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「GSOMIA破棄の衝撃 東アジアの安全保障は」(時論公論)

今村 啓一  解説委員長
出石 直 解説委員/髙橋祐介 解説委員/岩田明子 解説委員

日本と韓国の軍事情報包括保護協定=GSOMIAについて、きょう(23日)韓国政府は、延長せずに破棄することを日本政府に通告し、日韓の対立はついに安全保障分野にも波及することになりました。一時日本との対話に乗り出す構えを見せていた韓国がなぜ協定の破棄に踏み切ったのか、協定の破棄が東アジアの安全保障環境にどのような影響を及ぼすのか、きょうは予定を変更してこの問題を、外交担当の岩田委員、アメリカ担当の髙橋委員、ソウルで取材している出石委員とともにお伝えします。
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【韓国国内の受け止め】
今村)
まずソウルの出石さんに聞きます。韓国国内で今回の協定破棄はどう受け止められているのでしょうか?

出石)
私はきょうまでソウルで開かれていた日韓関係についての国際会議に出席していました。GSOMIA破棄の一報は、そのさなかに伝えられましたが、会議に出席していた韓国の外交や安全保障の専門家からは「信じられない」といった驚きの声が上がっていました。
韓国のテレビ局は昨夜から特設ニュースなどで今回のムン政権の決定を大きく伝えています。GSOMIAは、日本との関係だけではなく、同盟国アメリカからも継続を強く要請されていただけに韓国国内でも驚きをもって受け止められています。
日韓関係が極端に悪化している中で、韓国では協定破棄を求める声が高まっていました。今回の決定の背後に、こうした日本に批判的な世論があったことは間違いありません。


【なぜ協定破棄に踏み切ったか】
今村)
韓国はなぜ今このタイミングで協定破棄に踏み切ったのでしょうか?

出石)
韓国政府内でもかなり激しい議論がありました。外務省は破棄に反対の立場でしたが、大統領府の対日強硬派が押し切った形です。「日本が韓国を信頼しないのなら、韓国も日本を信頼しない。軍事情報の共有はできない」というのです。
ムン・ジェイン政権は、民族主義的な性格が非常に強い政権です。日本が輸出管理の優遇国から韓国を除外したことに対する不信感、プライドを傷つけられたという反発が根底にあったものと見られます。
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加えて今のムン政権を取り巻く国内の政治状況もあります。韓国では来年4月に国会議員選挙を控えていますが、ムン大統領が閣僚に起用しようとしている人物にスキャンダルが持ち上がり、ムン政権に批判的な保守系のメディアや野党陣営が連日激しく追及しています。この人物を閣僚に登用するための議会の公聴会が週明けから予定されているのを前に、世間の関心をそらそうという思惑もあったのではないかと指摘されています。
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【日本政府の受け止め】
今村)
さて岩田さん、今回の協定破棄、関係者の間に衝撃が走りましたが、日本政府はどう受け止めているのでしょうか?

岩田)
「想定外の対応」と受け止め、非常に驚いています。というのも、北朝鮮の短距離弾道ミサイルの発射が続いていますし、米韓合同軍事演習も行った直後のタイミングで下されました。
また今月初めタイで行われた日米韓の3か国の外相会談の際、ポンペイオ国務長官は二人だけのやり取りの中で河野外務大臣に対し、日本の立場に「わかっている」と理解を示したうえで、GSOMIAを延長するよう韓国のカン外相に伝えたと話していました。さらに韓国側にクギを刺す方針も示しました。
おととい北京で行われた日韓外相会談では、カン外相も「安全保障上重要な枠組みだ」と応じたということです。日本側には、タイで行われた会談の時より、韓国側にやや冷静さと柔軟さが垣間見えたという分析もありました。それだけに予想外の韓国の決定に政府内では衝撃が走りました。

【アメリカ政府の受け止め】
今村)
先週私がワシントンで取材したアメリカの政府関係者は「韓国とは意思疎通が出来ている」「日本との協議に応じるだろう」と韓国側の態度が軟化するのではないかと期待を示していました。髙橋さん、今回の韓国の決定はアメリカにとっても意外だったのではないでしょうか?

