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「台風19号 問われた『広域避難』」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

ニュース解説「時論公論」です。台風19号による大規模水害の発生から1週間が過ぎました。大きな被害が出てしまった一方で、利根川中流の4つの県にまたがる地域では「広域避難」という初めての取り組みが行われました。「広域避難」は氾濫で全域が水没する恐れのある地域の住民が県や市町村の境を超えるなどして、離れた安全な地域に事前に避難をするものです。今回、東京でも検討されましたが実施は見送られ、この2つのケースから効果や課題が見えてきました。この問題を考えます。

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【被害の全体像】
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台風19号では74河川の135ヶ所で堤防が決壊。これを含むのべ271の河川で氾濫が発生し、甚大な被害を引き起こしました。

近くに安全な避難所がなく逃げ遅れたり、都市部では避難所が足りないなど避難をめぐるさまざまな問題点が明らかになってきました。

【初めての広域避難】
こうした中、事前の計画通りに多くの住民が隣の市に避難した町があります。

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利根川沿いに広がる茨城県境町です。利根川が氾濫すると9割が浸水すると想定され、町内には安全な避難所をほとんど確保できません。このため周辺の市と協定を結び、いざというときに住民を受け入れてもらうことにしていました。

今月12日、台風の接近に伴って町は利根川を管理する国の河川事務所と連絡を取り合って警戒態勢をとりました。

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夕方、事務所から「今後、危険水位を超えてさらに上昇する恐れがある」という連絡を受け「広域避難」を行うことを「決意」。避難準備情報を出したうえでバス11台を使ってお年寄りなどの避難所への移動を開始し、高齢者施設は入所者を隣の市の施設に避難させました。

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夜になって水位が基準を超えたため「避難勧告」、「避難指示」を発表。住民にあらかじめ決めている隣の2つの市の高校に避難するよう呼びかけ、車を持たない人はバスでピストン輸送しました。

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こうした呼びかけで3200人が避難所に避難をし、このうち2200人は町外の避難所に避難しました。避難指示が出た地域では20パーセントあまりの人が避難をした計算で、去年の西日本豪雨のときの全体の避難率が0.5パーセントだったことを考えると高い割合と言えます。境町周辺で利根川は氾濫しませんでしたが、水は堤防とほぼ同じ高さまで達していて氾濫寸前の状態でした。

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境町が広域避難をできたのは県境を超えて流域自治体で準備を進めてきたからです。茨城、栃木、群馬、埼玉4県の5つの市町と河川事務所で「広域避難協議会」を作り、体制を整えてきました。
今回の台風では埼玉県加須市でも避難した9400人のうち少なくとも850人が市外に避難したことがわかっていて、群馬県板倉町も町外への避難を呼びかけました。広域避難の取り組みは全国数カ所で始まっていますが、この問題に詳しい専門家は「実際に大規模な避難が行われたのは初めてだ」と話しています。

【広域避難を見送った江東5区】
一方、東京東部の江戸川区や江東区など荒川流域の5つの区は、今回の台風で広域避難を検討しましたが見送りました。

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荒川と江戸川が大規模氾濫を起こした場合、250万人が暮らす5区の9割の地域が、深いところで5メートル以上浸水すると想定されています。

避難所はおよそ20万人分しかないため、5つの区は住民に親戚や知人を頼るなどして5区の外に避難してもらう、大規模な広域避難計画を去年8月にまとめました。

避難を呼びかけるタイミングは、
▼巨大台風の直撃が予測されたり、
▼荒川流域で500ミリを超え大雨が予測された場合で、
氾濫が想定される3日前から「広域避難」を呼びかけるというものです。

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今回、台風19号の接近で5つの区は広域避難を検討しました。当初、基準を下回っていましたが、台風が上陸する日の朝になって気象庁の予想雨量が増えて500ミリという基準に達しました。しかし、すでに雨風が強まり始め、間もなく鉄道の計画運休も始まる時刻で、広域避難を呼びかければ大渋滞が起こるなどかえって混乱を招くとして見送りました。

今回、広域避難の呼びかけが見送られるなか多くの人が区内の避難所に避難しました。江戸川区は3万5000人、足立区は3万3000人にのぼりました。一部の避難所はいっぱいで、これ以上受け入れが難しい状態になりました。

【「広域避難」山積する問題】
今回の台風での2つの地域の対応を通じて、広域避難の有効性がわかる一方、さまざまな問題が見えてきました。

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5つの区では避難所の収容能力などから広域避難の呼びかけ対象は137万人と膨大な人数です。対象を絞り込んだり、優先順位をつけたりすることはできないか、検討が必要でしょう。

また計画運休を考慮した移動手段の確保、情報伝達など自治体と国、関係機関でシミュレーションを重ね、現実的な誘導策を示していく必要があります。

呼びかけるタイミングも難しいことがわかりました。基準に達しなくても、早い段階から避難ができる人から広域避難を勧める、柔軟が運用も必要かもしれません。

さらに住民も避難所には限りがあり、避難場所を自ら確保し自分の身を守らなければならないこと、きびしい現実ですが、これを知っておく必要があるでしょう。

広域避難には難問が山積していますが、何もしなければ最悪の被害が避けられない一方、広域避難をする人が多くなれば全体の被害を小さくできる可能性があります。今回の経験を活かしてできる手立てを進めることが大切になります。

【避難場所の確保に一層の努力を】
一方で、広域避難を少なくするためにも地元に安全な避難場所を確保する一層の努力も必要です。全国の自治体は避難場所として学校や公民館などを指定していますが、公共施設は数が限られることから、民間施設の協力を広げていくことができるかが大きな課題になります。

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荒川沿いに位置し、氾濫が起こると全域が浸水すると想定されている埼玉県戸田市では、緊急の避難場所を確保するため市内の自治会が民間企業やマンションなどに協力を要請して、いざというときに一時、受け入れてもらう約束をしています。

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今回の台風19号で、市内の大型ショッピングセンターは臨時休業していましたが、市の要請を受けて立体駐車場を開放しました。ツイッターで情報が拡散したこともあって次々と車が避難をしてきました。最終的に380台が避難をして浸水に備えました。

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このほか2つの事業所が避難をしてきた住民を受け入れ、家族連れなどが一夜を過ごしました。こうした「共助」の取り組みを広げていく必要があります。

【まとめ】
今回の台風19号は事前に大きな被害が予想されただけに、これまでの気象災害に比べると多くの人が事前に避難をしたと見られます。「防災意識が少しだけれども変わってきたのかも知れない」と話す専門家もいます。一方で避難所の確保など、さまざまな課題が新たに、あるいは、あらためて浮かび上がりました。「今後、19号と同じような台風がめずらしくはなくなる」とも指摘されていて、広域避難を含めソフト、ハード両面での水害対策の検証と強化が求められます。

(松本 浩司 解説委員)

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