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「どうなるリブラ 高まるデジタル通貨の議論」(時論公論)

櫻井 玲子  解説委員

「世界の20億人が使う、新しい通貨の誕生か」巨大IT企業フェイスブックが計画し、国際的にも注目を集めてきたデジタル通貨「リブラ」に、逆風が吹いています。
フェイスブックのトップ、ザッカーバーグ氏は先週、アメリカ議会を前に、目標としていた来年前半のリブラの発行を、事実上、先送りする考えを示しました。
リブラは今後、どうなるのか。リブラをきっかけに高まる、デジタル人民元など、新しい通貨を巡る各国の動きは。そして今後の課題は何かを、考えます。

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まず、リブラはなぜ、行き詰まったのか。これまでの経緯を説明します。
リブラは、フェイスブックがことし6月に構想を発表した、独自の暗号資産です。
銀行口座をもたずとも、スマホ一つで、支払いも、国境をまたいだ送金も、即座にでき、コストもかからない、というのが売りでした。
さらには、大手クレジットカード会社やホテル予約サイトの運営会社、自動車相乗りサービスの最大手などとも組み、「世界でどこでも使えるデジタル通貨を作る」と宣言したのです。
そして最大の特徴として、リブラをドルやユーロ、日本円など主要な通貨と連動させることで、ビットコインなどの暗号資産とは違い、価格の乱高下を抑えることができる。また、リブラの発行量と同じ価値の通貨や国債を積み立てておき、安定的な価値をもつ通貨にする、としました。
この発表は大きな反響を呼びました。世界中のフェイスブックのユーザー20億人がこれを使いだせば、一気に広がるかもしれない、とみられたからです。

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しかし、各国の金融当局からは懸念の声が一斉にあがりました。
今月中旬には、先進7か国で作るG7が、「リブラ」などの法定通貨と連動するデジタル通貨に関する報告書を発表。
「マーケット操作の懸念や、市場への不信感を招くリスクがある」と警告しました。
また、中国やインドも含むG20財務相中央銀行総裁会議も同じ時期に開かれ、新興国からも、犯罪に悪用される恐れや個人情報が流出するリスクが指摘されました。日本が議長をつとめる中、規制が整うまでは、こうした通貨は発行されるべきでないという認識で一致。現状のままでは、リブラを事実上、認めないことを宣言したのです。

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各国はなぜリブラにここまで厳しい姿勢を示したのでしょうか?理由は2つあります。
一つは、フェイスブックが各国の疑問に十分にこたえていない、と多くの当局関係者が感じていることです。
数千万人分の個人データを流出させてしまったこともあるフェイスブックが、ユーザーのカネの流れまで逐一把握するようになった場合、情報は、守られるのか。
銀行を通さず送金できるリブラが、マネーロンダリングなど国際的な犯罪行為に悪用されることはないのか。
なにより、民間企業が発行する通貨が、国の発行する通貨並みに流通した場合、各国の金融政策に大きな影響を与え、国の「通貨主権」が脅かされるのではないか?
日本を含む各国の当局者は、リブラ計画の関係者と水面下で接触を続けてきたものの、こうした懸念を払しょくするには至らなかったと判断した模様です。

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2つめの理由は、中途半端な形でリブラを容認すれば、今後、ほかの企業による「第2のリブラ」「第3のリブラ」が出現する可能性もあるからです。リブラに着想を得た別の巨大企業が途上国などを舞台に似たようなデジタル通貨を発行し、国際的な規制が十分に整う前に、流通させはじめたらどうするのか。こうした流れに先回りする形で、一定の歯止めをかけておきたいという認識が共有されたのです。

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このような事態を受けて、ビザ、マスターカード、それにネット決済大手のペイパルなど、フェイスブックとともに旗揚げする予定だった企業27社のうち、およそ4分の1が計画から撤退しました。アメリカの上院議員が、ビザやマスターカードに書簡を送り、リブラ計画に参加をすれば、その社の既存のビジネスへの監視を強めることを示唆したことも、背景にあるとみられています。

先週、アメリカ議会の公聴会に背水の陣で挑んだザッカーバーグCEOはひとまず、リブラ計画の事実上の先送りを表明し、事態の鎮静化をはかりました。さらにはリブラが政府や中央銀行の脅威にならないこと。個人情報を勝手に利用したり売ったりはしないこと。リブラが犯罪行為に使われないよう注意をし、当局とも連携すること。を強調し、低姿勢で理解を求めました。その上でザッカーバーグCEOは「中国は似たようなアイディアを数か月以内に打ち出すべく、迅速に動いている」とも述べ、中国に警戒心を抱くアメリカ議会の琴線に触れるような訴えも、繰り返しました。ただ、その一方で新しい材料を示すこともなく、議会との溝は、結局、埋まりませんでした。

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では、デジタル通貨は、今後、どうなるのでしょうか?
私は、デジタル通貨とそれに対する規制の議論は、今後も、続いていくと思います。
リブラの議論が今の「通貨」の在り方に、期せずして一石を投じる形になったからです。
民間企業がデジタル通貨を発行するのが心配ならば、各国の中央銀行、つまり、国が責任をもって、現金のかわりに、デジタル通貨を発行すればよいのではないか?という議論も出ています。

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そこで、まずはザッカーバーグ氏も言及した中国ですが、リブラ計画に触発され、デジタル人民元の開発と実用化を、さらに急ぐ方針です。中国はドル基軸通貨体制に対抗するため、5年前からデジタル通貨の研究を続けてきました。8月には、中国人民銀行が自らのホームページに「デジタル通貨の研究を加速させる」方針を自らの重点活動として改めて掲載。実用化を急ぐため、まずは地域限定で、トライアルを始めるのでは?といった観測もこのところ、きかれます。ゆくゆくはデジタル人民元を、中国国内だけでなく、一帯一路ならぬ、デジタルシルクロードの周辺国にも広げ、「中国経済圏」の強化・拡大をはかる構えです。

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そして、これに対抗するかのように、ヨーロッパでは、ドイツとフランスが共同声明を発表し、ECB・ヨーロッパ中央銀行に対しデジタル通貨を使った解決策を求めていく考えを示しました。

さらには、IMF・国際通貨基金や各国の協力のもと、世界でどこでも使える「国際デジタル通貨」を作ってはどうか?という案も出ています。イングランド銀行のカーニー総裁は、各国の中央銀行関係者が集まる席で、いわば「中央銀行版リブラ」ともいえる通貨を発行すればいいのではないか?という構想を披露し、話題を呼びました。

一方、アメリカは現在使われている支払いや送金システムの使い勝手に注目し、利便性の向上こそ大事、だと主張しています。日本も、現段階では、この立場に近いかもしれません。海外に送金すると何日もかかる上、手数料を7パーセントもとられることに不満を覚える人たちから、リブラを支持・評価する声が出ているからです。ドル基軸通貨体制を維持したいアメリカは、デジタル通貨の導入には慎重ですが、中央銀行にあたるFRB・連邦準備制度理事会の幹部は、支払いや送金システムの見直しそのものには、柔軟に対応する姿勢を示しています。

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このように、リブラの発行そのものは当面、見通しがつかなくなったものの、その波紋は大きく、いわばパンドラの箱を開けてしまった感があります。各国の金融覇権をめぐる思惑も交錯する中、国際通貨体制の在り方とそれに対する規制の検討は、今後も、必要です。技術革新がすすむ中、利用者の立場からみて、便利で安全・安心な通貨とはどういうものなのか、新しい形の通貨はありうるのか、議論を尽くしてほしいと思います。

(櫻井 玲子 解説委員)

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