髙橋)
アメリカ国務省によりますと「韓国が協定の破棄を決めれば、北東アジアの安全保障問題の深刻さに対するムン・ジェイン政権の大いなる思い違いを知らしめることになる」と再三警告してきたそうです。それだけに「まさかの協定破棄」にアメリカ政府も衝撃を受けているようです。
現に、ポンペイオ国務長官は「韓国による決定には失望した」と述べました。アメリカ国防総省も「強い懸念と失望」を表明しています。アメリカ政府の当局者たちは「憂慮」「懸念」「遺憾」といった特定の外交用語を状況により使い分けますが、その中で「失望」という強い表現を同盟国に対して使うのは異例です。
日米韓の3か国による安全保障協力を重視する立場から、言ってみれば「頭を冷やして考え直せ」そんなニュアンスを最大限伝える意思がうかがえます。「このままではアメリカの対アジア戦略にも支障が出かねない」そうした危機感を募らせているからでしょう。

【安全保障環境への影響は】
今村)
岩田さん、今回の協定破棄、日本の安全保障面に具体的にどんな影響があるのでしょうか?

岩田)
政府高官は「日本への影響は、そんなにないだろう。日米で安全保障分野の連携はしっかりできている」と述べ、影響は限定的だとの見方を示しています。その言葉の意味は、具体的にはGSOMIAの破棄で、日本側としては、北朝鮮のミサイル発射の兆候や、発射直後のレーダー情報などの確保に影響が出る可能性があります。ただ、万が一、日本に影響が出るようなミサイルが発射されても、アメリカの早期警戒衛星で発射をキャッチし、自衛隊のイージス艦で追尾・迎撃することでカバーできることを指しています。
また大局的には、強固な日米同盟と安定した日中関係によって、日本の平和と繁栄が確保できるという考え方ではないでしょうか。
ただ、今回の韓国側の決定は、安全保障の情報交換ができない関係になってしまった、つまり、信頼関係が崩れたというインパクトが問題であり、北朝鮮をはじめとする東アジア全体の安全保障での抑止力に影響しかねません。見方によっては、北朝鮮を利することになりかねず、その意味では、「一線を越えた行為」ともいえるでしょう。
一方、日本政府は、この問題を実体経済に影響させないことが大事だと考えています。

【アメリカの危惧は】
今村)
髙橋さん、アメリカは今回の協定の破棄を深刻に受け止めているようですが、その背景には何があるのでしょうか?

髙橋)
そもそも、この日韓のGSOMIAは、北朝鮮による核とミサイル開発をきっかけに、いわばアメリカがアメリカのために主導して結んでもらった協定でもありました。
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というのも同盟国どうしが共有する機密情報は本来、第3国とは了解なしに共有できません。しかし、朝鮮半島の有事に備えるアメリカは、日韓両国と連携し、在日米軍と在韓米軍が連動する作戦を立案しなければなりません。そこで3か国の情報共有を平時から担保しておく仕組みが必要になったのです。
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このため、協定が日韓どちらに有益かという議論もあまり意味はありません。ただ、北朝鮮が再び挑発行為を繰り返し、中国やロシアも日韓の仲たがいにいわば乗じる機会をうかがっている現状で、日米韓の3か国に亀裂が露呈すれば、アメリカの国益を損ない、ひいては在韓米軍の駐留も見直さざるを得なくなるかも知れません。
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私は今回の決定が、トランプ政権で北朝鮮問題を担当するビーガン特別代表が、ソウルを訪問しているさなかだったことにも注目しています。結果として韓国は、アメリカの制止を振り切って自国の主張を押し通した形になりました。このため「米韓同盟は揺るがない」そうした韓国政府の見方は、アメリカ側から見れば、あまりに楽観的に過ぎるのではないでしょうか。
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【韓国政府 今後の対応は】
今村)
アメリカも韓国の判断に不信感を募らせているようですが、再びソウルの出石さんに聞きます。韓国は今後どう対応しようとしているのでしょうか?

