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「GSOMIA失効回避~日米韓の行方は」(時論公論)

梶原 崇幹  解説委員

失効が迫っていた日本と韓国の軍事情報包括保護協定=GSOMIAは、11月22日、韓国政府が協定終了の通告を停止することを表明し、維持されることになりました。今回の決断の背景や、今後の日米韓3か国の関係の行方について考えてみたいと思います。

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【日韓発表内容の骨子】
GSOMIAの維持にあたって、韓国政府は、日本が輸出管理強化を撤回する必要があると主張してきました。日本政府は、両者は別の問題だとしてきましたが、11月22日の日韓両政府の発表内容は、GSOMIAと輸出管理の2つの項目が含まれています。

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主な内容は、▼韓国は、日本に対し協定終了の通告を停止すること、▼日本の経済産業省は、韓国への輸出管理強化の措置などについて、韓国の当局と局長級の政策対話を行うこと、▼韓国は、政策対話が正常に進んでいる間、WTO=世界貿易機関への提訴の手続きを中断することの3点です。

これからもうかがえるように、日韓両国は、この4か月間、GSOMIAと輸出管理強化をめぐって、目まぐるしくやりとりを交わしてきました。

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7月4日、日本政府は、半導体などに使われる原材料3品目について、韓国側の貿易管理に関する審査の体制が不十分だなどとして、韓国向けの輸出管理を厳しくしました。
さらに8月2日、輸出の手続きを簡略化する優遇措置の対象国から韓国を除外を決定しました。
これを受けて、韓国は、8月22日、両国間の信頼関係が損なわれたとして、GSOMIAの破棄を決めました。
さらに、9月11日、輸出管理をめぐる日本の措置は差別的だとして、WTOに提訴する手続きに入りました。

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GSOMIAが失効すれば、日韓の関係悪化が安全保障の枠組みにも波及し、地域の安全に影響を与えかねなかっただけに、最悪の事態は避けられました。
今回、日本が「GSOMIAの維持」と「韓国によるWTO提訴手続きの中断」を得る一方、韓国が得たのは、以前から日本が求めていた「輸出管理をめぐる政策対話」のみで、措置の撤回の確約は得られなかったことから、形の上では、韓国側が折れたという評価ができると思います。

【ムン大統領 決断の背景】
今回、ムン・ジェイン大統領が、こうした決断を強いられた最大の理由は、アメリカからの圧力です。

アメリカ政府からは、11月に入って、エスパー国防長官や軍の制服組トップのミリー統合参謀本部議長が相次いでソウル入りし、ムン大統領らに「GSOMIAが失効すれば、北朝鮮や中国を利するだけだ」と訴えて、GSOMIAを維持するよう、異例の働きかけを行いました。アメリカ議会も、上院で、GSOMIA失効は、アメリカの安全保障に直接、悪影響を及ぼすとして、必要性を訴える決議を全会一致で可決していました。
アメリカは、なぜ、こうした露骨ともいえるやり方で、ムン政権に圧力をかけたのでしょうか。

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アメリカでは、軍事的な優位が揺らいでいるのではないかとして、危機感が強まっています。去年(2018年)、アメリカ議会が設置した超党派の諮問機関「国家防衛戦略委員会」は、報告書「共同防衛の提供」を発表し、「中国かロシアのどちらか一方との戦いでは、なんとか勝てるかもしれないが、敗北の恐れもある」と懸念を表明しています。
こうした状況を踏まえて、トランプ政権は、「自由で開かれたインド・太平洋」を国防戦略の柱に位置付け、それに挑戦する勢力として、中国や北朝鮮、ロシアなどをあげたうえで、日本や韓国、オーストラリアなどの同盟国やパートナーとの連携を強化して、対処していく方針を打ち出しています。
ことし(2019年)4月の、日米の外務・防衛閣僚による、2プラス2でも、「自由で開かれたインド・太平洋」の実現に向けて、日米同盟の深化に加えて、日米韓3か国の安全保障協力や訓練を促進していく方針が打ち出されていました。

