安倍総理大臣の通算在任期間が、20日、桂太郎元総理大臣を抜いて憲政史上最長の2887日になりました。変化の激しい時代に、なぜ長期政権となっているのか。その背景と長期政権ならではのこれからの課題を考えます。
まず長期政権となった理由を政策面から見ます。
政権に返り咲いた第2次安倍政権以降の政策の柱は、「アベノミクス」による経済の再生、外交では「積極的平和主義」、そして「憲法改正」です。
まず、経済では、アベノミクスによる異次元の金融緩和は円安・株高をもたらしました。実感が伴わないという批判はあるものの景気の回復は続き、雇用や企業収益が改善しました。政権幹部は、「経済の安定が政権の最大の強みだ」と口を揃えます。
外交面では、アメリカの大統領との個人的な関係を深め、中国との関係を改善するとともに、積極的な首脳外交を展開し、日本の総理大臣の存在感を高めたことは、長期政権のメリットを生かした点だと言ってよいでしょう。
私が注目しているのは、安倍政権が高い目標を掲げる一方で、極めて現実的に対応する姿勢を強めてきたことです。
高い目標という点では、与野党が激しく対立する中で、集団的自衛権の行使を容認することなどを盛り込んだ安全保障関連法を制定し、戦後の安全保障政策を大きく転換させました。
一方で、消費税の使い道を変更して、幼児教育を無償化したり、深刻な人手不足に対応するため、自民党内に反対や慎重論があった外国人労働者の受け入れの拡大に踏み切ったりしました。さらに、憲法改正でも、議論が停滞すれば強いメッセージを打ち出してきましたが、憲法審査会の運営を数で押し切るような無理はしていません。理念や信条の実現のみに走らず、政策課題に現実的に対応する姿勢を強めてきていることも、政権安定の要因とみることができると思います。
次に長期政権の政治的な背景を考えます。一言でいえば、取って代わろうという勢力が弱いことです。
政権を目指すべき野党。支持率は低迷し、「森友・加計学園」をめぐる問題などで安倍総理に対する批判を強めても、その後の選挙で躍進はできず、政権の受け皿とは言えない状況が続きました。さらに安倍政権は、全世代型の社会保障など、野党側が主張してきた政策を積極的に取り入れ、いわば野党のお株を奪う形で、若者や子育て世代に支持の拡大を図ろうとしてきました。
与党の基盤も安定しています。連立を組む公明党の意向に配慮しながら、強力な選挙協力の体制を維持しています。
自民党内では、安倍総理に反旗を翻すような動きはなく、いわば「総主流派化」が進んでいるように見えます。
その背景には小選挙区を中心にした衆議院の選挙制度があると思います。選挙区で自民党の候補は1人。かつての中選挙区時代のように、各派閥が候補を擁立して争うことは影を潜めて、派閥の弱体化が進み、候補者の選定や資金を握る党執行部主導が強まっています。また、思い切ったタイミングで衆議院を解散し、勝利を重ねたことで、選挙の顔でもある総理への求心力が一層強まる傾向があるのではないでしょうか。
さらに、官僚組織を掌握していることが政権の安定につながっているという見方もあります。政権運営の総理大臣官邸主導が徹底し、内閣人事局の発足により各省庁の幹部の人事権も握ったという指摘です。省庁の縦割りを排し、政策実現のスピード感が高まるという効果はあるのでしょう。ただ、その一方で、官僚の目が政策の合理性や公共性より、官邸の意向ばかりに向いているという批判も根強くあります。
では、長期政権の課題はどこにあるのでしょうか。
かつての自民党政権は、「1内閣1政策」。内閣は一つの重要政策を仕上げれば十分で、次の内閣が別の課題に取り組み、政策の幅を持たせてきたとも言われています。
安倍政権は、長期ゆえに、新たに発生した問題など幅広い数多くの課題に、ひとつの政権で着手してきました。そして、その多くが道半ばの状態にあること、これが大きな課題です。
経済では、デフレの状況ではないとしていますが、日銀が目標としてきた「2%の物価上昇率」は達成できていません。大企業と中小企業、雇用の正規と非正規の格差是正、地方創生、財政再建を含めた長期の成長戦略の取りまとめはこれからです。
また外交では、北方領土問題を含むロシアとの平和条約交渉は進展がみられず、北朝鮮の拉致・核・ミサイルの懸案は未解決のままです。
そして憲法改正。自民党の改憲4項目は憲法審査会に提示できず、国会発議も見通せない状況です。こうした多くの課題の中から何を成し遂げ、何を次のトップに委ねるか、判断が求められていくことになります。
長期政権のこれからを政治日程の面から考えます。
来年は、東京オリンピック・パラリンピックが開催され、再来年9月30日に安倍総理の自民党総裁任期が満了します。
自民党総裁の任期満了が近づいていく中で、困難な課題に取り組む求心力を、どう維持していくのか。
今は静かな「ポスト安倍」をめぐる動きも次第に活発になり、衆議院議員の任期は、折り返しを迎え、野党側も選挙協力の態勢を整えてくるでしょう。
さらに、野党側が「桜を見る会」をめぐる問題を「政権の私物化だ」と批判するなど、長期政権の「おごり」や「ゆるみ」を指摘する声も出ています。
長期政権のこれからを今の政界にも記憶が残る二つの政権の終わり方を例に考えます。
中曽根政権は、昭和61年、自民党総裁の任期満了直前に衆参ダブル選挙を行い圧勝。総裁任期が1年間延長されます。その後、いわゆる「中曽根裁定」で後継総裁を指名し、影響力を残しました。
小泉政権は 平成17年、いわゆる「郵政解散」を断行して勝利、いったん否決された郵政民営化法を成立させました。そして、退陣を前にした翌年の8月15日、賛否が分かれた公約だった靖国神社を参拝しました。
ともに政権の残り期間が見えた段階で衆議院の解散をからめた大きな勝負に出ています。
安倍政権の場合は、どうでしょうか。安倍総理は「念頭にない」としていますが、やはり衆議院を解散するのかしないのか、する場合は、その時期が今後の政局の焦点になります。
解散の時期として、永田町では、来年の通常国会の冒頭やオリンピック・パラリンピック後が取りざたされています。
ただ、年明けを考えれば、通常国会には、相次ぐ災害への復旧・復興などを盛り込んだ今年度補正予算案と来年度予算案が提出される予定です。その成立が、遅れるような事態が許されるのか。また、オリンピック・パラリンピック後には、景気の後退を危惧する見方もあり、経済の安定を強みとする政権にとって、有利といえる時期になるかどうか不透明です。そして、何より重要なのは、解散の大義、なぜ解散するのかです。宿願の憲法改正に向けた議論を進めるかどうかを問うのか、それとも重要な外交交渉を争点とするのか。その時期や争点によっては、安倍総理は否定している自民党総裁の任期延長論がクローズアップされ、総理を支え続けている議員、ポスト安倍をうかがう勢力、議員のそれぞれの立場や思惑の違いから大きな議論を招くことも予想されます。これからの政局は、解散の時期を軸に流動化する可能性を秘めた展開になりそうです。
長期政権のこれからを考える上で、忘れてならないのは、政権を成り立たせているのが選挙で示された国民の意思にあることです。長期政権を担う安倍総理大臣は、その基本を踏まえ、国民の声により真剣に耳を傾ける必要あり、長期政権に向き合う野党側には、国民が求めているものに具体的に応えていく姿勢が求められているように思います。
(伊藤 雅之 解説委員)
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