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「改造内閣の課題」(時論公論)

伊藤 雅之  解説委員長

安倍総理大臣は、内閣改造と自民党役員人事を行いました。
政権の骨格は維持した上で、小泉進次郎氏を初入閣させるなど内閣改造は大規模になりました。この人事の狙いと改造内閣の課題を考えます。
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【人事の特徴】
安倍総理大臣は、今回の人事にあたり、「安定」と「挑戦」をキーワードに掲げました。
安定という点では、麻生副総理兼財務大臣、菅官房長官、自民党の二階幹事長、岸田政務調査会長が続投。まさに政権の肝の部分を維持し、政治の主導権は、引き続き手放さないという強い意思が伺えます。
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一方、挑戦という面では、内閣改造は、19のポストのうち17を入れ替え、初入閣も13人と安倍内閣としては最も多くなりました。
挑戦を際立たせたのが、小泉進次郎環境大臣の抜擢です。抜群の知名度と高い発信力のある小泉氏を、将来の党のトップリーダーとして成長させる機会を与えるとともに、政権のイメージアップを図る狙いもあると思います。また、女性は、再登板となる高市総務大臣とオリンピックのメダリストでもある橋本オリンピック・パラリンピック担当大臣の2人で、改造前より1人増えました。
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こうした人事は、人心の一新を印象付ける狙いがあります。
一方で、総理に近い、官房副長官経験者や総理補佐官などからの起用も目立っています。初入閣が多い中で、総理にとっては、安心材料といえるでしょう。
さらに、当選を重ね、閣僚経験がない、いわゆる「入閣待機組」からも、派閥の意向も踏まえ積極的に起用しました。主要派閥との良好な関係を維持することで、党内基盤の安定を図りたいと考えたのだと思います。
これに対して、野党側からは、「国民不在のお友達、側近重用内閣だ」、「何をする内閣なのか見えてこない」などという批判が出ています。

【ポスト安倍】
もうひとつ今回の人事の特徴は、「ポスト安倍」と目される人材を幅広く起用していることです。岸田政調会長、茂木外務大臣、加藤厚生労働大臣、河野防衛大臣などを起用。小泉環境大臣もその一人と位置づけてよいでしょう。経験と実績を積ませ、「ポスト安倍」を「育てる」ことを強く意識しているようです。これは同時に、「ポスト安倍」を絞り込まないことを意味します。「ポスト安倍候補」が競い合う状況は、後継指名への期待感が続き、結果的に、総理への求心力を維持することにつながるという効果もあるのだと思います。
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【解散総選挙と総裁任期延長】
では、この布陣で、政権の求心力を維持することができるのか。ポイントになるのが、衆議院の解散・総選挙のタイミングと自民党総裁の任期延長が、どうなるかです。
安倍総理の自民党総裁としての任期は、2年後の9月まで。衆議院議員は、その1ヵ月後の10月に任期満了を迎えます。衆議院の解散を行うのは、安倍総理か、それとも次の総理に委ねるのかが焦点です。もちろん、解散して選挙に敗れれば、政権を失うリスクはあります。しかし、任期中に解散がないとはっきりしてしまえば、党内の関心は、次の選挙の顔となるポスト安倍選びに移り、求心力が一気に失われかねません。
自民党役員をみると、二階幹事長、安倍総理に極めて近い下村選挙対策委員長という体制は、「必要があれば解散に踏み切る用意はある」ということを示す形になっているといえます。
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さらに解散に踏み切るとなると浮上してくるのが、安倍総理の自民党総裁の任期を延長するかどうかという問題です。これを実現するためには、まず、自民党内の合意が必要です。また、タイミングも難しく、衆議院を解散して、勝利した場合に、民意に従うとして、任期を延長するのか。それとも、任期を延長してから、解散に打ってでるのか。さらに、実際に、誰が実現に向けて動くのかという問題もあります。安倍総理自身が公言することはないでしょう。ただ、二階幹事長は、記者会見で、「総理が決意を固めれば支援していく」と述べています。総理に近い議員の中には、安倍政権が続けば続くほど、活躍のチャンスが広がると期待する見方もあるでしょうし、一方で、政権の延命だけが狙いだと見られれば、国民の理解は得られないという反発が党内から出ることも予想されます。今後の政治の底流に解散と任期延長がどうなるかがあることは確かで、政権幹部の言動に注目が集まることになりそうです。

