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「『デジタル人民元』中国共産党が狙う?覇権と統制」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

キャッシュレス化が進む中国で、近い将来、紙幣や硬貨といった現金が姿を消す日が来るかもしれません。中国は、いま自国の通貨人民元をデジタル情報にかえ、ネットやスマホでやりとりできるいわゆるデジタル人民元の導入に向けて技術の開発に力を注いでいます。そこにはどのような狙いがあるのか、この問題ついて考えていきたいと思います。

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 解説のポイントは三つです。

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1) 実用化近づくか デジタル人民元
2) “ドル覇権”に対抗? 中国の思惑
3) デジタル技術で統制強化はかるか

1) 実用化近づくか デジタル人民元

 中国の中央銀行にあたる中国人民銀行は、通貨人民元をデジタル化する研究を5年前から続けています。その実用化の時期が注目されていたなかで、先月下旬、国際交流組織の幹部を務める中国共産党の元幹部が、「中国人民銀行は、世界で初めてデジタル貨幣を発行する中央銀行になるだろう」と述べ、デジタル人民元の実用化が近づいていることを示唆しました。
 まず、中国のデジタル通貨とはどういうものか見ていきます。

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 デジタル通貨は、市中に出回る現金をデジタル情報にして、ネットを通じて、あるいはスマホ同士で自由にやり取りができるようにするものです。中国ではすでにアリペイやウィーチャットペイと呼ばれるキャッシュレス決済の仕組みが広がっています。では新たなデジタル通貨がこれとどう違うのかというと、使い勝手の面ではこれまでと同様な仕組みになるものとみられています。逆に、これまでとの大きな違いは、中国政府が発行した通貨そのものを使って決済を行うため、預金口座がなくても資金のやりとりが行えることです。次にデジタル人民元が具体的にどのように発行されるかを見ていきます。

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まず人民銀行が金融機関との間で、同額の準備金と引き換えに、デジタル人民元を発行。そして一般の企業や個人は、各金融機関との間で同額の現金や預金と交換する形で入手するという仕組みが考えられているといいます。このようにデジタル人民元は、フェイスブックが計画しているデジタル通貨「リブラ」の発行主体が民間企業なのとは違って、中国政府が中央集権的に管理します。国家の主権を後ろだてに法定通貨と1対1で交換され、ビットコインのように価格が変動することもありません。
実は、中国では今年8月偽造対策を理由にすでに切り替えられていた100元札をのぞく紙幣を一新したのですが、新5元札だけ発行されていません。これについて人民銀行は、「新技術を用いた研究を行っている」と説明していて、まず市中にある5元札が中央銀行に回収されてデジタル人民元と交換されるのではという憶測をよんでいます。

2) “ドル覇権”に対抗? 中国の思惑

さて、使う側からすると、これまでのキャッシュレス決済と大きな違いはないように見えるデジタル人民元ですが、ここからは通貨を発行する側の中国政府の意図がどこにあるのかを探っていきたいと思います。 
私は、まず第一の狙いは中国の通貨人民元の国際化を進めいわゆるドル覇権に対抗することではないかとみています。どういうことか見てゆきます。

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デジタル人民元は現金と同じように使えるのが特徴ですから、世界各国で使われているドル紙幣と同じように、外国人でも手軽に使うことができるようになります。そのことを強みに、例えば、外国人が自国の通貨をデジタル人民元に両替して旅行先の中国で使ってもらったり、国境をこえた送金や、中国と海外との貿易の決済、さらには中国以外の国同士で行われる企業の取引の決済などにデジタル人民元を利用してもらうなど、世界各国のあらゆる場面でデジタル人民元の利用をひろめていこうと考えているものとみられます。

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さらに中国政府は、デジタル人民元の取引の安全を確保するため、ブロックチェーンといわれる技術の開発に力を注いでいます。この技術は、決済の内容が都度公開されてデータの改ざんがされにくいといわれています。先月、習近平国家主席は、ブロックチェーンの技術がすでにデジタル資産の取引などへの応用が進んでいるとして、安全に管理できるような技術開発を一段と加速するよう大号令を発しました。

こうした動きの背景には、ドルをつかった国際間の資金決済システムに関わる情報がアメリカ政府に監視されているという中国側の危機感があるという見方があります。

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例えば去年中国の通信機器大手のファーウェイの孟晩舟副会長がカナダで逮捕されましたが、その容疑事実は、ファーウェイの関係会社によるイランとの違法な取引に、アメリカの金融機関を巻き込んだとするものでした。アメリカの捜査当局が国際決済システム上で得た情報が容疑の根拠になったのではないかという見方が出ています。実際に、中国共産党の元幹部は先月下旬の講演で、中国が既存の国際決済システムに依存することに一定のリスクが伴うという考えを強調しています。
中国からすれば、世界中に流通するドルとドルを通じた決済システムが、アメリカの国際的な影響力の源泉となるいわゆるドル覇権の構図が、自らの勢力拡張の障害になっていると映っているのではないでしょうか。一連のデジタル技術開発の背景には、通貨のデジタル化を起爆剤に、人民元の国際化を一気に進め、ドル覇権に対抗していこうという思惑が読み取れます。

3) デジタル技術で統制強化はかるか

最後にデジタル人民元がはらむ問題点について考えてみたいと思います。中国政府がデジタル通貨は現金と同じものだとする中で、私が注目するのは現金のもつ「匿名性」です。

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 私たちが日ごろ使っている現金には名前が書いているわけではありませんから、だれがだれに対していくら支払ったかなどについて、当局が追跡することは不可能です。このため国際的な麻薬取引やマネーロンダリングなどの犯罪に現金が使われてきました。デジタル人民元も現金のもつ匿名性が維持されれば、同様の問題が生じます。犯罪組織に悪用されないための仕組みをどうつくるのか。心配な点もでてきます。

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 逆に匿名性がなければどうなるでしょう。デジタル通貨に利用者の情報が刻み込まれれば、資金決済の履歴がシステム上に記録されることになります。個人同士、あるいは企業同士の資金のやりとりの様子を、当局が過去にさかのぼって把握することも可能となります。実は中国人民銀行は、すでに、現在広がっているスマホを使ったキャッシュレス決済に関連し、個人や企業の銀行口座からどのようにお金が流れているのかを把握するための新たなシステムを構築しています。このため、今度は、個人同士の現金のやりとりまで把握しようとしているのではないかという憶測もよんでいます。それが現実のものとなれば、犯罪捜査などには有効な手段となり、違法な海外への資金の移動を止めることもできるようになるでしょう。しかし一方で、プライベイトなお金のやりとりが国家に監視されることにもなりうるのです。当局にとって好ましくない思想をもつ反体制の人物の現金のやりとりを止めることもできるようになるかもしれません。

中国をめぐっては、以前は、経済が発展すれば自由や民主主義という西側の価値観に近づいてくるという期待感がありました。しかしいまは、成長がもたらした経済力を背景に西側の価値観とは相いれない価値観を世界に広めていこうとしているともいわれています。最新の技術をつかったデジタル人民元が、当局が統制を強めるための社会監視の手段となることはないのか、中国以外の国にひろがっていくことで監視の目が海外にまで及ぶことはないのか。今後の展開を注意深くみていきたいと思います。

(神子田 章博 解説委員)

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