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「土砂災害 見逃された危険箇所」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

ニュース解説「時論公論」です。先月の台風19号と低気圧による豪雨では川の氾濫だけでなく土砂災害でも大きな被害が出ました。その犠牲者の多くが土砂災害の警戒区域以外の場所で被害にあっていたことがわかり、区域指定のあり方が問われています。なぜ区域外で大きな被害が出てしまったのか、今後どう取り組んでいくべきなのかを考えます。

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【相次いだ区域外での犠牲】

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先月12日、台風19号による豪雨で宮城県丸森町で大規模な土石流が発生し集落を直撃しました。ここにあった家は跡形もなく押し潰され3人が亡くなり、1人が行方不明になりました。ここは「土砂災害警戒区域」に指定されておらず、このうち2人はほかの地区から避難してきた親族でした。

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先月の台風19号と低気圧による豪雨では全国1100ヶ所以上で土砂災害が発生し、13カ所で21人が死亡または行方不明になりました。このうち丸森町を含め9ヶ所、16人までが警戒区域に指定されていない場所で被災しました。
危険のある場所を警戒区域に指定し事前に避難をしてもらうというのが土砂災害対策の柱であるだけに防災関係者に衝撃を与えました。

なぜ警戒区域以外で被害が相次いだのでしょうか。
国や専門家などの調査で3つの理由が浮かび上がってきました。
「指定の遅れ」、「地形図の精度」そして「技術の限界」です。

【指定の遅れ】
まずひとつめの「指定の遅れ」です。

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土砂災害警戒区域の指定は都道府県が行います。
まず標高などが詳しく書かれた地形図を元に土砂災害で被害が出る恐れのある場所を抽出します。そのうえで現地調査を行い、斜面の高さや傾斜などを測量して危険がある範囲を特定します。ここまでを基礎調査と言います。そして住民に説明したうえで「土砂災害警戒区域」や「特別警戒区域」に指定することになっています。

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一連の豪雨で死者が出た13カ所のうち千葉市と千葉県市原市、岩手県宮古市の3カ所では基礎調査まで終わっていたのですが、指定はまだ行われていませんでした。

警戒区域への指定については「地価が下がる」などとする住民の反対もあって時間がかかり、全国の指定率はようやく88パーセントになりました。しかし都道府県によってばらつきがあり、36パーセントと最も低い千葉県と3番目に低い岩手県で犠牲者が出てしまいました。重く受け止めるべきでしょう。

【地図の精度不足】
次に、警戒区域以外で被害が相次いだふたつめの理由を見ていきます。

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指定作業はまず地形図での抽出から始まるとお話ししましたが、13カ所のうち6カ所はこの段階で対象から外れ、現地調査も行われていませんでした。

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住宅2棟が全壊し2人が死亡した千葉市緑区の誉田町のがけ崩れの現場です。ここでは「地形図の精度」に問題があったことがわかりました。

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警戒区域の指定基準はがけ崩れ、土石流、地すべりで異なりますが、がけ崩れは住宅地にある高さが5メートル以上、傾斜が30度以上の斜面とされています。

千葉県は20年ほど前に抽出作業を行いましたが、当時の地形図からは今回崩れた崖の傾斜は30度よりなだらかと読み取られ、基準に達していないと判断していました。

今回の災害のあと、国土交通省が新しい「デジタル地形図」を使って分析をしました。これがその結果です。オレンジ色の部分は30度を超える斜面で、がけ崩れが起きた現場は黄色い枠で囲んだところです。最新の手法を使うと基準に達し、警戒区域に相当する可能性が高いことがわかりました。

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千葉県に限らず、これまで区域指定に使われてきた地形図は基本的に人間の目と航空写真などから作られたもので一定の誤差があります。しかし航空機からレーザー光で地表の高さを精密に測量する技術が進み、より正確なデジタル地形図が作られるようになりました。山の傾斜の微妙な変化や従来見つけにくかったわずかな谷筋も判読できるようになりました。

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この技術を使ったデジタル地形図で警戒区域の範囲をより的確に決めることができると期待されています。しかしデジタル地形図は地域によって作られていないところがあるほか、区域指定に用いる手法も統一されていません。基礎調査は5年ごとに見直すことになっていて、国は都道府県が使いやすい指針や環境の整備を急ぐ必要があります。

【技術的な限界をどう乗り越えるのか】
警戒区域以外で被害が相次いだ3つめの理由は「技術的な限界」です。

国土交通省は、冒頭に見た宮城県丸森町や群馬県富岡市、神奈川県相模原市などの現場は、仮にデジタル地図を使っても今の基準を満たさず、警戒区域の指定は難しかったと見ています。

そもそも警戒区域の基準は力学の計算を元にしていますが、基本的には過去のデータから統計的に決められたもので、警戒区域の外で起こることもあります。そこが技術的な限界で、それをどう乗り越えるかが極めて難しい課題なのですが、ヒントもあります。

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警戒区域に指定されていない斜面で大規模な地滑りが起きて3人が死亡した富岡市の現場を国土技術政策総合研究所などの専門家が調査しました。その結果、崩壊前の地形は傾斜が20度ほどと緩やかで基準には達していませんでしたが、地下で地すべりが起こりやすい構造だったことがわかりました。

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この地域は古い地層の上に火山灰が大量に堆積していました。地表の傾斜は緩やかですが、水を通しやすい火山灰の地層と、通しにくい固い地層の境目に地下水が集中していたと考えられています。調査で水の通り道とだったとみられる穴が、横一列にたくさん見つかりました。さらにこの斜面では「普段から横一列に水が湧き出していた」と住民が証言していて、専門家は「地層の境で地すべりを起こしやすい構造で、詳しく調べていれば事前に危険性を察知できた可能性があった」と見ています。

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都道府県によっては山間部で地すべりの兆候がないかどうか「地すべり監視員」を任命して普段から継続的に調査をしているところがあります。地区防災計画づくりなどを通じて住民自ら危険がありそうな斜面を見つけ、行政が詳しく調査をしているケースもあります。また熟練技術者は長年の経験と勘で斜面の危険性を判断しますが、AIを使ってリスク診断をしようという取り組みもあります。あらゆる角度から警戒区域の精度を高める取り組みを進める必要があります。

最後に、今回の教訓を私たちはどう受け止めたらよいのでしょうか。

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去年の西日本豪雨では土砂災害警戒区域などの外で被災して亡くなったのは、犠牲者全体の1割でした。つまり被害は警戒区域内に集中していたわけで、警戒区域では土砂災害の危険性が非常に高いということが示されました。しかし先月の災害では反対に警戒区域外での被害が目立ち、区域外も100パーセント安全ではないという教訓が残されました。

気象現象が激甚化する中で、不確かさはあってもリスク情報をどう活かすのか。自分や家族の命を守るためには、空振りをいとわずに確実な避難や防災行動をとることがとても大切だ、ということを確認しておきたいと思います。

(松本 浩司 解説委員)


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