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「中東で影響力増すロシア・プーチン大統領の思惑は?」(時論公論)

石川 一洋  解説委員

プーチン大統領の長い手が中東に伸びています。アメリカが中東から手を引く隙間を埋めるように、ロシアは、友好国シリアやイランだけでなく、本来対立してきたトルコやサウジアラビアとの関係を強めています。なぜロシアの影響力が増しているのか、プーチン大統領の狙い、思惑は何か、今日は考えてみます。

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22日 プーチン大統領は、ロシア南部のソチの大統領別邸にトルコのエルドアン大統領を迎えました。この日はエルドアン大統領がアメリカと合意したシリア東北部での軍事作戦を5日間停止した期限が切れる日でした。プーチン・エルドアン会談は6時間を超え、両首脳は会談の成果として覚書を発表しました。

▼シリア領土の統一と一体性の維持とトルコの安全保障を遵守
▼ロシアはシリア北東部のトルコ国境地帯からクルドの武装勢力YPGの部隊を23日正午から150時間以内に撤退させる。
▼トルコ国境から10キロまでの範囲でロシアとトルコの軍事警察部隊が共同パトロールする。

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今回の合意は、トルコの軍事作戦を現状維持の形で停止し、ロシアとトルコがシリア国境へのそれぞれの軍の展開を認めたことになります。事実上ロシアとトルコがシリアの国境地帯に共同で管理するいわば安全地帯を設置する内容です。
プーチン大統領「トルコ軍の行動が、ISを含むテロ組織が利用しないことが重要だ」
 このロシア・トルコ首脳の合意について、23日トランプ大統領は、停戦を自らの功績だと自画自賛しました。
 「我々は去る 血にまみれた戦いは他の人に任せよう」
 ロシアについてトランプ大統領は一言も言及しませんでしたが、事実上シリアの行方をロシアの手にゆだねたのです。

首脳会談二日前のロシアテレビの報道番組「ヴェスチ・ネデーリャ」では、ロシア軍がシリア政府軍とともにアメリカが撤退したシリア北部のクルド人支配化の町に進駐を始めたことを、同行した記者のリポートで伝えています。これまで対立してきたクルド人勢力の要請を受けたものです。「ロシア軍が進駐すればトルコ軍は攻撃できない」と伝えています。アメリカの特殊部隊が去った基地にもロシア軍が進駐しました。

クレムリンに近い著名なキャスター・キセリョフ氏は次のように述べて、ロシアが漁夫の利を得たとの認識をあからさまにしています。
「ロシアにとって全く血を流すことなくシリアと中東全体の状況は好転した」
アメリカは、ISとの戦いで多大な犠牲を払ったクルド人の武装勢力を見捨てました。同盟者をアメリカが見捨てた後にロシアが入る。中東におけるロシアの影響力増大の基本的な構図がここに見て取れます。
ロシアと中東といいますと、アラブ諸国を支援したソビエト時代を含めて失敗が続き、湾岸戦争、イラク戦争で友好国イラクを失い、プーチン時代に至るまで影響力は低下してきました。
例えばトルコ、NATO加盟国であり、戦術核が配備されています。ペンタゴンと強いつながりを持つトルコ軍部が政治を動かし、まさにロシアの脇腹に突き付けられた槍でした。私は、1990年代、カスピ海の石油開発を取材しましたが、いわばアメリカの先兵としてロシアを通らないカスピ海からのパイプラインを実現したのはトルコでした。
世界最大の産油国サウジアラビアとの関係も敵対的でした。サウジアラビアが1985年原油増産に踏み切り、原油価格が大幅に下落したことがソビエト連邦崩壊の一つの原因でした。連邦崩壊後もサウジアラビアやカタールは、チェチェンなどでロシア国内のイスラム勢力を支援していました。中東へのロシアの影響力というよりも、プーチン時代になっても中東はロシアの弱点であり、中東からロシアが揺さぶられる状況が続いていました。

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一つの転機になったのは、トルコでイスラム政党を基礎としたエルドアン政権が誕生したことです。アメリカは中東においても民主化を進めてアメリカの一極支配を確固たるものとしようとしました。しかし民主的選挙で誕生したエルドアン政権は、アメリカに追随する軍部の影響力を排除して、自立を強めていきました。プーチン大統領は自立するトルコとの関係強化に動きました。

さらに大きな変化のきっかけとなったのは、既存の政権に民衆が蜂起したアラブの春です。アメリカがアラブの春において中東における民主化を支援するとして親米のエジプト・ムバラク政権などを見捨てました。民主化というリベラルなイデオロギーを掲げ体制転換も辞さずという姿勢を取りました。
これに対してロシアはシリアのアサド政権を友好国、同盟国として支える姿勢を続けました。反アサド勢力を支援するトルコ、サウジアラビアなどとは対立が際立つ状況もありました。しかし「アメリカは同盟国であっても見捨てるのではないか」というアメリカに対する不信感が中東諸国に広がりました。ロシアは中東での最後の楔・アサド政権を守ることで「徹底して体制転換に反対する」姿勢を示しました。共産主義というイデオロギーで体制転換を目指したソビエトに対してプーチンのロシアは逆に体制護持のイデオロギーで中東との関係を強化しているといえるのです。

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プーチン大統領は中東での影響力を拡大して何を狙っているのでしょうか?
自らの安全保障を強化することが大きな理由です。トルコ、サウジアラビア、イラン、イスラエルなど相対立する地域の重要なプレーヤーと個別に軍事面やエネルギー面での関係を強化していく。ロシアを揺さぶり続けてきた中東への関与を逆に強め、中東を友好的な地域とすることで、イスラム過激派の浸透を防ぐなどいわば大きな緩衝地帯を造りたい。相対立するプレーヤーとの関係を強めることで、結果的にアメリカに代わってロシアが仲介者となる状況も作り出そうとしています。

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ロシアの重要なツールとなっているのは武器輸出です。ロシアの防空ミサイルシステムS300とS400は、まずイランにS300が輸出され、次にシリアにS300を供与し、ロシア軍のS400も配備されています。そしてトルコもS400を購入しました。アメリカが政治的な理由でパトリオットミサイルの輸出を禁止したからです。さらにロシアはサウジアラビアにもS400の購入を働きかけています。政治的な理由で時に武器禁輸という制裁を加えるアメリカだけに頼るのでなく決して裏切らないロシアというカードもお持ちになった方が良いのではとささやき続けているのです。またエネルギーの面でもOPEC・ロシアの協議によって原油の生産高を決定するメカニズムができています。

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ただ中東への関与はロシアにとってはもろ刃の剣となる危険性もあります。とくにシリアについていえば、今までアメリカの存在が、役割分担という形でロシアの負担を軽減していました。これからはロシアがすべての矢面に立つことになります。残虐な弾圧を続けたアサド政権を支え続けることがいつまで可能なのか。もしも紛争が長引けばシリアはロシアにとって泥沼となり、第二のアフガニスタンとなるおそれもあるでしょう。ロシア主導で和平を実現したいところです。しかし血で血を洗う争いを続けてきた勢力の利害を調整し、和平を実現できるのか、その影響力の真価が問われるでしょう。

ロシアの影響力増大は、中東情勢が流動化していることも意味しています。トランプ大統領の下では、アメリカが中東への関与をさらに減らす可能性があります。日本としてもアメリカの影響力低下とロシアの影響力拡大いう現実の中で、これまで培った中東のプレーヤーとの個別の関係を活かし、中東の平和と発展のために日本独自の戦略を進める時期に来ているように思います。

(石川 一洋 解説委員)

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