収益性の向上に向けて実質的に機能させることが求められているのだと思います。

j191212_11.jpg

3)  サービス産業も投資を
 
最後に、今回の税制改正とははなれて、日本経済の成長を維持するために、どのような分野の投資が求められているのかについて考えたいと思います。国際的に競争力のある製品開発をせまられる製造業とともに、忘れてはならないのが、サービス産業分野です。

経営側労働側そして学識経験者らが生産性の向上を研究する日本生産性本部は、最近の提言で、GDP・国内総生産に占めるサービス産業の割合が70%あまりに達しているにもかかわらず、研究開発投資に占めるサービス産業の割合は2割程度にとどまっていると指摘。その一方で、サービス産業の生産性は、全体としてアメリカの半分程度にとどまっているとして、サービス産業分野の投資の拡大を訴えています。

j191212_12.jpg

サービス産業の投資とはどういうものかイメージがわきにくいかもしれませんが、旅行産業を例にとって考えてみましょう。ある老舗旅館がリゾート型のホテルに改築して、新たなサービスを提供。利用客から、ホテルの使い勝手のよしあしや、こんなサービスがあったらいいといった評価を聞き出します。そして数多くの顧客の意見をもとに、新たなサービスを検討。これまでにないタイプのホテルのチェーン化に乗り出し、収益基盤を強化していく。
こうした事業の発展形態は、これまで経営者個人の才覚に頼っていたところがありました。それを、例えば、顧客の特性や要望などの膨大なデータ分析するためのAI=人工知能への投資や、個々の顧客の求めるサービスや料理の好みなどといった情報を従業員が共有するためのIT投資や、さらに海外から日本を訪れる宿泊客のニーズの調査や分析、新たなサービスを提供する人材の教育投資などに力を注ぐことで、新たなビジネスを組織的に生み出していくことが可能になるというのです。
実際にサービス産業をめぐっては、自動車の相乗りや民泊の仲介サービスなど新たなビジネスモデルで巨大な事業を築き上げた例も続々と出てきています。こうした企業と組んで新たなビジネスを立ち上げるなど、オープンイノベーションの手法は、サービス産業でも活用できるのではないでしょうか。こうしたサービス産業の投資をどう拡大していくのか。今後の課題といえます。

j191212_14.jpg

これから迎える少子高齢化で日本の経済規模が縮小することが予想される中で、企業がこれまでの事業を維持するだけでは、やがてはじり貧になってしまいます。縮み志向から抜け出し新たな収益の源をつくりだすための挑戦に打って出る。
考えている時間はもうあまりないのではないでしょうか。

(神子田 章博 解説委員)

キーワード

関連記事