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「『徴用』判決から1年 日韓関係の行方は」(時論公論)

梶原 崇幹  解説委員

1965年の国交正常化以降、最も冷え込んでいるといわれる日韓関係。そのきっかけとなったのは、去年(2018年)10月、韓国の最高裁判所が出した、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる判決でした。この問題を中心に、日本政府が事態を深刻にとらえている背景や、今後の両国関係の行方を探りたいと思います。

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この裁判は、韓国人4人が、太平洋戦争中に「徴用工として日本で強制的に働かされた」として、新日鉄住金(現・日本製鉄)に損害賠償を求めたものです。去年(2018年)10月30日、韓国の最高裁判所は、「徴用」された人の慰謝料請求権は、日韓請求権協定の対象に含まれないとして、1人当たり、日本円にしておよそ1000万円の支払いを命じました。原告側は、すでに日本企業の韓国国内の資産を差し押さえていて、来年(2020年)2月以降にも、資産を売却して現金化される可能性があります。
韓国のムン・ジェイン大統領が判決を容認する考えを示したことから、日本政府は、補償問題は日韓請求権協定で解決済みで認められないとしています。

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その後、両国間では、韓国への輸出管理強化や、軍事情報包括保護協定=GSOMIAの破棄などもあり、関係は急速に悪化しています。

安倍総理大臣は、10月24日、韓国のイ・ナギョン首相と会談しました。
この中で、イ首相は、安倍総理大臣とムン大統領との首脳会談について、「開催されればいいだろう」と述べ、期待感を示しました。これに対し、安倍総理大臣は、特に反応を示さず、「徴用」をめぐる問題で、韓国側の対応を重ねて求めました。

韓国政府は、ことし(2019年)6月、日韓両国の企業が自発的に拠出金を出し、原告の慰謝料の支払いにあてるという案を条件付きで示しています。しかし、日本政府は、日本側のさらなる負担は認められず、あくまで韓国側で対応すべきだと突き放しています。
日本政府がかつてないほど厳しい姿勢をとる背景には、▼「徴用」をめぐる問題は、安定的な日韓関係を築く基盤となってきた、日韓請求権協定に直接かかわる問題であることに加え、▼この判決を機に、ムン政権が要求を拡大させ、各国と築いてきた日本の戦後処理の根幹が揺らぎかねないと懸念を強めているからです。

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日韓請求権協定は、戦後、日本と韓国が国交を正常化する際に結ばれた協定で、両国間の財産や請求権の問題を「完全かつ最終的に解決」するものです。
日本としては、韓国に残してきた日本人の財産などを放棄するとともに、韓国に無償で3億ドル、有償で2億ドルを供与する一方、韓国も、求めていた徴用された韓国人の未収金や補償金など、すべての請求権について、いかなる主張もできないことなどを内容としていて、戦後処理でもっとも難しいとされる補償の問題を「一括解決」し、この基盤のうえに、新たに2国間関係を築くものです。

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当時の交渉の中で、韓国側の担当者は、「徴用」について「強制的に動員し、精神的、肉体的苦痛を与えたことに対し相当の補償を要求することは当然だ」と主張し、日本側の担当者が、「個人に対して支払ってほしいということか」と尋ねたのに対し、「国として請求して、国内での支払いは国内措置として必要な範囲でとる」と答えたことが、交渉記録から明らかになっています。
日本政府は、日韓請求権協定で「徴用」の問題は解決していないというムン政権の対応は、交渉過程を無視しているうえ、協定のもっとも重要な意義である「一括解決」に蟻の一穴をあけようとするもので認められないとしています。

