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「大川小津波訴訟 学校の果たす役割は」(時論公論)

清永 聡  解説委員

東日本大震災の津波に襲われ、児童74人が命を奪われた宮城県石巻市の大川小学校をめぐる裁判。最高裁判所は市と県の上告を退ける決定をして、学校と行政の過失を認めた判決が確定しました。
司法の判断は、今後、全国の学校現場や自治体の防災対策に影響を与えるとみられます。その内容と今後求められる対策について考えます。

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【判決のポイント】

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●大川小学校で起きた悲劇とその裁判。
●司法は学校や自治体の責任をどう判断したのか。
●そして、今後の影響や求められる防災対策です。

【今も多くの人が訪れる現場】
●大川小学校は宮城県石巻市の北上川沿いにありました。
●こちらは今年8月の様子です。小学校の建物は当時のまま残されています。今も全国から教職員など多くの人が訪れ、遺族や卒業生の保護者らが、その教訓を伝える活動を行っています。
●東日本大震災から8年半がすぎました。犠牲者のうち、当時小学校高学年だった児童は、生きていれば20歳になっていたはずでした。この津波で、児童74人、教職員10人が犠牲になりました。

【津波被害とは】
●あの日、ここで何が起きたのでしょう。

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●当時、大川小学校の全校児童は108人でした。地震の直後、児童たちは教員の誘導で校庭に集まりました。20人あまりは保護者が引き取りに来て下校しましたが、残りは校庭にとどまりました。

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●津波が来るまでおよそ50分の時間がありました。「山へ逃げよう」と言った児童もいましたが、校庭から動きませんでした。そして津波が押し寄せる直前になって、すぐ裏の山ではなく、反対の川に近い高台へ向かいます。そこで川を越えて押し寄せた津波に襲われました。
●なぜ校庭にとどまり続けたのか。ここでどのようなやりとりがあったのか。はっきりとした詳しい経緯は今も分かっていません。

●私も以前、現場で取材をして、遺族の方にお話を聞きました。
●校庭のすぐ近くには学校の裏山があります。津波が来たのは、すぐ近くの白い棒がある場所まででした。もし、あそこまで逃げていれば、児童たちは助かったはずです。左側の道は校庭から続く上り坂です。子どもの足でも校庭から2、3分で津波が来た棒の高さを超えることができたとみられます。

【1、 2審の判断には大きな違い】

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●一部の遺族が起こした裁判は、1、2審とも石巻市と宮城県に賠償を命じました。ただ、その判断の内容は大きく異なっています。大まかに言えば、1審の仙台地裁が「地震の後の対応」を重視したのに対し、2審の仙台高裁は「地震の前の備え」つまり事前の予測や防災対策を重視したのです。
●仙台地裁は、津波が押し寄せる7分前に、「市の広報車が、津波が沿岸の松林を超えてきていることを告げた時点で危険は予測できた」としました。つまり、地震の後の対応に不備があったとしたのです。

●実は事前に作られていた市のハザードマップでは、大川小学校は津波の浸水予測範囲に入っていませんでした。このため市や県は「事前に津波は予測できなかった」と主張していました。
●しかし、仙台高裁は「ハザードマップの予測には誤差がある」と指摘した上で、「校長らは地元の人よりもはるかに高い知識や経験が必要だ」「学校の危機管理マニュアルを改定して備えを充実すべきだった」と判断しました。震災前の備え、つまり「事前防災」に過失があったとして賠償を命じたのは初めてとみられます。

【最高裁も2審認めるも判断なし】
●この判断。学校や自治体にも大きな衝撃を与えました。「判決の要求は現実的ではない」とか「学校に専門家並みの知識を持てというのか」といった反応もあり、市や県は「学校現場に過大な義務を課している」などと主張して最高裁判所に上告していました。

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●しかし、最高裁第1小法廷は、11日までに石巻市と宮城県の上告をいずれも退ける決定を出しました。市と県の敗訴がこれで確定しました。ただ第1小法廷は2審の結論を維持したものの、具体的な理由を何も示しませんでした。
●第1小法廷は、できれば「職権判断」という形で、どのような対策を取るべきかなど、最高裁として今後の防災対策の指針にもなるような具体的な判断を示すことができなかったのでしょうか。

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●それでも学校側に厳しい責務を求めた判断が、最高裁でも維持されたのは、子どもたちの安全を学校が一手に担っていることを、重視したためとみられます。特に幼い子供は先生の指示に従うしかありません。災害時の指示に誤りがあれば、命を失う結果になりかねません。
●加えて自然災害は、現在の技術では予測に限界があります。今回はそのことも認識した上で、実効性ある対策を求める「安全確保義務」を課しています。

●宮城県の村井嘉浩知事は、上告が退けられたことについて、「決定を受け入れ、改めて亡くなられた児童の皆さんのご冥福を心よりお祈りします。ご遺族には真摯に対応していきたい」と話しました。また、「大変重い判断が示された。教育現場で非常に高い防災力が求められていることは大きな課題だ」などと述べています。

【今後にどのような影響が】
●この裁判は今後、全国の学校現場にも影響を与えるとみられます。震災前の平成21年に整備された法律で、すべての学校に「危機管理マニュアル」の作成をすでに義務付けていました。

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●ただ今後はマニュアルを作るだけでなく、例えば、各学校で現場を十分に確認して不備がないかを点検し、実効性を伴った対策がとれるよう定期的に見直すこと、さらに自治体との十分な連携や、保護者・地域への周知、マニュアルに基づいた訓練など、さらなる取り組みが、いっそう必要になってくるでしょう。
●特に、南海トラフでは将来巨大地震の発生が予測されていて、内閣府によると、津波や建物の倒壊、火災などで最悪の場合23万人を超える死者が想定されています。特に甚大な被害が懸念される西日本や東海の各学校現場では、実効性ある対策を急ぐことが求められます。

●自然災害は津波だけではありません。集中豪雨や土砂災害、火山など地域ごとに考えられる災害に対応して、子どもたちの命を守るためにどうすべきかを、あらかじめ考えておくことが求められます。
●学校現場にとっては、これまで以上に重い負担です。それだけに、自治体の防災担当者や教育委員会も学校任せにするのではなく、積極的にサポートし、組織全体で十分な「事前防災」に取り組む必要があります。

【被害を繰り返さないために】
●大川小学校の裁判。その出発点は、津波までのおよそ50分間に何があったのかを知りたいという遺族の切実な思いでした。
●遺族が求めた事実関係の解明は、裁判を通じても限界がありました。しかし、司法の判断は、将来の被害を防ぐことにもつながりました。

●「二度と悲惨な出来事を繰り返さないでほしい」という遺族の願い。それが本当にかなえられるかどうかは、これから全国の自治体や学校現場が、司法の判断に正面から受け止め、実効性ある「事前防災」によって、子どもたちの命を守る取り組みを進めていく。
●その1点にかかっているのではないでしょうか。

(清永 聡 解説委員)

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