出石)
きょう午後、記者会見した韓国大統領府の高官は、アメリカを失望させてしまったことを認めながらも、「アメリカ政府とは十分な意思疎通をしている。今回の決定が米韓同盟に悪影響を与えることはない」と強調しました。
しかしこれは表向きの説明に過ぎません。ムン政権の内部には、アメリカの力に頼るのではなく、自主防衛力を高めるべきだと主張する人たちがいます。トランプ政権が在韓米軍の駐留経費の負担を増やすよう求めていることへの反発もあります。

今村)
韓国はアメリカとの関係に影響が出ることも覚悟の上で今回協定の破棄に踏み切ったわけですが、韓国政府は日米韓の協力関係を今後どこまで維持しようと考えているのでしょうか?

出石)
実は今のムン政権の北朝鮮に対する脅威認識は日本とは大きく異なります。日米韓が連携して中国・ロシア・北朝鮮の脅威に対抗していくというのは、冷戦期の古い考え方だと言うのです。北朝鮮に対抗するのではなく、融和によって朝鮮半島の平和体制を築いていこうというのがムン政権の安全保障政策です。
考え方の違いと言ってしまえばそれまでですが、同じような脅威にさらされていながら、今回のような結果になってしまったのは、日本とのコミュニケーションが極端に不足していたことが要因と言えるのではないでしょうか。

【日本は今後どう対応するか】
今村)
日韓対立はエスカレートし、さらなる長期化は避けられず、文化面や人の交流にも影響が出ています。日本政府は今後どう対応していくのでしょうか?

岩田)
日本政府は、「あくまでもルール、国際法の順守」という方針で一貫しています。韓国側は、日本による輸出管理強化の措置を理由に、今回の対応を決定しました。しかし、この措置は、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題に対する日本側の「経済的な報復措置」ではなく、あくまでも安全保障を目的とした措置だとしています。日本の貿易管理当局は、韓国の国内制度に不備があるとして、是正を求めていましたが、韓国はおよそ3年間にわたって対話に応じていませんでした。この間、戦略物資の無許可輸出の摘発も続いています。
日本側は、半導体などの原材料について、個別に審査を行い、軍事利用のおそれがないことが確認できれば、粛々と輸出の許可を出していると主張しています。
いずれにせよ、日韓関係悪化の根本的な理由には、いわゆる「徴用」の問題が根底にあります。それはつまり韓国側の「日韓請求権協定“違反”」という国際法違反の状態が一連の問題の原因を作っており、韓国側の是正に向けた具体的な動きを待つしかありません。決着には時間がかかるでしょう。
日本政府は、韓国国内の反日感情などの感情論に影響されることなく、あくまでルールや国際法を重視し、地域の平和と安定に資する冷静な視点で対話を続けていく考えです。

【アメリカは今後どう対応】
今村)
アメリカ側は今後どういう姿勢で臨むのでしょうか?

髙橋)
アメリカは、それぞれ同盟関係にある日韓両国に対し、歴史問題でも、主権に関わる問題でも、どちらか一方に肩入れするつもりはないでしょう。アメリカはアメリカの国益を第一に考える現実を、まず私たちは知っておかなければなりません。
しかし、そのうえでもアメリカは、同盟国として助言と助力は可能です。双方の仲裁役(Arbitrator)、あるいは調停役(Mediator)は無理でも、双方を後押しする進行役(Facilitator)を引き受ける用意はあると言うのです。
いまトランプ大統領は、中国との覇権争いに臨み、また北朝鮮との非核化交渉でも早く成果を挙げたいと考えているでしょう。そのためには日米韓の3か国による協力はやはり欠かせません。そうしたトランプ外交のきわめて現実的な側面をうまく活用できれば、日韓の対立も落としどころが見えてくるかも知れません。
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【まとめ】
今村)
東アジア全体の安全保障環境をみれば、明らかに弾道ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮が最大の脅威で、軍事力の拡大を進める中国とのパワーバランスをどう保つのかも喫緊の課題です。こうした事態に対し、日米韓が連携して対応できなければ、逆に足並みの乱れを突かれるリスクがあります。韓国による今回の協定破棄は、東アジアの安定に暗い影を落としています。
今夜は予定を変更してGSOMIAの破棄がもたらす影響についてお伝えしました。

(今村 啓一 解説委員長/出石 直 解説委員/髙橋 祐介 解説委員/岩田 明子 解説委員)

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