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さらに、日本政府が懸念しているのは、革新色を強めるムン政権の姿勢です。保守政権から9年ぶりに政権を奪還したムン大統領のもとでは、「積弊清算」をスローガンに、すでにパク・クネ前大統領とイ・ミョンバク元大統領が逮捕されたほか、これまで政治的対立では聖域とされてきた司法の領域でも、前の最高裁長官が逮捕されるなど、ムン政権は革新色を強めているとみています。日本政府は、経済の不振や側近のスキャンダルで支持率が低下傾向にあるムン政権が、今後、支持基盤となっている労働組合や市民団体の影響を受けて、日本への補償要求を拡大させる可能性は否定できないとみています。

日本政府がこうした懸念を払しょくできない背景は、今回の判決の理由にもあります。
請求権協定が結ばれる際の交渉で、大きな争点の1つは、韓国併合が合法的に行われたのか、それとも、不法だったのかという法的な評価の問題でした。日本は合法だったと主張したのに対し、韓国は不法だったと主張し、14年間にわたって話し合いを続けましたが、結局、折り合えず、いわば政治の知恵として、どちらとも受け取れる文言にして、国交を正常化させる道を選択しました。外務省の分析によりますと、判決は、この点に着目し、協定が植民地支配は不法だったと明確に触れていない以上、不法性を理由とする慰謝料は請求できるという構成になっているとしています。この理論構成によれば、植民地支配は不法だったとして、例えば創氏改名など、植民地支配に関連するあらゆる行為について慰謝料を請求できることになり、これは補償問題の蒸し返しにならないとしています。
日本は、サンフランシスコ平和条約に基づいて各国と戦後処理を行っていますが、韓国との補償問題を見直すとなれば、ほかのアジア諸国に影響する可能性も排除できません。

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外務省幹部は、「ことは戦後秩序全体にかかわるだけに、1ミリも譲れない」と話していて、厳しい姿勢を崩していません。

それでは、今後の両国関係の行方はどうなるのでしょうか。
自民党内には、韓国側が、日本とのGSOMIAが失効する11月23日にかけて、事態打開に動き出すのではないかとの見方があります。
ただ、日本政府は悲観的です。ムン政権は、長期にわたって革新系が政権を維持することを最優先に考えており、少なくとも来年(2020年)4月の総選挙までは、日本に譲歩したと受けとられかねない対応はとれないだろうというのです。
悪化した関係は長期化が避けられない情勢ですが、両国政府には、いたずらに国民感情を刺激することなく、これ以上の関係悪化を食い止める努力を求めたいと思います。

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では、政府間の歩み寄りに期待できない中、議員や地域ができることはあるのでしょうか。

請求権協定が結ばれたあとも、日本では、韓国との歴史の問題に向き合ってきた例は数多くあります。
ことし(2019年)7月に亡くなった公明党の草川昭三氏は、朝鮮半島からサハリンに、徴用されたり、出稼ぎにいったりした人が、終戦後、帰国できないままとなっていることを知り、ソ連側にかけあって、1984年、日本で、韓国から呼び寄せた肉親との再会を実現させています。こうした取り組みは、一時帰国事業から永住帰国事業へとつながっていきました。
また、戦前から炭鉱の町として栄えた福岡県大牟田市では、朝鮮半島から徴用されるなどして、炭鉱で働く中で亡くなった人たちを追悼する慰霊祭が、毎年開かれています。市内では韓国に反発する動きも見られますが、慰霊祭には、市長や、地元の市民グループも参加しています。
今回、韓国では、公務員が先頭に立って日本製品の不買を呼び掛けたり、地方議会が、一部の日本の企業を「戦犯企業」とし、その製品にステッカーを貼る条例案を可決したりしました。これでは、両国の社会に育ってきた、相互理解と融和の芽を台無しにしかねません。政府間の関係はそれとして、それ以外の分野の人々が交流を続け、歴史に向き合っていくことが大切だと思います。

未来志向の関係発展にお互い努力することをうたった、日韓共同宣言から21年。広がってきた交流の扉が再び閉まることがないよう、両国の人々の粘り強い取り組みが求められています。

(梶原 崇幹 解説委員)

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