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「アフガニスタン 中村医師の志を受け継ぐために」(時論公論)

二村 伸  解説委員

アフガニスタンで長年にわたり支援活動に携わってきた医師の中村哲さんが武装集団に襲われ、命を落としました。身の危険が迫りながら人々の生活をより良いものにしようと奮闘し、多くの命を救ってきた中村さんの死は、世界中で衝撃をもって受け止められています。その功績を振り返りながら危険な地域での支援のあり方を考えます。

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事件が起きたのは、現地時間のきのう午前8時頃、アフガニスタン東部のジャララバード付近で、中村さんらが乗った車が武装集団の銃撃を受け、中村さんと護衛や運転手などあわせて5人が死亡しました。犯行声明は今のところ出ていませんが、中村さんを狙った計画的な犯行とみて当局は捜査を行っています。

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中村医師殺害の悲報に、東京のアフガニスタン大使館は日本語で声明を出し、「中村医師はアフガニスタンの偉大な友人であり、その生涯をアフガニスタン国民の生活を変えるために捧げてくれた」と哀悼の意を表しました。
国連の報道官は「人々の尊敬を受けていた中村医師の殺害を非難する」としたうえで、「もっとも弱い立場にいる人たちを助けることに人生の大半を捧げてきた人間に対する無分別な暴力行為だ」とする声明を発表。
安倍総理大臣は「危険な地域でさまざまな実績を残された中村さんの死はたいへんなショックだ」と述べました。市井の人たちのために生涯を捧げた中村医師がいかに尊敬されていたか、こうしたコメントが物語っています。

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中村さんは、35年前、パキスタンでハンセン病患者らへの医療活動を始め、アフガニスタンから逃れてきた難民の治療にもあたりました。2000年代になって水不足が深刻化し、栄養失調や感染症に多くの人が苦しんでいたアフガニスタンに活動拠点を移し、用水路の建設にあたってきました。こうした功績が認められ、今年10月、アフガニスタンのガニ大統領から名誉市民権を授与されました。

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医師でありながら「健康は薬だけでは守れない」として、中村さんは清潔な水と農作物を育てる水を確保するために自ら重機のハンドルを握り灌漑事業を進めました。その結果、草1本生えてなかった不毛の大地は、緑豊かな農地に生まれ変わりました。中村さんが所属するペシャワール会によれば、灌漑面積は福岡県の面積のほぼ半分にあたるということです。

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中村医師は「白い服を着て上品な顔をして歩き回ろうとは思わない。汗にまみれて働く、これはやっぱりきれいだと思う」と話していました。過酷な地で現地の人々と汗を流す、中村さんの信念です。
私が最後に中村さんを取材したのは3年前ですが、70歳になったにもかかわらず情熱を持ち続け、穏やかで朴訥とした話しぶりの一方で、理想のためには身の危険もいとわず信念を曲げない人だという印象を強く持ちました。

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アフガニスタンは、2001年のアメリカの同時多発テロ事件を受けて、アメリカ軍が国際テロ組織アルカイダをかくまっていたタリバン政権に対して武力行使に踏み切り、それ以降治安がさらに悪化しました。2008年には中村さんと同じペシャワール会の日本人スタッフがジャララバード近くで武装集団に拉致され、遺体で見つかるという事件も起きました。一般市民の犠牲者は国連が統計を取り始めた2009年以降だけでも3万人以上、けが人はおよそ6万人に上っています。国連の部隊の犠牲者も3000人をこえました。援助関係者が犠牲になる事件も後を絶たず、今年に入って8月までに27人が犠牲になりました。中村さんが襲撃された前日には、国連アフガニスタン支援団のトップを務める山本忠通事務総長特別代表が、アフガニスタン治安当局と合って治安対策について協議したばかりでした。
アフガニスタンでは政府とタリバンの戦いに加えて、4年ほど前から過激派組織のIS・イスラミックステートに関連した組織が、今回中村さんの銃撃事件が起きたナンガルハル州を拠点に活動を活発化させていました。
その後治安部隊とタリバンによる攻撃によって多くの幹部が殺害されたものの、依然脅威が続いており、今回もテロを起こすという情報があったということです。

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では、今回の事件が今後の支援活動にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
現在、アフガニスタンに在住する日本人の状況について、外務省は安全上の理由から公表していませんが、現地で活動を続ける日本のNGOは10団体前後と見られています。水や衛生、教育、それに食料などの支援活動を行っていますが、治安の悪化により日本人スタッフは常駐せず、国外から現地スタッフをサポートしています。そのうちの一つ、日本国際ボランティアセンターでは、日本人スタッフが必要に応じて現地に入る際には危険がないかどうか情報の収集を徹底し、現地では少ない人数で一般の車両を使うなど目立たないように行動するなどの安全対策をとっているということです。また、現地スタッフには車の移動ルートや時間をその都度変え、長い時間駐車しないことなどを徹底させているということです。そして何より重要なのが、地域の人々の信頼を得ることだといいます。それでも今回のような事件を完全になくすことは不可能です。中村医師のように重要な人物と見なされることが逆に攻撃の対象となってしまうこともあります。

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ただ、これで支援をやめてしまえばテロに屈することになってしまいます。アフガニスタンがテロの巣窟とならないにするためにも引き続き復興を支援していくことが重要です。そのために、支援団体はこれまでの安全対策をもう一度見直し、より強化することが求められます。常に最新の情報を共有しあい、危険な状況に陥ったときにどのような行動をとるべきかといった訓練も必要でしょう。
また、日本人に代わって危険な場所で活動を続ける現地スタッフに対する支援も必要です。日本人以上に多くの現地スタッフが犠牲になっています。安全のためには予算的な措置も含めた支援の強化は不可欠です。

同時に武装集団が跋扈するような社会を根本から変えていかねばなりません。治安の回復なしに復興は不可能だからです。アフガニスタンでは18年前にタリバン政権が崩壊後、国際社会は多額の資金を投じて復興を支援してきましたが、その後も人々の暮らしは一向に改善されず、世界最悪と言われる政治の腐敗と軍閥による権力闘争が続いてきました。
9月の大統領選挙の結果もいまだに発表されていません。ガバナンスを強化し国民の生活水準の向上に国を挙げて取り組むことが不可欠です。

一方、アメリカ政府は、アメリカ史上最も長い戦争といわれるアフガニスタンでの軍事作戦を終わらせるために、反政府武装勢力タリバンとの和平協議を近く再開する方針です。アフガニスタンからの撤退をめざすトランプ政権に対してタリバン側がどんな動きに出るかは不透明ですが、不毛の戦いを一日も早く終わらせ、西アジアや中央アジアで活動拠点を築こうとしているISの勢力拡大を防ぐために両者の連携が欠かせません。
とはいえ、アフガニスタンの和平の実現は容易ではなく、持続可能な支援が可能なのか、国際社会の大きな課題です。

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中村哲医師は、「アフガニスタンは戦争をしている暇などない。敵も味方も一緒になって国土を回復するときだ」このように述べていました。実現は難しくてもその思いを受け継いで、人々が安心して暮らせる社会を築くために日本をはじめ国際社会が後押ししていくことが重要だと思います。

(二村 伸 解説委員)

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