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「『自由より秩序』プーチン大統領 強気の裏に」(時論公論)

安間 英夫  解説委員

ロシアではこの夏、プーチン政権に批判的な野党勢力の抗議デモを警察が厳しく取り締まり、欧米から懸念の声が上がっています。
さらにプーチン大統領は、「リベラル=自由主義の理念は時代遅れだ」と述べ、自由より安定や秩序を優先すべきだという考えを示しました。
今夜は、プーチン大統領の言動を読み解くことで、ロシアの内政や外交を考えてみたいと思います。

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解説のポイントです。
▼「リベラルの理念は時代遅れ」とするプーチン大統領の真意は何か、
▼抗議デモ取り締まりの背景にある「国家が崩壊することへの警戒心」、
▼こうした考えは「外交にどう影響するのか」の3つです。

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【繰り返される抗議デモ】
ロシアでは、首都モスクワで毎週土曜日、抗議集会やデモが繰り返されています。
きっかけは、来月の市議議員会選挙に立候補しようとした野党勢力の候補者が、書類の不備などを理由に届け出が受理されなかったことでした。
参加者たちは、プーチン政権による締め付けだとして、自由で公正な選挙や社会の実現を求めて抗議しました。
直近2回のデモでは、あわせて1800人以上が警察に身柄を拘束されました。
こうした事態に、EU=ヨーロッパ連合や、フランス、カナダの政府が懸念を表明。
国連の人権理事会の報道官も「行き過ぎた権力の行使だ」と批判しました。

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【抗議デモを率いるリーダー】
デモを主導したのは、リベラル派の野党勢力の指導者ナワリヌイ氏です。
ナワリヌイ氏は、2009年ごろからネット上で政権の汚職を克明に追及し、人気ブロガーとして知られるようになりました。
反汚職、リベラル、民主化を掲げる野党の党首となり、プーチン政権を「詐欺師と泥棒」と批判し、若い世代を中心に支持を広げてきました。
今月下旬まで拘留されることになったナワリヌイ氏は、拘留中にアレルギー症状のような体調の異変を訴え、毒を盛られたと主張。今後も抗議デモを継続していくよう呼びかけています。
これに対して、政権側はナワリヌイ氏が率いる市民団体に資金洗浄の疑いがあるとして捜査に着手したと発表し、締め付けを強めています。

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【「リベラルの理念は時代遅れ」 その真意は】
プーチン政権の考えを知るうえで無視できない発言が、ことし6月にありました。
イギリスの新聞フィナンシャルタイムズのインタビューで、「リベラル=自由主義の理念は時代遅れだ」と発言したのです。
この発言は、欧米社会の基軸となってきた価値観の一つに、いわば“挑戦状”をたたきつけたものと受け止められました。
実際、EUのトゥスク大統領が反論しました。
「この発言は、自由、法の支配、人権も時代遅れだということになる。時代遅れなのは権威主義、個人崇拝、新興財閥支配の方だ」と、プーチン政権を痛烈に批判しました。

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プーチン大統領の発言を見てみますと、欧米でリベラルな政策のもと、移民の受け入れを進めた結果、犯罪など問題が起きていると指摘。
LGBTなど性の多様性についても、大多数の人たちの伝統的な価値観を忘れてはならないと問題提起をしています。

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つまりプーチン大統領の発言は、自由をできるだけ認めようとするリベラルな政策が欧米で行き詰まりを見せているという主張です。
「こうした政策は社会問題やあつれき、混乱をもたらしかねない。自由が制限されることがあっても、安定や秩序を優先すべきだ」というのがプーチン大統領の考えです。

【国家が崩壊することへの警戒心】
こうした考えにいたったのは、なぜでしょうか。
プーチン大統領には、国家体制が崩壊することへの過剰なまでの警戒心と、野党勢力が欧米とつながっているのではないかという猜疑心があると、私は考えています。
プーチン大統領にとって心に深く刻む出来事がありました。
2004年に隣国ウクライナで起きたオレンジ革命と呼ばれる政権交代です。
大統領選挙が不正だとする野党勢力の抗議行動の末、投票をやり直すことになり、結局、親欧米派の野党候補が親ロシア派の与党候補に勝利しました。
プーチン大統領は、抗議行動が収まらず、実際に政権交代につながったことに衝撃を受けました。
また欧米がNGOなどを通じて野党陣営を支援して政権転覆をはかったのではないかと疑念を持ち、欧米が旧ソビエト圏に介入してきたと受け止めたのです。
これを契機にプーチン大統領は、ロシアで同じようなことが起きないように、集会やデモを許可制に、またNGOの規制強化に乗り出しました。

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さらにもう一つ、プーチン大統領の原体験にあるのは、実際に国家の崩壊に直面したことです。
旧ソビエトの治安機関KGBの職員として当時の東ドイツに駐在していたプーチン大統領は、東ドイツとソビエト連邦という2つの国家の崩壊を経験しました。
2005年、プーチン大統領は「ソビエト連邦の崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇だ」と述べています。
国家が機能しなくなることで、分裂の危機に直面し、経済や社会が混乱して国民が不幸に陥ると説明しています。
こうした考えはソビエト崩壊後の1990年代の混乱を経験した多くの国民に共有され、「プーチン政権に不満はあっても混乱よりはましだ」という感情が依然根強いというのが実情です。
このためプーチン大統領は、国家体制の弱体化を避けるため、抗議デモにあたっても、表現や集会などの自由より、安定や秩序を重視し、強い国家づくりを目指してきました。
内外から、強権的だと批判されてきましたが、ロシア独自の民主主義のあり方があるとして、批判をはねつけてきました。

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【外交にどう影響するのか】
ではこうしたプーチン政権の姿勢は、外交にどう影響しているのでしょうか。
欧米とロシアの関係は、5年前、ウクライナ南部のクリミア併合をめぐって、決定的に悪化しました。
クリミアを併合した後に80%を超えたプーチン大統領の支持率は、欧米の制裁や年金支給年齢の引き上げなど経済的な要因で、今、60%台に下がっています。
それだけに外交でも、弱みを見せず、強気の姿勢をアピールしています。
プーチン大統領は2007年、アメリカについて、民主主義的な価値観を口実に、他の国の意見や利益を考慮せず、自分の意思を世界中に押し付けていると厳しく批判しました。
プーチン大統領のこうした姿勢は今も変わっていません。アメリカの一極主義的な立場に反対し、対等な関係を求めています。
日本との関係でも、先週、政権ナンバー2のメドベージェフ首相が北方領土の択捉島を訪問し、日本政府から抗議を受けましたが、それをはねつけ、強気の姿勢を崩していません。
ロシアは今後、実利のあることでは欧米や日本に協力することがあるかもしれませんが、プーチン政権には、無理して欧米の価値観とあわせる必要はない、干渉されないという開き直りのような頑迷さがあるように思います。

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【課題は】
プーチン大統領は、フィナンシャルタイムズのインタビューで尊敬する人物について、帝政ロシアの礎を築いたピョートル大帝の名前をあげました。
その功績が今も生き続けているというのが理由です。
2024年に任期を終えるプーチン大統領は、退任したあとも、みずからの路線が長く受け継がれることを期待しているとも受け止められます。
ただ、かつての混乱の時代を知らない若い世代が今後増えていけば、自由の制限や長期政権の弊害に対する不満が拡大していく可能性があります。
強気で盤石に見えるプーチン大統領の姿勢に、果たして死角はないのか、注意深く見ていく必要がありそうです。

(安間 英夫 解説委員)

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