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「ベルリンの壁崩壊から30年 新たな壁で分断される欧州」(時論公論)

二村 伸  解説委員

冷戦の終結を象徴するベルリンの壁の崩壊から30年がたちました。東西両陣営を隔てていた壁の崩壊によって自由と民主主義の勝利を西側世界は確信しました。しかし、それは幻想にすぎませんでした。世界はいま排外主義と保護主義的な傾向を強め、民主主義の危機が叫ばれています。壁の崩壊から30年たったドイツの今と新たな分断に揺れるヨーロッパの行方について考えます。

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今月9日、ベルリンで壁の崩壊30年を記念する式典が開かれました。この席でドイツのシュタインマイヤー大統領は次のように述べました。

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「壁の崩壊は、歴史家が言ったような『歴史の終わり』ではなかった。非人道的な壁はもはや存在しないが、怒りと憎しみ、疎外の壁が築かれ、ドイツを分断している」
ドイツには今も、目に見えない壁が厚く立ちはだかっていることを大統領自身が危機感を持って訴えたのです。

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かつて壁や検問所があった場所は、今では観光名所となり、大勢の観光客で賑わいを見せています。とはいえ当時の面影を残す場所は市内のごく一部で、30年たち東西を隔てていた壁があったことに気づかない人も大勢います。壁があった28年間より、壁がなくなってからのほうが長くなり壁を知らない世代も増えました。

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30年前の11月9日深夜、ベルリンの壁はあっけなく崩壊し、東ベルリンの市民が一気に西側に流れ込みました。東西の市民が抱き合う光景は歴史の転換期が訪れたことを世界に告げました。東ベルリンの市民は、自由とよりよい生活に期待を膨らませました。

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以来、統一後のドイツ政府は旧東ドイツ地域の復興のために1兆6000億ユーロとも2兆ユーロともいわれる資金を投じてインフラの整備や産業の振興を進め、東西の格差是正につとめてきました。その結果、旧東ドイツ地域の平均年収は2.4倍に増え、旧西ドイツ地域の5割にから8割強まで差が縮まりました。統一後、国営企業の閉鎖に伴って一時は20%に達した東の失業率は7%台まで改善されるなど格差は緩和されました。しかし、こうした数字以上に東の人々の不満や不公平感は強まっているようです。それを端的に示しているのが9月末ドイツ政府が発表した調査結果です。旧東ドイツ地域では自らを「2級市民」だと感じている人が57%に上りました。東西ドイツの統一が成功したと考える人は38%にとどまるという衝撃的な内容でした。

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それは選挙の結果にも表れています。おととしの連邦議会選挙で、メルケル首相率いるキリスト教民主社会同盟と、社会民主党の2大政党がともに大きく議席を減らし、右翼政党AfD(「ドイツのための選択肢」)が初めて国政レベルで議席を獲得したばかりでなく、最大野党となりました。
ことし9月に行われた旧東ドイツのブランデンブルク州とザクセン州の州議会選挙でAfDは第2党に躍進したのに続いて、先月のチューリンゲン州議会選挙でも、得票率が前回の2倍となりキリスト教民主同盟を抜いて第2党に躍進しました。
AfDは、もともとユーロに反対する経済学者などが創設した政党ですが、4年前の大量の難民流入をきっかけに反難民を掲げる右翼政党として先鋭化しました。「難民に多額の公的資金が投入され、市民の生活に十分な税金が使われていない」と訴え、政府に不満を持つ人々の支持を取り付けることに成功しました。とりわけ旧東ドイツ地域で支持を広げています。

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これはおととしの連邦議会選挙の比例でのAfDの得票率です。
色が濃いほど得票率が高く、旧東ドイツ地域では30%をこえたところもあります。
ドイツでは統一後、東の優秀な若者が次々と西側に移り住みました。旧東ドイツ地域の人口は100年前の水準まで下がり過疎化が進んでいる地域も少なくありません。残された人たちは、社会から「見捨てられた」という思いや将来に悲観的な見方を強めています。そうした人々の不満や不安の受け皿になっているのがAfDです。
私は壁崩壊の10年後と20年後のドイツを取材しましたが、当時は今以上に経済的な格差が大きく、国営企業で働き生活が保障されていた東ドイツ時代のほうが良かったという声も多く聞かれました。今回30年後の現地を見て、当時より確実に生活水準が上がったにもかかわらず、東西の間の見えざる壁はより高くなっているような気がしました。AfDのような政党を支持する人が増えているのは、政治への不信がいかに強いかを表しています。とりわけ反イスラムや反ユダヤを標榜し、幹部が極右思想を持つ政党を支持する人が、壁を知らない若者たちの間で増えているのは危険な兆候です。

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イギリスでは移民の受け入れに反対するEU離脱派が3年前に国民投票で勝利して以来、離脱をめぐって国が真っ二つに割れています。また、ベルリンの壁の崩壊後、民主化が一気に進んだ旧東ヨーロッパの国々は、30年たったいまポピュリズムと民族主義が台頭しています。
ハンガリーでは、30年前に若者の民主化運動組織を率いて共産党政権に立ち向かったオルバン氏が、首相就任後強権的な手法を強め、憲法を改正して司法を弱体化させ、難民政策でもEUの方針に反対しています。
その隣のポーランドでも反難民を掲げる右派政党「法と正義」が政権を握り、司法やメディアに介入し、EUとの対立を深めています。東ヨーロッパでもドイツ同様にグローバル化によって格差が拡大し、期待が失望に変わったのです。

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では、ヨーロッパはこれからどこへ向かうのでしょうか。アメリカが内向き志向を強めヨーロッパとの関係が希薄になりつつある一方、ロシアとの対立はいまだに打開策が見いだせません。さらに近年中国が旧東ヨーロッパ諸国との関係を強化し影響力を強めています。そうした中で結束が求められるはずのEUは、寛容さを失い分断が広がっています。排外主義や保護主義に立ち向かうためには各国指導者たちに強いリーダーシップと、国内や国家間の格差を是正するための不断の努力が求められます。
メルケル首相は、壁の崩壊30年にあたって、「人々を排除し自由を制限する壁がどんなに高くても、壊れない壁はない」と述べました。しかし憎しみと不満からできた壁は外からは崩せず、壁を築いた自ら打ち崩すしかありません。取り残された人々の声に耳を傾け、協調と他者を受け入れる寛容さこそが分断された社会を立て直すために求められていると思います。

(二村 伸 解説委員)

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