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アメリカは、韓国がGSOMIAを失効させることは、みずからの戦略から距離をとろうとするものと受け止めたとみられます。
米韓関係に詳しい有識者からは、ムン政権は、GSOMIAをてこに、輸出管理などの問題にアメリカを引き込もうとしたとして、「同盟関係の乱用」だとの声があがるなど、ワシントンでは、ムン政権への厳しい見方が広がり、在韓アメリカ軍の撤退・縮小の可能性を指摘する意見すら出ていました。
ムン大統領としては、予想外のアメリカの圧力に抵抗することはできなかったものとみられます。
また、韓国国内では、過半数の世論がGSOMIA破棄を支持していましたが、輸出管理をめぐる日本との政策対話の合意を得たことで、措置撤回に向けて前進したと説明できる名分が得られたことになり、ムン大統領の決断を後押ししたとみられます。

【日韓関係の行方】
では、GSOMIAが維持されることになったことで、今後の日韓関係の行方はどうなるのでしょうか。

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日韓関係は、国交正常化以降、最も冷え込んでいるとされていますが、その最大の要因となっている、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題は、依然として残されたままです。
日本政府としては、この問題は、両国関係を築く基盤となってきた日韓請求権協定に直接かかわるものだけに、妥協するわけにはいかず、この問題の前進なくして、ほかの懸案の解決はないという立場です。「徴用」をめぐる裁判では、来年(2020年)2月以降にも、韓国国内で差し押さえられている日本企業の資産が現金化される可能性があり、そうなれば、日本政府も対抗措置を取らざるをえず、さらなる関係悪化は避けられません。
一方の韓国政府は、日本の輸出管理強化の撤回を強く求めています。世論を押し切ってGSOMIA維持を決めたムン大統領としては、自らの政権の求心力を左右する総選挙を来年4月に控え、具体的な成果を急ぎたいところです。しかし、日本政府は、「輸出管理をめぐる政策対話とGSOMIAは関係がなく、政策対話は交渉の場ではない」という立場で、政策対話で措置の速やかな撤回を求める韓国側と、すでに認識の違いが表面化しています。
GSOMIAは、アメリカの強い働きかけによって維持されましたが、こうした残された課題は、日韓の手で解決していくしかなく、両国関係の行方は予断を許さないのが現状です。
ただ、「徴用」をめぐる問題が関係悪化の最大の要因であることは韓国も認識していて、日本政府は、韓国側で新たな基金を作り、日本企業に強制力のない形で自主的な寄付を募りたいとする韓国の国会議長が示した案の行方を注視しています。
まずは、来月(12月)に予定されている日中韓3か国の首脳会談に合わせて調整が進んでいる、安倍総理大臣とムン大統領との首脳会談で、「徴用」をめぐる問題で、韓国側が前向きな姿勢を示すのか、注目されます。

【米韓関係の行方】
今回、GSOMIAを維持するよう異例の働きかけをしたアメリカと韓国の関係はどうでしょうか。

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今回、アメリカは、露骨ともいえるやり方で、ムン政権に圧力をかけました。さらに、アメリカは、同盟国にさらなる負担を求めるトランプ大統領の方針に基づいて、韓国に対し、駐留するアメリカ軍の経費負担を、大幅に増やすよう求め、協議は難航しています。
こうした状況を受けて、韓国国内では、外相経験者から、核兵器を保有することも含め、安全保障面で、アメリカからの自立を模索すべきだという意見が出始めるなど、革新系の有権者を中心にアメリカへの反発がじわりと広がっています。
さらに、アメリカと韓国の間では、去年以降、米朝協議の進展に影響を与えないためとして、朝鮮半島有事を想定した、軍事演習が中止されたり、規模が縮小されたりして、共同対処能力への影響が懸念されています。
今回、アメリカと韓国の同盟関係に生じたほころびは小さくなく、どう修復していくかが課題となります。

【まとめ】
ことし(2019年)7月、韓国がGSOMIAの破棄を検討することが伝えられると、中国軍とロシア軍は、日本海と東シナ海に共同で爆撃機を展開させました。
ことし(2019年)8月、韓国がGSOMIAの破棄を日本に通告した翌日には、北朝鮮が、2発の弾道ミサイルを発射しています。
日韓の対立は2国間にとどまるものではなく、東アジアの安全保障の枠組みをゆるがしかねないという現実を、白日の下にさらした形です。
日韓関係は、国民感情も絡んで、難しい局面が続くことになりますが、地域の安定こそが双方の国益だという原則を見据えて、関係の修復と連携の立て直しに、粘り強く取り組むことが求められています。

(梶原 崇幹 解説委員)

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