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「『桜を見る会』と公文書」(時論公論)

清永 聡  解説委員

総理大臣主催の「桜を見る会」をめぐって、公文書の管理に再び疑問の声が上がっています。招待者の名簿などが短い期間で廃棄されたことに、専門家から批判も出ています。今回は「桜を見る会」について公文書の観点から考えます。

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解説のポイントです。

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●「桜を見る会」の歴史と現在。
●再び起きた保存期間「1年未満」文書という問題。
●今回、昭和30年当時の「桜を見る会」の公文書が見つかりました。その内容を紹介します。

【桜を見る会の歴史と現在】
「桜を見る会」は総理大臣が、各界で功績や功労があった人を幅広く招待するものです。現在の形になったのは、昭和27年。翌年の映像が残っていました。

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招待されるのは、当時も今も各国の大使や国会議員、各界の代表など。これも税金を使った内閣の公式行事です。
その人数は徐々に増え続けました。この5年間で見ると、招待者は今年が1万5400人。支出額も5500万円あまりに増えました。
「公的行事の私物化だ」という批判の声が強まり、安倍総理大臣は「招待者の選考基準があいまいで、結果として数が膨れ上がってしまった。大いに反省する」と述べたうえで、来年はいったん中止し、招待基準の明確化などを図り、全体的な見直しを検討すると明らかにしました。

【招待者名簿などの廃棄明らかに】

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この議論の過程で分かったのが、招待者の名簿などが廃棄されていたことでした。「桜を見る会」は各省庁それに総理大臣や自民党関係者などから推薦を受け、内閣官房と内閣府でとりまとめて、招待者の名簿が作られます。
このうち各省庁が作った推薦名簿は、例えば法務省が6年分、総務省や国土交通省は10年分を保存していました。
しかし、それをとりまとめた招待者名簿は、内閣府が「保存期間1年未満」の文書だとして、すべて廃棄していました。
とりまとめの文書がないため、全体像が分からなくなっています。

どうして各省庁と扱いが異なるのか。内閣府は、「会が終わって必要性がなくなったので、遅滞なく廃棄した」と説明しています。
ただ、廃棄は、共産党の議員が資料を請求したのと同じ5月9日でした。内閣府は「シュレッダーの予約が取れたのがたまたま5月9日だった」と説明していますが、「意図的に廃棄したのではないか」という批判が上がっています。

【再び「1年未満」文書】
ところで、この保存期間「1年未満」という言葉。以前も聞いたことがないでしょうか。

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公文書の管理をめぐっては、一昨年から去年にかけて問題が相次ぎました。陸上自衛隊の「日報」、森友学園に国有地を売却した際の「交渉記録」も、保存期間「1年未満」という扱いでした。「廃棄した」という説明に批判が集まりました。

行政文書は内容に応じて保存期間の基準が決められ、5年、10年、30年などに分けられます。「管理簿」に文書のリストがまとめられ、誰でも見ることができます。この管理簿を使って情報公開請求も行うことができます。
ところが「1年未満」文書は「例外」という扱いで管理簿にも登録されず、自分たちの判断で廃棄できます。当時「抜け穴」と強い批判があがりました。

【見直されたはずも】

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一連の問題を受けて一昨年、政府の公文書管理委員会で見直しの議論が行われました。
私もこの委員会を取材していましたが、当時は「保存期間1年未満の文書はすべてなくすべき」という意見もありました。これに対し事務局は、「すべてなくすと文書が膨大になる」「1年未満はごく軽微な文書に限定する」などと説明していました。
結局、見直されたガイドラインでは「国民に説明する責務が全うされるよう、意思決定過程や事務及び事業の実績の合理的な跡付けや検証に必要となる行政文書は、原則として1年以上の保存期間を設定」とすることが明記されました。
一方で、1年未満という区分は、いくつかの基準を設けたうえで、残されることになりました。

では、今回の招待者名簿はどうでしょうか。

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当時の公文書管理委員会で委員を務めた三宅弘弁護士は「行政運営を検証するのに必要な文書であり、少なくとも1年以上保存する必要がある」と指摘します。
さらにNPO法人情報公開クリアリングハウスの三木由希子理事長は「名簿のほかにも、桜を見る会の運営など公文書があるはずだが、どこがどう作成しているのかも不明確だ」と指摘しています。

名簿の「公開」にはプライバシーの問題もあります。しかし、そのことと「廃棄」は別です。廃棄された上、公文書の全体像が見えない。
似たような議論が繰り返されることに、当時の見直しは何だったのか、釈然としない思いが残ります。

【「桜を見る会」の公文書があった】
この「桜を見る会」。以前の記録は残っていないのでしょうか。
取材をしたところ、国立公文書館に過去のファイルが残されていました。
この中には昭和29年から32年にかけての実施要領や予算などの公文書が保存されていました。私が見ることができた範囲だけでも、関係する文書は300枚ほどあります。

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この記録からは、いろいろなことが分かります。例えば、昭和30年当時の招待者は4400人と現在の3分の1以下。予算は当時30万円でした。

さらに、この中には昭和31年と32年の招待者名簿も、捨てられず保存されていました。
例えば昭和32年の名簿には、およそ1750人の肩書きと実名がすべて公開されています。黒塗りはありません。
政財界などの幹部だけでなく、民生委員や保護司の代表、引き揚げ者の団体の代表など、当時の日本の復興や社会を現場で支えた人たちも含まれていました。文字通り、各界で功績や功労があった人たちが招かれていることが分かります。
今回もこうした人々が招待されたのではないかとも思いますが、名簿が捨てられたため、分かりません。

【「永久保存」が伝えるもの】

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そしてこのファイルは、保存期間が「永久」と明記されています。
今とは公文書管理に関する事情は大きく異なります。それでも60年前の記録が「永久保存」とされているのに、今は「1年未満」として廃棄されるのはなぜか。
内閣府によると「一般的には、同じ業務の文書であっても、時を経て保存期間の扱いが変わることはあり得る」としています。
ただ、この公文書があったからこそ、私たちは当時の「桜を見る会」の様子を詳しく知ることができます。
公文書を通じて国民が全体像を知り、内容をチェックする。その重要性は、現在も同じではないでしょうか。

【公文書の理念忘れず見直しを】
公文書管理委員会の元委員の三宅弘弁護士は「国民共有の知的資源という公文書管理法の理念に立ち返り、保存されている公文書をすべて明らかにしてほしい」と指摘します。
政府は今後、「桜を見る会」の見直しを検討するとしています。そのためには、廃棄とした判断に問題がなかったのか、どのような公文書が作成され、保存されているかを検証するとともに、できるだけ公文書を公開し、国民に見える形で見直しを進めてほしいと思います。

(清永 聡 解説委員)

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