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「共通テスト露呈した英語民間試験ごり押しのツケ」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

来年度から始まる大学入学共通テストへの英語の民間検定試験導入の延期が決まりました。公平公正が保てるのかという当初からの疑念を払拭できず、2020年度という開始時期ありきで導入を決めたことの付けが露呈した形です。

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解説のポイントです。
▽延期はギリギリの決断
▽指摘され続けてきた民間検定試験導入への疑念
▽後手に回った文科省の対応

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萩生田文部科学大臣は、きょうの閣議の後の記者会見で「経済的な状況や居住している地域にかかわらず等しく安心して試験を受けられるような配慮などの準備状況が十分でない」として、英語の民間検定試験の大学入学共通テストへの導入を延期すると述べました。
大学入学共通テストは今の大学入試センター試験にかわって来年度から導入されます。1回目のテストは、2021年1月の実施が決まっています。英語の民間検定試験は「1点刻みの入試問題ではなく、知識を活用し自ら判断する力を測る」という目的を果たすため、共通テストの柱の一つとして導入が決まりました。英語で「読む」「聞く」「書く」「話す」の4技能を評価することが必要だとして、すでに一部の大学が入試に活用している民間検定試験を利用しようということになりました。6つの事業者による試験は、来年4月から行われることになっていて、きょうから受験に必要な共通IDと呼ばれる番号の申請が始まるところでした。延期はまさにギリギリの時点での決断だったわけです。

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今回の事態は、高校生にどんな影響を与えるのか。4技能の民間試験を受けることを決め、準備を進めていた高校生の間には動揺が広がることが予想されます。一部の民間試験は受験の受付を始めていて、予約金を払った生徒への返金をどうするのかといった新たな問題が出てくる可能性があります。

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一方で、共通テストそのものには従来のマークシート式の英語の試験は残ります。英語の4技能を習得すること自体は、今の学習指導要領でも必要とされていて、入試そのものへの影響は限定的との見方もあります。いずれにしてもこの時期になるまで状況が定まらなかったことで、高校生は振り回された形です。不安を解消するため、判明した情報をできる限り高校生や保護者のもとに届ける努力が文部科学省、大学入試センターにはこれまで以上に求められます。また、ことここに至る経緯を振り返り、もっと早い段階で決断できなかったのか検証することが必要だと思います。

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そもそも萩生田文部科学大臣が延期の理由として述べたことは、民間試験導入が決まった当初から指摘され続けてきました。端的に言えば、公平性を保てるのかという疑念です。
大学入学共通テストに向けた英語の民間試験は、すでに持っている級などとは関係なく新たに受ける必要があります。実施年度初めの4月から12月にかけて行われる試験を2回まで受け、そのいずれかの結果をもとに換算されたスコアを、大学入試センターを通して大学に提供する仕組みです。
ところが1回目の共通テストを受ける場合の民間試験が始まる来年4月まで半年を切っても、いずれの民間試験も試験の日程や会場がいまだに確定していません。
さらに文部科学省が全国1068の大学や短大に調査した結果、民間試験の結果を活用するところは全体の6割ほどにとどまりました。大学入試は学部ごとに受験科目が異なるため、活用するとされる大学でも学部によって使う使わないはバラバラなど複雑です。
進学を希望している生徒にとっては、この期に及んで、いつどこでどの試験が受けられるかわからない、志望する大学が課す民間試験が地元で受けられるのかわからないという異常事態です。加えて5800円から25380円という受験料負担が加わることになり、家庭の経済状況も受験を大きく左右する形です。これではある意味人生の大きな岐路となる大学入試の受験にあたって、公平なチャンスが与えられることにはなりません。
これに加えて、そもそも目的が異なる民間試験の結果を換算して入試に利用することには公正面から無理があるとの理由で、多くの英語教育の専門家が導入に反対してきました。全国高等学校長協会が、延期と制度の見直しを文部科学省に要望するなど異例の事態となっていました。

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なぜこんなことになったのか。そこには、文部科学省、大学入試センターの見通しの甘さがあります。文部科学省は、受験機会の公平性を確保するため、民間事業者側にできる限り多くの会場を確保することや受験料をできるだけ安くすることなどを求めてきました。しかし事業者側にしてみれば、民間である以上、損失を出すわけにはいきません。どこでどの程度の受験者数が見込めるかわからない状況では、早期の試験日程を確定させることが難しいことになります。
文部科学省は、大学側にも、民間試験を利用するのか、利用するならどれを課すのか早期に確定させるよう求めてきました。しかし、どの民間試験をどの程度の志願者が受験するのかの見通しが立たない中では、大学側もどの試験を活用すべきか決められなかったという事情があります。
結局、事業者側と大学側、受験する高校生側がお互いの様子を見合う形で決められないスパイラルに陥っていった形です。

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こうした事態に、文部科学省はどのような対応をしてきたのでしょうか。英語民間試験の導入は、2020年度という時期がまず決まり、50万人が受験する共通テストに組み込む際の制度設計が後回しにされた経緯があります。このため、決まった以上は前に進むしかないというのが基本的なスタンスで対応してきたものの、打つ手打つ手が後手後手に回ってきたことは否めません。
たとえば、民間試験の会場の問題です。民間事業者が試験会場を確保しようにも地方にはそうした施設がほとんどないという事情が後からわかりました。そこで文部科学省は、各地の国立大学の施設が使えるよう協力を求めましたが、それは8月に入ってからでした。遅きに失した対応でした。
実施責任者を教職員が行わないことを条件に高校の教室も試験会場として使えることとしました。しかし、教室には生徒の荷物や様々な掲示物があり、これらを撤去しなければ会場にはできないとの指摘があがりました。そもそも大学入試に使う試験を、高校を会場にして受けさせることの是非もあります。試験中トラブルがあったら誰が責任を取るのかという問題もあり、高校側からも「行き当たりばったりの対応だ」との批判の声があります。

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こうした中、萩生田文部科学大臣が英語の民間試験について、民放のBS番組で「自分の身の丈に合わせて2回をきちんと選んでがんばってもらえば」と発言しました。これには不公平を容認しているとの大きな批判の声が各方面からあがり、その後、大臣は、発言を撤回しました。教育格差の是正は、国の責務であることの自覚を欠いた発言が、奇しくも今回の制度自体の問題点をあぶり出した形です。

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今回の民間試験導入延期を受けて、文部科学省は今後1年かけて制度の問題点を抜本的に見直し、2024年度をめどに改めて民間試験を実施することにしています。今回の教訓を生かし、2024年度、今回と同じ轍を踏むことのないよう強く求めておきたいと思います。

(西川 龍一 解説委員)

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