【憲法改正】
ここからは、安倍政権の課題を考えます。
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まず、憲法改正です。安倍総理は、内閣改造を受けて行った記者会見でも、実現への決意を表明しました。先の参議院選挙の結果、与党と憲法改正に前向きな日本維新の会などの「改憲勢力」は、改正の発議に必要な3分の2の勢力を参議院で維持できませんでした。また、安倍総理の側近ともいえる議員の発言が野党側の反発を招いたこともあり、衆参の憲法審査会では、国民投票法の改正のメドは立たず、自民党の改憲4項目の提示はできていません。憲法改正は、ハードルが高くなったように見えますが、憲法論議そのものは進む可能性はあると思います。立憲民主、国民民主の両党は、憲法論議そのものを否定しているわけではありません。これまでは、安倍総理が節目節目で方向性を打ち出すケースが目立ちましたが、今後は、自民党全体、とりわけ執行部が前面に出る姿勢を強めて、党内の意見集約、そして、各党への働きかけや調整などに取り組むことになるものと見られます。

【内外の課題】
次に内外の政策課題を考えます。まずは経済です。最大のポイントは来月に迫った消費税率の引き上げが経済に与える影響をいかに抑えるかです。米中の貿易摩擦をはじめ世界経済の先行きに不安がある中での税率の引き上げだけに、政権としては十二分の対策を講じるとしていますが、さらに不安要素があれば、追加の景気対策などを打ち出すことになりそうです。
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さらに内政の重要課題は、「全世代型社会保障制度」の実現です。
年金については、先に示された財政検証をもとに、低年金者への支援、国民年金から厚生年金への移行の促進、一定の収入がある人の年金を減らす在職老齢年金制度の見直しなどが検討されることになります。ただ、社会保障は、年金だけでなく、定年をはじめとする働き方や医療、介護など幅広い分野と関係しています。その基盤を安定させるための経済の「成長戦略」も重要になってきます。国民の社会保障に対する関心は高く、財源が限られていることも理解しています。だからこそ社会保障の全体像を示し、給付と負担のバランス、特に負担増をどう考えるのか、丁寧に説明する必要があります。その上で、与野党の間でも腰を落ち着けて議論を進め、一致できる結論を目指すべきではないでしょうか。国民の理解を深め、不安を払拭するためにも、冷静な議論の環境を整えられるかどうか、政府・与党側の責任は重いと思います。
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一方、外交・安全保障面では、アメリカとの関係を強化していく方針は変わらず、茂木外務大臣と河野防衛大臣の二人がポストを変えて閣僚に残ったのも、アメリカ重視の姿勢を示しています。また、中国との間では、経済力と軍事力を背景にした世界進出をけん制しつつ、一層の関係改善を目指すことになります。ただ、北朝鮮の核・ミサイル開発への対応、拉致問題の解決、ロシアとの領土交渉、悪化する日韓関係など難しい課題は残されたままです。安倍総理の首脳外交と関係閣僚の交渉力で、東アジアの平和と繁栄に向けて、具体的な成果が求められることになります。
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【まとめ】
今回の大規模な内閣改造は、内閣と党の支持率が高い水準で安定し、党内で主流派と反主流派が争うこともない、「1強」といわれる政治情勢を背景に行われました。安倍総理は、11月には、憲政史上最も長い在任期間を迎えます。これを前に、来月には改造内閣が初めて論戦に臨む臨時国会が開かれる見通しです。長期政権そして「1強」ならではの緩みや奢りを強く戒めながら、より懐を深く、野党側、そして何よりも国民の声に向き合っていく姿勢が求められるのではないでしょうか。

(伊藤 雅之 解説委員)


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